第19話 まひるさんの場合
「キャラクターになっちゃうこと~!」
と、まひるさんは嬉しそうに答えた。
幸い本日分の
俺は尋ねる。
「そ、その心は?」
まひるさんはニコッと笑い、デスク上に置かれていた1体のサキュバス風な美少女フィギュアを手に取る。それはまひるさんがデザインしたキャラクターで初めてアニメ化した作品の物であり、思い出深い物らしい。
フィギュアをニコニコ見つめながらまひるさんは言う。
「キャラクターになりきって、その子のことをたくさん考えてみるんです~」
「たくさん考える……」
「うんうん~。そうするとね、この子はきっとこういう髪型が好きなんじゃないかなぁとか、こういうファッションに興味があるんじゃないかなぁとか、ピアスよりイヤリングのタイプだろうなぁとか、お風呂では腕から洗いそうだなぁとか、眠れない夜中にはこっそりスイーツを食べながら、友達とメールをしてるんじゃないかなぁとか、ワンちゃんよりネコちゃん派かなぁとか、いろんな想像が出来るんです~。そのうちに、自分がキャラクターと一心同体になったり、キャラクターが本当の友達に見えてくるんですよ~。そうするとねぇ、不思議とイラストがどんどん魅力的になっていくんですよ~♪」
「な、なるほど……!」
キャラクターになりきる。
それは創作の上で当たり前の考えにも思えたが、たぶん、俺とまひるさんとでは“想像”のレベルが違う。まひるさんはきっとものすごく深いところで自分の作品と繋がり、キャラクターのことを想っている。だから大好きなキャラクターが傷つけばまひるさんも苦しむし、喜べば一緒になって笑う。親父と対立するくらい本気でキャラクターを好きになる。俺はまだ、そこまでの域に達していないとそう感じた。
「あのね~朝陽ちゃん」
「あ、はいっ。何でしょう」
思考してうつむいていた顔を上げると、まひるさんはいつものニコニコ顔で言う。
「作者さんってね~、意外と、自分のキャラクターのことをわかっていないんですよ~」
「……え? そ、それってどういう意味ですか?」
作者が自分のキャラクターをわかっていない? 自分の作品なのにか?
不思議に思っている俺に、まひるさんはうなずいて話を続ける。
「たとえば朝陽ちゃんは、このヒロインのルルゥちゃんが、伸びてきた爪をどう処理していると思いますか~?」
「え? つ、爪?」
モニターに映っていた表紙イラストのルルゥを示すまひるさん。あっ、今気付いたけど爪の先まですげぇ綺麗に描かれてるなぁ……。
「この世界に、爪切りはあるのかな~? この里には存在するのかな~? ないとしたら、ルルゥちゃんは伸びてきた爪に困っちゃいますね~」
「爪……た、確かに……」
「化粧品はどういうものを使うのかな? 水浴びのときはどうやって身体を洗うのかな~? 下着はどうやって調達するんだろう? エルフにも生理はあるのかな? 来ちゃったら能力に影響はあるのかな? 髪のお手入れも大変ですよね。こんなに綺麗な女の子だから、きっと身嗜みには気をつけていると思うんですよ~。」
次々に投げかけられる質問に戸惑う俺。恥ずかしながら、そこまで考えたことはなかった。
自分で生み出したキャラクターなのに、俺はルルゥのことを全然知らない。ルルゥはどうやって爪を切るのか。俺は画面の向こうの少女を見つめながら、初めてそのことについて考えてみた。
「……ヤスリのようなものがあって、爪を磨いているかもしれないですね」
「うんうん~♪ これで朝陽ちゃんは、またキャラクターに一歩近づいたね~。そうやってたくさん考えているとねぇ、自分の知らないキャラクター像が見えてきますよね~♪」
「あ……!」
そういえば前にまひるさんから小物を考えるアドバイスを貰ったときも、あの後で自分でも気付いていなかったキャラクターの設定が見えてきたことがあった。キャラクターのことを考える……なりきるってのは、つまりこういうことなのか!
「作者はね、誰よりも自分のキャラクターが一番好きじゃないといけないと思うんですよ~。好きな子だからこそ、たくさんのことを想像出来るんです~。そうしているとね、誰になにを訊かれても、たとえそれが想像していなかったことでも、すぐに答えられるようになっちゃうんです♪」
「好きな子だから……ですか」
「作品が長く続いて、ファンの人がいっぱい応援してくれるようになるとね、中には作者よりもキャラクターを愛してくれる方が現れて、その方が自分よりも詳しくなっていくことがあるんですよ~。そんなとき、自分は意外と自分のキャラクターたちのことをわかっていなかったんだなぁって、思うんです~」
「おぉ……」と思わずうなる俺。なんだか深い話だ。
けど確かに作者すら忘れてそうなネタとか設定とかよく見かけるし、ファンにとっては総意の話だけど公式の方がおかしい。公式が勝手に言ってるだけ。みたいなネタもあるしなぁ。あれもファンのキャラ愛ゆえと言えるかもしれない。
まひるさんはモニターの方を見つめながら話す。
「ママの場合はね、どうしても好きな女の子のことばっかり考えちゃうから、男の子のキャラクターについてわかってないことが多いなぁって、反省しちゃうんです~。世間知らずなお嬢様のままじゃやっていけませんよって、担当さんにハッキリ言われちゃったこともありましたし……」
「えっ、そ、そうなんですか?」
「ふふっ。でもねでもね、朝陽ちゃんがうちに来てくれてからは、なんだか男の子のキャラクターにも以前より愛着が湧くようになって、担当さんに褒められたりするんですよ~。朝陽ちゃんのおかげですね~♪」
「お、俺の?」
困惑する俺に、まひるさんは「うんうん」とうなずいて俺の手を取る。数多くのキャラクターを生み出したまひるさんの手はいつも温かくて、つい癒やされてしまう。
「男の子を描くときはね、いつも朝陽ちゃんを思い出すの~。朝陽ちゃんのことを大好きって想う愛情が、絵にもにじみ出ているのかなぁ~って、ママは思うんです。だから、朝陽ちゃんのおかげなんだ~♪」
「えっ……い、いやいや……」
「うふふっ。朝陽ちゃんにも伝わっているといいな~♪」
嬉しそうな笑みを浮かべて、ほんのり頬を染めながら俺を見つめてくるまひるさん。うおお、さ、さすがにそんな顔でそんなことを言われながら手を握られるとめちゃくちゃ照れる……! ていうか手が! 手がお胸様にちょっと当たっています!
「だから朝陽ちゃんも、自分のキャラクターをもぉっと好きになってみてください~♪」
最後に、まひるさんはもう一度ニッコリ微笑む。
これがプロのクリエイターというものなのかと、俺は改めてまひるさんのすごさを思い知ったのだった。
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