第10話 敗けた理由

「秋人!」


 トーナメントセンターを出ようとした時、バイトを終えた勝美の声が聞こえてきた。


「さっきの試合、見てたわよ」

「ああ……」


 秋人の落胆は大きかった。あんなに自信満々に環境分析をぶって、アグロデッキこそが解決策ソリューションのたまって、結果を出せなかったのだ。かっこ悪すぎる。自然、勝美から目を逸らす。


「すまなかったな。せっかく調整したのに……角倉はアグロデッキじゃなくて、コントロールデッキ使うだろ?」


 宮下部長はずっと使い続けているコンボデッキを。

 東・北原先輩は本命の『冥界のネクロマンサー』デッキ。三連勝したお墨付きだ。

 勝美は、今日、秋人が使用したアグロデッキと同じカード構成のものを使う予定でいたが……。


「もちろん、アグロデッキでいくわ」と勝美がとなえた。

「本気か? 俺は今夜、全敗したんだぞ?」

「アタシの意見はあんまり参考にならないかもしれないけど……」


 遠慮がちに勝美は言いよどんだ。めずらしいこともあるものだ。気落ちした秋人をいたわるように、彼女の声は優しかった。


「……聞かせてくれ」

「えっ」


 秋人はそこではじめて勝美の目をみて言った。

 フン!と勝美は鼻を鳴らした。


「……仕方ないわね。じゃあ、教えてあげるわ。アンタさ、全っ然楽しそうじゃなかったじゃん?」

「は?」


 問い返す秋人に、勝美は重ねた。


「だっ、だから……! ゲームプレイしてて、楽しそうに見えなかったって言ってんの!」


 と指差してくる。

 秋人は考え込んでしまった。


「そりゃ……勝てなきゃ、楽しくねーだろ」

「そうかしら? アタシは負けても楽しいわよ?」

「お前が言うか……ッ!」


 秋人が叫ぶと、勝美は目を伏せた。


「なんていうか……イラツいてた」

「…………!?」


 勝美の指摘に、秋人は落雷のような電撃を頭にうけたような衝撃を受けた。そうなのだ。思い通りにカードを引けない。相手の引きが強すぎる。引かなければ勝てるはずがない……。そんなことに心乱して、自分らしい戦い方を見失っていたのかもしれない。


『ブレイン・サウンド』は、そういった雑念を振り払い、ゲームの思考に集中させてくれていたのかもしれない。


「参考になれば、だけど……」


 勝美には珍しく、語尾の歯切れが悪い。どうやら、秋人に気を遣ってくれているらしかった。


「……ありがとう」

「へっ……!」

「じゅうぶん、参考になったよ」


 秋人が笑顔で返すと、勝美は満足そうに唇の端をニッと持ち上げた。


「そーいえば、最初に会った時、言ってたな? 今度こそ俺に勝つって」

「――!?」


 気まずそうに勝美は目をそらす。どこか落ち着かないようにソワソワしている。


「あれってどういう……」

「いちいち細かい男ね。どーせ覚えてないんだから、いいでしょ?」

「んだよ、自分から宣言しといて……」

「ああ、そうだ。もうひとつ伝えておくわ。さっきクロエちゃんと連絡先交換しといたから」

「……はあ!?  どーゆーことだよ!?」


 突然の勝美の告白に、秋人は口を開いた。


「保健室登校してるって聞いたから、保健室行ってみたのよ」


 やはり女性でしかそういうところは踏み込めないよな、と秋人は思った。


「勘違いしないでよね? アンタのためとかじゃないから」


 慌てた口調で勝美が弁解する。ツンデレかよ、と秋人は内心でつっこんでおいた。


「……で? どうしてクロエに会いに?」

「ぶっ、部活の勧誘に決まってんでしょ!?」

「クロエはなんて?」

「……興味はあるけど、駿河くんはいるのかって聞かれた」

「めっちゃ避けられてるな……」


 落ち込む秋人をフォローするように、勝美は続けた。


「そういう感じではなかったわよ? アレじゃない? 向こうもなんだか気まずそうな感じで……ケンカでもしたわけ?」

「そういうんじゃねーけど……」

「小声であの子、『見られた』とか言ってたけど……何か見たワケ? あ、あの子の黒歴史、とか?」

「…………」


 勝美が鈍感で良かった。秋人は安堵の溜息をついた。


「それで、どうする? 連絡先教えて欲しい? 彼女に謝りたいんでしょ?」


 勝美がからかうような口調で言った。

 しかし秋人は真剣な顔で即答した。


「いらねーよ」

「――――?」

「俺はフィーチャーテーブルで、あいつに伝えるって決めたんだ。あいつとまた、カードゲームしたい――」


 話しながら、拳をぎゅっと握りしめる。せっかく掴みかけたものを、取り戻す。決意を新たにするように秋人は言った。


 そんな秋人を横目で眺めながら、勝美は「あーらそ」とかすかに笑った。


「一応、クロエちゃんには明日のトーナメントの中継を見るようには伝えておいた」

「ありがとな」


 秋人の感謝を受け止めて、勝美は急に顔を赤くすると、くるりと背を向けてしまった。


「…………?」

「ばっ、ばっかじゃないの!? だから、アンタのためとか、そういうんじゃないって言ってるじゃん! あくまで部活の勧誘の一環なんだからね!」

「へーへー」


 秋人は手を振り、勝美と別れた。

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