第四章 作者は意外とキャラのことを知らない
第18話 産みの苦しみってやつか
美空家の遊園地デートから少しの時間が経った。
あのとき思いきりはしゃいだおかげなのか、毎日パソコンやスマホやノートに向き合っていた俺の創作意欲は高まって、一気にクライマックス近くまで話を進めることが出来た。ラストの展開だけはまだ決めきれていないのだが、まひるさんの言うところの“一番のインプット”が役に立ったのかもしれないな。
ともかくは物語が後半まで完成したおかげで、キャラクターの外見や設定なんかも大まかに決まったため、俺の意見を参考にまひるさんが早速主人公やヒロインを見事にデザインしてくれた。
んで、これがまた凄かった!
同人誌の表紙となる予定のヒロインの一枚絵を初めて見たときには、まだ下書きなのに俺はもう感嘆とするしかなかった。自分の書いた話に一流のイラストレーターがすぐ絵を描いてくれるなんて、なんつーか、ものすごく贅沢な気持ちだ。
「はぁぁ……すげぇ……さすがまひるさん……」
「ふふ、ありがとう~♪ 良かったら、小物の設定も考えてみてくださいね~。こういうところでリアリティが増すので、よりキャラクターが身近になりますよ~♪」
「わ、わかりました!」
そんなまひるさんからのアドバイスを受けて、さらにキャラクター像を深めていく俺。その中で、作者である自分自身も気付いていなかったようなキャラクターの魅力が見えてくることがあって、なんとも不思議な気持ちになる。
世の中の作家たちも――親父や母さんみたいなクリエイターも、こういう体験をしているものなんだろうか。ふとそんなことを思った。
***
それから数日が経った、土曜日の夕方。
「うーん…………」
夕食のシチューをコトコト煮込んでいる間に、俺は一人リビングでうなりながらスマホのメモ帳を開き、自作のキャラクターのことを考えていた。まだラストがどうなるのかは決めていない。
このオリジナル作品――『星導のルルゥ』は、ある特別な『星』の墜落によって大きく形を変えた大陸が舞台のファンタジーだ。
『星』の影響で新たに生まれた子どもたちの中に特殊な能力を持つ者が現れ、やがてその子たちが能力を使って世界の勢力図を変えていくようになる。
主人公の少年ライカもその一人で、生まれながらに能力を無力化する力を持っていた。しかしその危険な力ゆえに生まれてまもなく川へ捨てられてしまい、そんなライカを救ったのがスターエルフ族の女の子、ルルゥ。夜空のような髪が美しいヒロインだ。
ルルゥたちの一族はある事情を抱えていて、人間との関わりを絶って隠れ住んでいた者たちだったが、ルルゥのおかげで里に受け入れてもらえたライカはルルゥの家族としてすくすくと育ち、長命で成長の遅いルルゥの身長をあっという間に追い越す。
ライカにとってルルゥは母のような存在であり、同時に姉であり、妹のようでもあり、やがて恋人のような家族になっていく。
彼女たちのおかげでライカは家族の温かさを知り、もはや本当の家族のことなど気に掛けることもなくなっていた。
そんなある日、他国の侵略者たちがルルゥたちの里に攻め入ってくる。ルルゥたちは多勢に無勢で為す術もなく捕まり、さらわれてしまう。
里が襲われた理由とは、ルルゥたちが持つ強大な星の力だった。
ライカは知らなかったが、ルルゥたちは落ちてきた『星』そのものが散らばって形を変えた異なる星の生命体だという。ルルゥの種族は一人一人が一般的な能力者百人分、千人分の力を抱えており、あまりにも危険な存在。しかしそんなルルゥたちの力を利用出来れば世界さえ支配出来る。ライカがルルゥたちと一緒に暮らすことが出来たのは、ライカの能力でルルゥたちが無力化されていたからだった。つまり、強大な力を持つルルゥたちが簡単に捕まってしまったのは、自分のせいであると気付き絶望するライカ。
便利な道具として捕まりかけたライカだったが、ルルゥが用意していた秘密の抜け道から里を脱出。その先で出会った師匠となる謎の人物から戦う術を教わり、ルルゥたちを助けに敵国へ潜入。能力と剣の技で敵と互角以上に渡り合い、なんとかルルゥたちを救出する。
しかし、もう少しで脱出――という場面で王国最強と呼ばれる敵に阻まれてピンチに。その相手は、なんとライカにうり二つの少年だった。
その場に現れたのは、その国の王妃と王女。二人は突然ライカに抱きつき、涙ながらに喜ぶ顔を見せる。そして衝撃の事実が判明する。
実は、ライカはその国の王子だったのだ。
最後にやってきた王様が説明をする。ライカは両親の手によって捨てられたのではなく、敵国のスパイによって秘密裏に川へ捨てられたのだ。本当の両親である王様と王妃、そして妹の王女はずっとライカのことを探していた。そして奇跡の再会を果たしたのである。
その証拠として、ライカは王族にだけ伝わるペンダントを所持していた。捨てられたとき唯一持っていたそのアイテムが、ライカを本当の家族と引き合わせたのだ。
王様たちは言う。ライカのクローンとして作ったが能力を受け継げなかった失敗作の
こうしてライカは、クローンとして作られた自分自身と対峙する――。
――と、以上が今のところ決まっている内容だ。
子どもの俺が考えた拙い原案ではあるが、今の俺がそれなりによくまとめることが出来たと思う。後はクライマックスをどう落とすかというところだ。
「ライカは……どうするんだろうな……」
自分の考えたキャラクターの思いを想像する。
もちろんライカは、ルルゥたちを救うために全力を尽くすだろう。それだけは間違いない。けれどそれは、本当の家族との対立を意味する。
ライカは自身のクローンを切り捨て、血の繋がった本当の家族に剣を振るえるのか?
複雑なライカの心境を思うと、俺はどのような結末にすべきか決めきれなかった。
「はぁ~さっぱり決まらん。我ながらなぜこんなやっかいなストーリーにしてしまったんだ。これが産みの苦しみってやつか!」
スマホを放り出し、椅子に背中を預けて天井を見つめる。
……もしも親父と母さんがヨリを戻して、俺に戻ってこいと言ってきたら、俺はどうするんだろうか。美空家を離れて、親父たちの方に戻るんだろうか。
「むむむ……いかんいかん! 自分の環境に繋げてどうする。それこそ簡単に答えなんてでんだろ!」
やれやれと立ち上がった俺は、シチューの火を止めて息を吐く。
そこで昨日、学校でハルに言われたことを思い出した。
『一人で悩んでばかりいないで、気軽に家族へ相談したらどうだい? チームで作っているのだから、みんな相談に乗ってくれるんじゃないかな』
なるほどまったくその通りだ。
そもそも今回の同人誌制作は、俺――『美空朝陽』個人の創作ではなく、チーム――『美空家』での創作だ。俺みたいな素人一人でどうにか出来る話じゃない。ここは経験豊富なプロたちに意見を求めるべきなんだろうな。
俺はポリポリと頬を掻く。
「親父が人に相談するようなタイプじゃなかったからなぁ。悪いクセを継いじまってるのかも。よし、悩んだらまずは動くか」
こうして俺は、初めにまひるさんの部屋へ向かうことにした。
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