第17話 本当の家族のように

 二人を起こさないようすぐ声を抑える俺。

 つーかやべぇ! そんなことすっかり忘れてた! 元々俺は創作ネタのために来たはずだったのに、そんなの頭からすっ飛んで普通にめっちゃ楽しんでしまった!


「はぁ~……なにやってんだ俺は。取材のことすっかり忘れてました……」


 すると、まひるさんはまたくすくす笑った。


「うふふっ♪ それでいいと思いますよ~。それに、夕ちゃんもきっとそのつもりで朝陽ちゃんを誘ったんじゃないかなぁ~? だって、朝陽ちゃんが心から楽しんでくれたのなら、それが朝陽ちゃんにとって一番の収穫インプットになるはずですから~」

「一番のインプット……ですか?」

「はい~。きっと今日の思い出は、朝陽ちゃんの描く物語をも~っと素敵なものにしてくれるはずですよ~♪」


 確信しているように、まひるさんはニッコリと俺に微笑む。

 それからまひるさんはとても穏やかな表情で話した。


「大地さんと一緒に来ることは出来ませんでしたけれど~……朝陽ちゃんがこうしてそばにいてくれることが、ママはとっても嬉しいです。朝陽ちゃん、美空家に残ってくれて、本当にありがとう~」

「え? い、いえいえそんな。俺の方こそ、家に居させてもらって感謝というか、本当だったら俺も……」

「朝陽ちゃん」


 顔を上げる。

 まひるさんは、優しい目で俺を見つめていた。


「朝陽ちゃんは、ママたちにとって必要な人なんですよ~。夕ちゃんと夜雨ちゃんも、きっと同じ気持ちだと思います~」

「まひるさん……」

「なんだかもう、朝陽ちゃんが初めてうちに来てくれた日が懐かしいですね~♪」


 笑いかけてくれる義理の母親と、両隣でスヤスヤと寝入っている義理の姉妹たち。


 思い出す。

 初めて美空家に来た頃。いきなり女性の花園に飛び込んでしまった俺は、あの家での生活に慣れることは難しいと思っていた。

 まひるさんはすぐに俺を本当の息子として今と変わらず受け入れてくれたけど、夕姉と夜雨は思春期まっただ中の女の子だし、俺だってそうだ。お互い、自然と距離をとるのはおかしいことじゃなかっただろう。

 なのにグイグイ詰め寄ってくる夕姉にはたじたじにされたし、俺と話すたびにビクビクして逃げ出すことも多かった夜雨とは今みたいに仲良くなれる気がしなかった。

 それでも少しずつ距離が近づいたのは――やっぱりアニメの影響が大きい。

 家族団らんでアニメを観て、感想を言い合う。親父とまひるさんたちは衝突することがあったが、俺はみんなと趣味が合った。そこでの会話は弾んだし、話題のアニメ映画を観に行ったり、漫画を回し読みしたり、アニソンを聴いたり、ゲームをやったり。

 他にも、まひるさんのイラストや夕姉のコスプレについてあれこれ話したり、夜雨のVtuber活動をみんなで応援したりして、俺たちは少しずつ本当の家族に近づいていった。毎日一緒にいて、気付いたらこうなっていたんだ。


 俺はちょっと照れくさい気持ちで口を開く。


「あの、まひるさん」

「どうしたの~朝陽ちゃん? やっぱり眠たいの? あ、それならママが膝枕してあげましょうか~♪」

「い、いやいやそれは嬉しいすけど遠慮しときます! えーとそうじゃなくって。俺も、その、た、楽しかったです!」

「え?」

「ははっ。小さい頃は両親が忙しかったのもあって、こんな風に家族でじっくり遊園地で遊ぶことなんてなかったんですよ」


 そんな俺の話を、まひるさんは静かにじっと聴いてくれた。


「思い出してました。遊園地に遊びに来ても、親父は仕事のことばっかり考えてたし、母さんも一緒だったなぁって。アニメ作りって激務ですもんね。まぁ遊園地に限ったことじゃないんですけど、家族で一日中遊ぶなんてなかったな。いやぁ、まさか新しい家でこんな家族が出来るなんて思わなかったっす。アニメみたいなこと現実でも起こんだなって!」


 まひるさんは、おかしそうにうなずいて聞いてくれた。


「俺たちは家族ですけど、でも、その、俺、今でもやっぱりどっかで一歩引いたところがあると思うし、まひるさんたちに迷惑掛けることもあると思うんですけど、ええと、出来ればこれからも家族として……」


 なんか無性に恥ずかしくなってきて言葉が出せなくなった俺の手を、二つ隣の席からまひるさんがそっと握った。


 うつむきがちだった顔を上げると、まひるさんが言う。


「朝陽ちゃん。ママたちは、朝陽ちゃんが大好きですよ~♪」


 その優しい笑顔に、俺の心臓が跳ねた。


「おとーとくぅん……あたしのぶらどこぁ……?」

「にい……さん…………ずぅっと……やうの……」


 さらにドキッとする。二人が起きたのかと思ったが、どうやら寝言だったようだ。特に夕姉の方はとんでもない寝言を言いやがって……周りの生暖かい視線が恥ずかしいだろ!


「ふふふっ。やっぱり二人も、朝陽ちゃんが大好きみたいです~♪」


 まひるさんの言葉に無性に照れてくる俺。

 今の俺にとって、この人たちは家族だ。けれど血の繋がりはない。

 そのせいなのか、やっぱりまひるさんの綺麗な笑みや、大胆なことを言って迫ってきたりする夕姉、ずいぶんと慕ってくれている夜雨の存在にはわりかしドキッとさせられることが多いし、なんつーか、ホントアニメの主人公かよみたいなラブコメチックな気持ちになることもある。いやだって、よく見なくてもすごい美女と美少女たちだしなぁ。


「朝陽ちゃん、照れてるの~? ふふ。赤くなって可愛いです~♪」

「か、からかわないでくださいよっ」

「からかってませんよ~? だって、本当に可愛いんです~♪」


 俺のほっぺたをつんつんして笑うまひるさん。ぐぬぬこうなると照れるしかない。

 そして夕姉と夜雨はぴったり俺にくっついたまま起きる気配がなく、それぞれに「おとーとくーん……」とか「にいさん……」とか寝言で俺を呼んでいた。そういや、二人が俺を『弟くん』『兄さん』と呼ぶのは二人が小さい頃に観たある恋愛ゲームが原作のアニメの影響らしいが、俺はその作品は観たことがないんだよな。家族が大事なキーワードの作品らしいし、今度ネット配信とか探してみるか。


「ふふっ、朝陽ちゃん~」

「? なんすか?」

「ママのことも、いつか『まひるママ』って呼んでくださいね~♪」


 ニコニコと言うまひるさん。

 俺は、ちょっと照れながらも軽くうなずいて返事をしておく。


 車窓にはそんな俺たち美空家の光景が反射して映り込み、そのガラスの向こうで煌びやかな夜の街灯りが見えた。


 朝からずっと一緒に騒がしく遊んで、美味しいものを食べて、忘れがたい思い出を残し、家族揃ってあの家に帰る。

 俺は、こんな今の生活が――今の家族が、すっかり気に入っていた。

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