第8話 アグロデッキ

 今日は学校で全学年学力テストがあった。試験とは違って、現状の学力を測定そくていするためのもので、一年生は目標設定に、二、三年生にとっては進路の材料にするものだ。


「部長、テストどうでしたか?」


 演劇部の部室で、二年の東と北原が学力テストについて話していた。


「ん? 普段から予習復習をしていれば、それほど恐れることもないだろう。どうかな、角倉氏?」


「もちろん! アタシはかなり自信があるわね。アンタはどうなのよ」

「勉強なんかしてるひまねーよ。昨日はプロキシカード作るので忙しかったからな……」


 プロキシカードというのは、カードにサインペンで書き込んだだけの仮のカードだ。金持ちでないかぎり、すべてのカードを買うことはできない。だから、仮のカードで調整を繰り返し、必要なカードだけを買う。カード資産のない秋人は、プロキシカードを作るしか、デッキを試せなかったのだ。


 プロキシカード作って、一人でデッキ回して……。いつの間にか、秋人はすっかりカードゲーマーになっていた。試験の勉強をほったらかしにしてしまうくらいに。


 今日の学力テストはマークシート式だった。だから空欄くうらん回答はなかったが、特にテストの手応えがあったわけではない。


「アタシはバイトもあるし、勉強教えてあげられないわよ?」

「別に教えてもらおうとか考えてねーから」

「あら、そう……」


 勝美は残念そうに顔をうつむけた。


「それより、アグロデッキ試すんだろ?」


 今日は、俺が発案したアグロデッキが『冥界めいかいのネクロマンサー』デッキに通用するのかを試す調整日にしてくれた。


 宮下部長は『冥界のネクロマンサー』デッキを組んできてくれた。


 まずは秋人のプロキシカードで作ったアグロデッキを勝美に貸し、宮下部長のデッキに、勝美は秋人のアグロデッキでいどんだ。


 結果は……。


    ◆ ◆ ◆


「ウソ……」

「手加減はしておりませんぞ……」


 宮下部長のデッキを、勝美が撃破したのだ。


 キーカードである『冥界のネクロマンサー』をとなえる直前には、部長のライフはゼロにまで削られた。


 自分で使用して、勝てたのが不思議とでもいうように、「だって、高いカードなんて一枚も入っていないのよ?」と勝美はデッキのカードを眺めている。


 1〜2コストの『聖堂騎士団』のカードで構成されたアグロデッキは、小粒こつぶながら盤面ばんめんを制圧し、油断していると2〜3ターン後には相手のライフをけずり取っている。


「今、この瞬間しか通用しないデッキだ」秋人が指摘する。


「それに、安定性という面でも疑問が残る」

「……というと?」


 眼鏡を押し上げ、宮下先輩が問う。


外典アポクリファに対策カードを入れられたらひとたまりもない」


『メイジ・ノワール』では、デッキ=山札のことを原典オリジナルと呼んでいる。原典オリジナル六〇枚のカードでは対処できない場合、一三枚までの外典アポクリファの投入が認められているのだ。


 一戦目を苦手なデッキタイプと当たっても、二戦目、三戦目は外典アポクリファから対策カードを投入できる。


 この外典アポクリファは一五枚と数が限られている。故に、すべてのデッキの対策を割り当てるのは不可能だ。対戦する可能性の高いデッキの対策をとる。ここでも、『冥界のネクロマンサー』デッキというわけだ。


 デッキが流行っている今しか有効ではない、抜け道――外典アプクリファにアグロデッキ対策が不足しているこの環境でこそ光り輝く戦略。それが秋人のアグロデッキだった。


「一対三以上の交換をされたら即終了。今の環境でアグロデッキが流行っていない。この瞬間しか有効ではないデッキさ」


 演劇部員たちは呆けたように口をぽかんと開けていた。

 我に返り、宮下部長は感嘆かんたんの息をいた。


「まったく……あなたという人は謎に満ちている。一夜にして現環境の解決策ソリューションを導き出すとは」

「……むう」


 そううなった勝美は疑わしい目で秋人を見てくる。本当に記憶を失くしているのか、と言いたげだった。


 翌日、そんな勝美の疑念をさらに深める事件が起きた。


    ◆ ◆ ◆


 次の日。昨日の実力試験の結果が廊下にり出されていた。後ろの方から自分の名前を確認していくと、真ん中あたりでクロエの名前を見つけた。


「――え?」


 一瞬、秋人は固まった。昨日、彼女は学校に来ていたのか? 秋人ははやる気持ちを抑え、クロエの教室へ向かった。ドアの近くにいたヤツに彼女のことを聞く。すると言いにくそうに、答えてくれた。彼女は保健室登校という形で、時々学校に来ているらしい、とのことだった。


 クロエは不登校になったと思い込んでいた。秋人はどうして毎日、確認しなかったんだと後悔した。渋々しぶしぶ自分のクラスに戻り、席に着く。カバンの中身を机に移し替えていると、


「あら、天才さん?」と勝美が声をかけてきた。


「なんだ、そのとげのある言い方は?」

「勉強してるヤツほど言うのよねえ……『勉強してない』って」

「言いたいことがあるならはっきり言え」

「……アンタ、実力テストの結果、見てないの?」


 言われて秋人ははっとした。クロエの件で頭がいっぱいになり、自分の結果を見ていなかった。


「俺……何位だったんだ?」

「一位よ。アタシが二位で、アンタが一位!」

「――っ!?」


 秋人は廊下に飛び出した。「ちょっと!」と勝美の声が背後で聞こえたが、構わず振り切った。り出されたテストの結果。壁に手を付き、その張り紙を秋人は見た。


 ―― 一位 駿河秋人


「そんなはず……」


 勉強などしなかった。いや、今も問題を出されたって、解ける自信はない。なのに、どうして自分はテストで高得点をとっているのだろうか? テスト前はデッキの調整をしていただけ。あとは……。


『ブレイン・サウンド』――。


 その単語が浮かんで、ハッとした。だが、すぐにそんなはずはない、と打ち消す。ここのところずっと聞き流している、特殊な音源。のだとしたら?


 中学生で世界大会決勝。

 進学校に入学。


 記憶を失った自分のスペックでは到底、敵わないことを、以前の自分はやっていた。それが、この音源のおかげだったとしたら……? 予鈴が響き渡るなか、秋人は廊下で立ち尽くした。

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