PART10

『これは?』

 俺が卓子テーブルの上に置いた銀行のロゴが入った封筒を取り上げ、中の札を確認すると、彼はいぶかし気な表情で俺を見る。

『私は今回、貴方からの依頼半分、いや、三分の一しか達成できていません。その上余計なことまでやっちまいましたからね。ギャラは一部の危険手当と必要経費だけ頂き、残りはお返し致します』

 青木俊夫氏は黙って封筒をしまい、

『貴方が仕事に忠実な探偵で良かったです』そう言って苦笑した。

 青木氏はまた元の通り執筆が可能になった。

 降るほどという訳には行かないが、それでも以前よりは仕事の量は増えたという。


 で、あの長谷川氏はどうなったかというと、結局向こうは弁護士を立て、

”トミーと仲間たち”が、オリジナルであることを確認するための民事裁判を起こした。

 その結果、

”確かに『開化勇士物語』と似通った部分はあるが、既に発表されているとはいえ、片方は同人誌ということであるから、職業作家の著したものとは言い難いということで、これを”盗作”と認定することは出来ないという判断が裁判所から下った。

 大方のメディアもこれに準じたわけだが、しかしながら、あの記者会見の折に、俺が配ったコピーがモノを言ったんだろう。

 いつの間にかネットを中心に”トミーと勇者たち”の評判が悪くなり、幾ら長谷川氏の”親衛隊”が火消しに躍起になろうと、

”なんだあいつ、その程度だったのかよ”となった。

 

 あてにしていた米国の映画会社との提携も、そうした噂が広まったせいか、自然に立ち消えになってしまった。

 怒り狂った長谷川氏は、俺まで訴えてやると息巻いたそうだが、俺だって負けちゃいない。

”貴方がスタッフだか信者だかを使ってやったことは、一部始終が全部録画してあるんだがね。どうしますか?”

 俺のところに本人から直接電話がかかってきたが、この一言で彼はいつの間にか訴えを取り下げてしまった。

 映画はその後も公開され続け、DVDやBLUE-RAY化もされたが、売り上げはさっぱり伸びず、原作本も書店から消え、今では新古書店の棚の上で捨て値みたいな値段で売られている有り様だ。


『何だか、悪い事でもしたような気分ですね』俺が礼を言って、青木氏の仕事場から帰ろうとすると、本当に芯からの言葉のように、彼は言った。

『自分の成したことを正義だなんて位置付けて、それを武器にして振り回そうとすれば、逆に痛い目に遭うってことでしょうかな』

 俺はそれだけ答え、外に出た。

 夕方だというのに、まだ外は明るく、それほど寒くもない。

 俺は”空の神兵”を口笛で鳴らしながら、帰り道を急いだ。

 久しぶりに今日はいい酒が呑めそうだ。

                                  終わり


*)この物語はフィクションです。登場人物その他全ては作者の想像の産物であります。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

『正義』という名の凶器 冷門 風之助  @yamato2673nippon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ