第11話 チート行為

 四月十一日、土曜日。

 大型大会当日。


 早めに待ち合わせ場所に到着した秋人は、トーナメントセンターの最寄り駅に立っていた。手持ち無沙汰で、思わずスマホに手が伸びる。そして――『ブレイン・サウンド』を再生しようとして、秋人は手を止めた。


 ゲームには勝ちたい――特殊音源を聞けば、どういう理屈かはわからないが、脳機能がブーストされ、カードゲームが強くなる、らしい。


 かつての自分を世界大会にまで導いてくれるように。


 ――結局、『ブレイン・サウンド』はチート行為ではないのか? そんな迷いもあって、昨日から秋人は『ブレイン・サウンド』を聞くのをやめていたのだった。


 勝ちたいと懸命にもがく勝美は? ムカつく赤髪のライゼズは? 皆をはげまし、着実なプレイで勝利を勝ち取る宮下部長は? 何より、自分に『メイジ・ノワール』を教えてくれた、クロエは?


 ――みんな勝ちたくて、頭脳の限りを働かせ、プレイしているのだ。


 クロエの気持ちを取り戻したいというのに、チートに頼っていたのでは、なんだかやましいではないか。

 

 でも――勝てるのか? その不安は、確実にあった。

 

「よ、早いね、駿河くん!」


 一瞬、制服姿ではなかったのでわからなかったが、大柄な体型を見間違えるはずもない。北原先輩はアーミージャケットに、黒いブーツという出で立ち。迷彩柄のつば付き帽子も被っている。職質かけられそうな出で立ちだった。


 対する秋人はチェックのシャツにチノパンという上から下まで○二クロファッション。靴はテニスシューズとごくごく普通の格好だ。


「みんな、まだ来てないね?」

「ええ、そうみたいっすね……」


 手持ち無沙汰で、秋人はスマホを取り出した。部活のグループチャットに、「到着しました」と投稿すると、宮下部長は近くのハンバーガーショップで朝食をとっているらしい。五分ほどで合流すると返信があった。


「なあ、昨日、聞かせてくれた音源あるじゃない? あれ、送ってもらえたりしないかな?」

「……え?」


 みんながまだ来ないことを確認してから、北原先輩が切り出してきた。


「よく考えたら昨日三連勝する前、あの音源聞いて精神統一できたなって思って。えんかつぎでさ、また聞ければなって思って」

「そうですか……」


 秋人は迷った。


 確かに『ブレイン・サウンド』の効果があるかどうかを先輩を使って試してしまった。秋人がいけなかった。

 北原先輩はこの一週間、共に調整を繰り返してきた仲間だ。大会で結果を残して欲しいと思う。できる限りのことは協力したい。


 しかし――かつての自分のようになって欲しくもなかった。


 昨夜、秋人は禁断のエゴサをしてしまった。

 

 記憶を失う前の自分。

『ブレイン・サウンド』を駆使して自分がなにをなしたのかを、検索してしまった。


 ネットには、ありとあらゆる罵詈雑言で溢れていた。

 曰く、


 イカサマ。

 クレーマー。

 スポーツマン(ゲーム)精神に反する。

 金の亡者。

 悪魔。


 そして――。


 666ナンバー・オブ・ザ・ビースト


 それはオンラインでもプレイ可能な『メイジ・ノワール』の秋人のアカウント名から由来するらしかった。


 かつての自分は、勝って注目されることを追い求めるあまり、かつての自分はヘイトを向けられる存在になっていたようだった。


 そう考えると、秋人は複雑な気分だった。温厚でやさしい北原先輩を、獰猛どうもうな獣に変えたくない。


「すみません、あれ、コピーのプロテクトかかっているみたいで」


 秋人は適当に言いつくろった。

 北原先輩の落胆は大きかった。


「そっか……」

「動画サイトに似た作業BGM転がってますよ」

「それもそうだな」


 拒否られて、北原先輩は不満そうだった。秋人はフォローするように、


「気休めかもしれませんが……昨日、三連勝できたのは、先輩の実力ですよ」


 と言葉を重ねた。


 おだてて北原先輩をいい気にさせようというつもりは毛頭ない。

 秋人はこの一週間、シャドー演劇部でみんなとワイワイプレイした時間を愛おしく感じている。

 クロエとトーナメントセンターではじめて『メイジ・ノワール』に触れた興奮を大切に思っている。


 勝つだけじゃない。楽しむこと――それは昨夜、勝美に教えられたこともである。

 そして、何より。


 ――自分は勝てる。


 北原先輩には自分を信じてほしかった。一緒に調整してきた仲間を。自分の努力を。自分自身を信じられないで、どうするのか、という自戒じかいを込めて、秋人は言葉をつむいだ。


「宮下部長に恩返しするつもりで、俺もがんばるつもりです」

「そうだね……駿河くんに言われて、勇気が湧いたよ」


 北原先輩に言われて、秋人はほっと安堵の笑みを浮かべた。

 間もなく、宮下部長や東先輩も合流。

 勝美は遅刻してきたが、「女の子はお化粧とかいろいろ大変なのよ」と言い訳した。確かに今日の彼女はどこか気合が入っていた。

 やけにちらちらこちらを意識してくるので、秋人はまゆをひそめた。


「今日はバイトいいのかよ?」

「大会出場したいから、休みにしてもらったわ!」


 さすがカードショップ。大会出場が休み理由になるのか。どこか意味ありげな視線を投げかけてくる勝美に疑問を抱きながら、秋人は宮下部長の号令を聞いた。


「さ、そろそろ向かいましょう」


 こうしてシャドー演劇部は決戦場――トーナメントセンターを目指した。


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