第44話 美空家長男、デートバレして母と姉と妹に尋問される

 ――それからようやく一息つき、みんなで新作アニメを観ながらケーキタイムをしていたとき、まひるさんが言った。


「ここでみんなに朗報で~す♪ たった今連絡をもらったんだけれど、知り合いの印刷所さんがね、あと二日だけなら待ってくれるそうです。さてさて、みんなどうしましょう~?」

『えっ!?』


 俺と夕姉と夜雨のケーキを食べる手が止まる。

 家族四人はそれぞれに顔を見合わせて、そしておそらく全員同じ思いでうなずいた。


「……やりたいっす! 俺、まだ細かいところとかもいろいろ改稿したいし! 直してもっと面白くしたい!」

「二日あればまだいろいろ出来るっしょ。よーしやったろーじゃん! 昔のギリギリだったイベ思い出すなー!」

「夜雨も……がんばる! 兄さんの物語を……ルルゥを、もっと、上手く演じる!」

「みんなやる気まんまん満足ですね~♪ けれど今日はもうゆっくりと休んで、明日からがんばりましょうね。美空家、仲良くえいえいおーです~!」

『えいえいおー!』


 手を挙げて気合いを入れ合う美空家一同。

 そこで俺は「あっ」とあることを思い出し、家族の前でスマホを取ってメッセージアプリから通話を掛けた。夜遅くなったこの時間でも相手はすぐに出てくれた。みんなは静かにしていてくれる。


「ハル。悪い。今度の約束守れなくなった」


 開口一番そう言った俺に、スマホの向こうの親友はほとんど間もなく言った。


『うん。わかった』

「それだけかよ」

『こうなってほしいと思っていたからね。がんばりなよアサヒ』

「お前ってやつは……つーか、わざとイベント日に約束したろ? ったく、今度はちゃんとお前にも一冊やるから、フリマとかで買うなよ?」

『楽しみにしているよ。ああ、それから一つ』

「今度はなんだよ?」

『僕を楽しませようとしなくていいからね。読み手のことを考えて書くのは大切なことだと思うけど、同人誌っていうのは本来自分の好きなことを好きなようにアピールするものだろう?』

「……!」

『君の“好き”が詰まった本、楽しみだね。それじゃあ優しい美人なご家族の皆さんによろしく』


 それだけ言って、ハルは電話を切った。


「……あいつ、俺より同人の本質理解してんじゃねぇのか?」


 思わずそうつぶやいて笑ってしまう。聞こえていたらしい向かいの夕姉が「イイ友達じゃーん!」と言って笑い、まひるさんと夜雨もにこっとする。俺はうなずいてから声を上げた。


「うし、それじゃあ改めて! 家族サークル『美空家』、本の完成に向けて明日から全力でいきましょう! またよろしくお願いしまぁす!」

『おー!』


 こうして再び一致団結した俺たち美空家は、協力して創作を再開することになった。


 ……のだが。

 家族が心を一つにしたはずのそのタイミングで、夕姉が突然ずいっと顔を近づけてくる。


「ところで弟くんさぁ。――今日、誰とデートしてたワケ?」

「は? ……えっ!?」


 ドキッとする俺。夕姉の見透かすような視線がじ~っと俺を見つめていた。

 俺はつい目をそらして言う。


「な、なななんだよ夕姉いきなり! デ、デートとかなにいってんだ!?」

「ふーん隠すんだぁ? お姉ちゃんに隠すんだぁ? へぇ~? あたしたちが弟くんのために締め切りギリギリまで頑張ってたときに女と会ってたの隠すんだねぇ? ハーイただいまより美空家長男の家庭尋問はじめまーす」

「尋問!?」


 ずずいっとさらに顔を近づけてくる夕姉は、俺の顔を両手で挟み込んで無理矢理に視線を合わせてくる。ひぃめっちゃ怖い笑顔! いや別にやましいことなんてしてないしビビる必要もないしそもそもデートじゃないけどなんで女性えびぽてとさんといたことバレてんだ!?


「ま、まままま待ってくれよ! なんだよいきなり!? つかなんでそんなことわかんの!?」


 慌ててそう言った俺に、夕姉はオーバーリアクション気味な言動で返す。


「はー弟くん甘い! もー激甘! アメリカのチョコケーキくらい甘い! バレバレバレンタイン! 着替えもせずお風呂にも入らずあたしたちにバレないとでも思った? ねーよるちゃん?」


 夕姉の言葉でバッと夜雨の方を向く俺。

 じっと座っていた夜雨は、前髪の奥でその瞳を光らせながらつぶやく。

 

「……兄さんから、女の人の匂いがしたから……」

「んなっ!? に、匂い!? あ――!」


 自分のシャツを嗅いでみてハッと気付く。さっき三人に抱きつかれたときか! つーかあのときそんなこと察知したの!?


「うふふっ♪ 朝陽ちゃんもお年頃だから、ガールフレンドさんでも出来たのかなぁ? もしそうだったら、ママたちを紹介してもらわないとですね~♪」

「はぁ!? ちょ、まひるさんなにいってんですか! 違いますって! そ、その、確かに女の子と会ってましたけど!」

「ほーらやっぱそうじゃん! なにが違うのよ弟くんっ! その女とどういう関係なの!? 付き合ってるの? キスしたの? エッチは!? どこまで済ませたワケ!? ちゃんと一から説明して! つーか家に連れてきたらあたし追い返すから!」

「夕姉なんでそんなキレてんの!? なんにもしてねぇって! ほら前に同人イベントの会場で会ったお隣さんだよ! ホントたまたま! ただお茶飲んで話してただけで! や、夜雨ならわかってくれるよな!?」

「…………兄さん。今すぐお風呂、いこ? 夜雨と一緒に、入ろう? 夜雨が、ぜんぶ、綺麗にしてあげる……ね?」

「あれ俺の天使の夜雨さんもなんか目が怖いよ!? ま、まひるさぁん!」

「二人とも、朝陽ちゃんのことが大好きですから~♪ でも、ママも二人に負けないくらい朝陽ちゃんのこと大好きですし……他の子にとられちゃうのは、悔しいかも~? ふふ、やっぱりママと結婚しましょうか~♥」

「ええー!? 頼みの綱のまひるさんまでぇ!」

「弟く~ん? さっさと丸ハダカになって全部吐き出そ~ね~♪」

「兄さん……早くお風呂、いこ? 夜雨と二人きりで……入ろう……?」

「なんか怖い! 全員怖い! 俺の家族みんな怖ぇよ! なんなのヤンデレ属性あったの!? 俺のケーキあげるから落ち着いて! な! な!? 話すから全部話すから! よくわからんけど謝るから! と、とにかくまずは離れてくれぇぇぇぇぇ!」


 すごい威圧感の三人に詰め寄られながら恐怖と共に叫ぶ俺。


 そのときに俺は決めていた。

 いつか、この家族に見合う創作者じぶんにならなくてはいけないのだと。

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