おひさまの子

 ある町に、素敵な笑顔の女の子がいました。

 女の子はどんな時でもいつもにこにこ。その笑顔の前では、不機嫌なおじさんも、泣き虫なおちびさんも、疲れ果てたおばあさんも、誰でも皆つられて笑顔になってしまうのです。

 だから人々は、女の子のことを「おひさまの子」と呼んでいました。



 やがて女の子は大人になりましたが、その笑顔は子供の時とちっとも変わらず輝いていました。

 不思議なことに、辛いことや悲しいことを彼女に話すと、皆の気持ちはとても軽くなるのです。だから毎日のように誰かが彼女を訪ねて行きました。

 ですが、彼女の辛いことや悲しいことを聞いた人は誰もいませんでした。



 さらに月日が流れ、年老いた彼女はとうとう天に召されました。

 その知らせを聞いて、高台にある彼女の家には次々と人が集まります。


「もうあの笑顔が見られないなんて」

「もう話を聞いてもらえないなんて」


 皆が悲しみに打ちひしがれる中、一人の子供が棚の奥にぼんやりと光る何かを見つけました。

 取り出してみれば何の変哲もない箱で、光はその隙間から漏れています。けれどその箱は、簡単には開けられないように何重にもリボンが巻かれているではありませんか。

 彼女には家族がいなかったため、皆で話し合った結果、その箱を開けてみることになりました。


 一体何が入っているのでしょう。

 「おひさまの子」が残した箱に、皆の期待は自ずと高まります。


 かたりと音を鳴らして開いた箱。

 そのとたん、透明な雫が箱の中からどんどん溢れ出てきました。


「これは一体、何だ?」


 一人が雫をつつくと、それは容易く弾けてしまいました。そして次の瞬間、その場にいた人全員の心に「悲しみ」が伝わったのです。

 もう一人がつついた雫からは「苦しみ」が。

「寂しさ」や「辛さ」もありました。


 そう。この箱に隠されていたのは「おひさまの子」が生涯誰にも見せなかった、彼女の涙の雫だったのです。

 笑顔を求めるあまり彼女にどんなに我慢を強いていたのか。人々は今になってようやく気がつきました。


 けれど彼女はもういません。



 皆は静かに外に出て、彼女の涙をそっと空に還しました。柔らかな風に乗って、涙は高く高く上がっていきます。そして誰の目にも見えない程に遠くなってからまもなくのこと。


 よく晴れた日にもかかわらず、町には透明な雨が降り、雨がやんだ後には美しい虹色の花があちらこちらで咲いていました。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る