第43話 バブみ
――そして、最後の文章を打ち切った。
「終わったー!」
床にごろんと大の字に寝転がって天井を見やる。
すると俺の視界に笑顔のまひるさんがにゅっと現れた。
「お疲れ様~朝陽ちゃん♪」
「ほぁっ!? ……あっ、俺、結局ずっとまひるさんのとこで作業を!? うわーすんません!」
「うふふ、いいんですよ~。ママも一緒に作業してましたから~♪」
すぐに身を起こす。夕姉と夜雨はいないようだ。
スマホを見れば時刻は22時。ここに来たのは19時すぎのはずだから、メシも食わずに3時間以上集中していたことになる。
俺はあぐらをかいてつぶやく。
「……そっか。結局、間に合わなかったですね」
印刷所の入稿締め切りは、今晩9時だったはずだ。
まぁ、奇跡的に俺の作業が時間内に間に合っていたところで、夕姉はともかく、まひるさんのイラストや夜雨のボイスは俺の文章を受けてのものになるから間に合うはずがないんだけどな。それにろくに推敲もしてない原稿を載せられるはずがない。
それでも俺は、すごくスッキリした気持ちでいた。
「まひるさん、いろいろすみません。けど、初めてこんなに納得するものが書けた。まひるさんと、夕姉と、夜雨のおかげで書けたから。迷惑掛けちゃったけど、勝手に満足しちゃってます」
まったく勝手なことを言う俺に、まひるさんはニッコリと笑った。
「えーい♪」
「うわぁっ!? ま、まひるさん!?」
そして、なぜかいきなり抱きついてくる!
むぎゅうとくっつかれて、俺の顔がまひるさんの胸元に吸い込まれる。むにむにして、ぽよぽよして、うおおおおめっちゃ柔らかいしお花みたいなめっちゃ良い匂いする!
「よくがんばりましたね~。朝陽ちゃん、えらい、えらいです~♪」
「ええっ、ちょ、まひるさんっ」
「ママががんばった子どもを褒めるのは当たり前のことですよ。今日くらいはママに甘えて、大人しく、良い子良い子されてくださいね~♪」
まひるさんに抱きしめられながら、頭をよしよしと撫でられる俺。
あ……なんか意識が遠のくくらい癒やされる。これが母性……バブみ……なんていいもんなんだ……これこそ疲れきった現代社会に必要なものだ……そりゃ赤い人もバブみを求めるよ……母さんはあんまりこうやって甘えさせてくれるタイプじゃなかったからなぁ……。
って、いやまぁ確かに母親にこうされることはそんなにおかしいことではないだろうけど、でも相手は
「……まひるさん」
「は~い」
「ありがとうございます……」
「ママからも、ありがとう~♪」
まひるさんの優しい温もりに包まれながら、そのまま眠りにつきそうにうっとりする俺。
「あーっ! ちょっと弟くん!? なにママとイチャイチャやってんのよー!」
「にい……さん……? ママ……?」
「うわ夕姉っ!? や、夜雨まで! いやいやイチャイチャなんてしてないわ!」
夕姉の声にびびって即座に覚醒する俺。まひるさんから離れようとしたのだが、抱きつかれたままで動くことが出来なかった。ま、まひるさん意外に力強くない!?
「うふふ、朝陽ちゃんみたいにあんまり甘えてくれない子を甘やかすのって、なんだかドキドキしちゃいますね~♪ 大地さんと出会ったときのことを思い出します~。――あ、それじゃあもしかして、これは恋なのかな~?」
「はぇ!? ま、まひるさん!?」
「ほらも~っ! うちのママってばマジのお嬢様でハイパー世間知らずの脳内お花畑な人なんだから、ちょっとしたラブコメイベントですぐときめいちゃうの! あたしとよるちゃんがその証拠でしょ! もし弟くんに本気になっちゃったらどうすんのよ! あたし弟くんをパパなんて呼びたくないからね!?」
「兄さんが……パパ……? ……夜雨、それは……むり、かも……むり、むり……」
「いやいやそんなことにはならんて。落ち着け夕姉! 夜雨もマジ泣きしないで!? ま、まひるさんもなんとか言ってくださいよ」
「朝陽ちゃんがママのダーリンかぁ~。それは……すっごく素敵ですね~♪」
「ええー!?」
「ほら言ったじゃあん! ママ落ち着いてよお願いだからぁ!」
「ママ……ダメ……兄さんは……ダメ……おねがい……夜雨……しんじゃう……」
「ストップストップ! 美空家全員落ち着いてくれ! とりあえず落ち着いてくれ! そうだ休憩! 休憩してアニメの話しよう! ケーキ買ってあるんだ! みんなで落ち着いて甘い物でも食べながら! な! な!」
そんなこんなで、とうとう原稿を完成させた夜。俺は騒がしい家族をなんとか落ち着かせながら、深い達成感と充実感に包まれていた。
本当は次のイベントに間に合わせたかったけど。
まひるさんと、夕姉と、夜雨のがんばりを表に出したかったけど。
それは、さすがに欲張りすぎというものだろうか。
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