PART9
奴らに連れて行かれたのはその階にある男子トイレだった。
外で待っていた別の二人のTシャツをを入り口に立たせて、俺を中へと連れ込む。
中で何が起こるか?
そんなこと、いちいち説明する必要もない。
察しのいい諸君ならおわかりになるだろう?
ここは俺の十八番、”ワープ航法”といこうじゃないか。
約、いや、そんな適当なカウントの仕方ではない。
きっちり5分後、俺は両の拳に息を吹きかけ、愛おしく撫でさすりながら、
トイレから出て来た。
表に立っていた見張り役のTシャツは、俺の顔に傷一つついていないのを見て、
目を丸くし、口を酸素不足の鯉のようにしている。
『早く治療してやんなよ。あんたらのお仲間、中でのびてるぜ。
手加減はしといたから大したことはないと思うがね』
俺の言葉に二人は慌てて中に入ってゆく。
俺は奴らをほったらかして、さっきの記者会見場へと戻った。
無傷のままの俺を見て、一番驚いたのは、壇上でマイクを握って得意気に喋っていた長谷川氏だった。
場内がまたざわつく。
俺は何食わぬ顔をして、元の席に腰を降ろすと、傍らに置いてあったケースを開け、数冊のあの同人誌を取り出す。
『さて、この会見場にお出での記者並びにジャーナリストの皆さん、当該同人誌はこちらにコピーが幾らでもありますから、御入用の方は無料で差し上げます。そして手にお取りになり、ご自分の目で、長谷川氏の映画と、この中に載っている、
”開化勇士物語”という小説が似ているか否かを確認して頂きたい。』
『み、皆さん、そんなものを見る必要はありません!』
上ずった声でそう叫んだのは、長谷川俊介氏その人だ。
『この作品は僕とスタッフが心血を注いで作りあげたものです。断じて盗作などではありません!そんなものに惑わされないで下さい!』
しかし、プレス関係者らは一様に俺の傍に寄ってくると、親衛隊連中が止めるのも聞かずに、俺の手から同人誌のコピーを受取り、席に戻って読み始めた。
『ど、どうしてくれるんだ?あんた、業務妨害だぞ!』
マイクを捨て、壇上から降りた長谷川氏は、大股で俺のところに駆け寄ると、目を向いてこっちを睨みつける。
『何とでも言ってください。私は本当の事を黙っておれない主義なんでね』
ざわついていた会場は黙りこみ、皆が俺の渡した文章を熱心に読んでいる。
10分ほどしたろうか?
『なんだ』
そんな声が聞こえ、失望のため息が辺りから聞こえる。
誰かが椅子の上に同人誌を殆ど叩きつけるようにして置き、荷物を纏め、入り口から出て行く。
『待っ、待って・・・・いや、お待ちください』
スタッフは泡を喰ったように会場に背を向けて出て行く記者連中を押し止めるのに必死だが、最早誰もその言葉に耳を貸そうとする者はいなかった。
長谷川氏は長谷川氏で、マイクを片手にぶら下げ、呆然とした表情で立ち尽くすばかりだった。
全員が出て行った後、俺も、
『じゃ、これで』そう声を掛けると、そのまま踵を返した。
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