第7話 再契約

「……ま、今のはカードの引きが悪すぎたわね」


 勝美はカードを片付け始めた。

 彼女は最下位―― 一勝もできなかったのである。


「っておい! 角倉、めちゃくちゃ弱いじゃねえか!」

「弱いんじゃないわ! 引きが悪かっただけよ」


 勝美が口をとがらせて弁解べんかいする。


「あのな……」


 一戦目。まあ、かなりいい勝負だった。引きたいカードが引けない。そういうときもあるだろう。一勝二敗。


 二戦目。序盤からブン周りの相手に翻弄され、二タテで敗北。


 そして、三戦目。宮下部長のコンボデッキ。コンボデッキはカードが揃わなければ意味がない。つまり、もっとも勝美のコントロールデッキが得意とするデッキだ。なのに、宮下部長のポーカーフェイスにまんまと引っかかって、敗北。


 ――戦績は一勝六敗。見事な惨敗っぷりだった。


「あの盤面ばんめんで、引いたカードが供養台だったんだからしょうがないでしょう。カウンターを引いていれば勝てたわよ」


 供物台はカードをプレイするのに必要な、いわば黒魔術のエネルギーを生み出すカードだ。供物台がなければ、黒魔術カードはプレイできないが、何か引かなければ負ける、というときに供物台を引けば……当然、負ける。


 やはり『メイジノワール』は運ゲーなのか?


 総当たり戦を観戦し、宮下部長の試合を眺めて、そうでもないことに秋人は気づき始めた。プレイのうまいヤツは、一枚のカードで複数枚のカードを失わせている。一対一交換では、相手のアドバンテージを奪っているようで、勝利にはつがならない。


 勝美は相手のやりたいことを妨害して、えつひたっていた。相手の決め手を一枚一枚、打消カウンターしても、所詮はそれは一対一交換に過ぎず、自分もカードアドバンテージを失っているのだ。勝美のプレイには、このカードアドバンテージの考え方が欠落しているように思えた。


「角倉はさ……性格的にアグロデッキのほうがいいんじゃね?」

「はあ……!? アタシには……コントロールデッキは無理だって言うの……?」


 今まで楽しくカードゲームをやっていたとは思えない、重たい空気が流れる。誰もが金縛りにあったかのように身動きできずにいた。雲行きが怪しい……。


「…………」


 宮下部長も困惑こんわくする顔を浮かべ、それが深刻な色に染まっていく。


「いや、なんというか……実際、勝ててないじゃんか」

「…………っ!?」


 さらに勝美の顔が強張こわばった。


「あ――」


 ごくん、と俺は唾液を飲み下す。余計なことを言った……。そう気づいたときには遅すぎた。


「…………っ!」


 勝美は部室を飛び出していってしまった。


「おい……っ!」


 追いかけようとする俺を、宮下部長が制止した。


「駿河氏はやめておいたほうがいい。東、北原。お願いできるかな?」

「「はっ!」」


 東と北原呼ばれた部員が勝美を追いかけた。

 秋人は苦笑して頭をかいた。


「なんか……俺、調子にのってズケズケ言っちまったな」

「さすが、日本最強のプロプレイヤー集団『チームSAMURAI』のメンバーであっただけのことはある」


 宮下部長は眼鏡の奥の理知りち的なひとみで秋人を見つめた。


「『チームSAMURAI』?」


 と、秋人は目を丸くした。記憶にはないチーム名だった。


「スマホゲームの会社とスポンサー契約している、調整チームですよ。記憶を失ってから、メンバーと連絡は取り合っていないのですか?」

「ああ……」


 かつての仲間だったら、普通は心配して連絡してきてもよさそうだ。しかし、秋人はそのチーム名をはじめて聞いたし、スマホには着信はなかった。


 ようするに、追放されたらしい……。


「勝美くんは、心の底からカードゲームを愛している。故に勝ちたい――その思いも人一倍だ」

「まあ、カードショップでアルバイトするくらいだからな……」


 高校生になってすぐバイトはじめるって、相当だよな。


「人を成長させるためには、厳しいことも言わねばならぬでしょう。事実の指摘は大切です。しかし――伝え方もまた、指導者は学ばねなならない」

「…………」


 宮下部長の言わんとしていることはわかった。言うは易し、岡目八目。観戦していただけで、偉そうなことを勝美に言ってしまった。わかったような気になっていた自分がずかしかった。


「駿河氏は地頭じあたまがいい。ゆえに記憶をうしなっても、カードゲームの本質を見抜く洞察力どうさつりょくをお持ちだ。であれば――どうだろう? 勝とうとしても勝てない、それでも楽しくプレイしている者に寄りってみては?」


 なんだか優子先生とは別のベクトルで、宮下部長は秋人にとって成長をうながしてくれる老師メンターのような気がした。


「……ありがとな?」

「む……?」

「いや、真面目な話し、誰も俺にそんなこと言ってくれるやつ、いなかった……ような気がするんだ」


 クロエのことも、思い返せばそういう自分の性格に起因きいんするような気がするのだ。


 ゲームを始めたきっかけを与えてくれた、同級生。なのに、いっさいの連絡も取り合わなかったということは、かつての秋人は切り捨てたのだ――彼女を。


 そして、プロになって、一流のプレイヤー集団に属しながら、心配のメールひとつも送られてこない……。自分は、そういう最低の人間だったのではないか? 最強だったのかもしれないが、一人だったのだ。


 そのとき。


 ガラガラガラ……ッとドアが開け放たれた。そこには、顔をうつむけた勝美が立っていた。少し息が荒い。


「おお、角倉氏!」


 宮下部長と視線を合わせる――謝るチャンスですな?と部長の頷き顔が言っている。

 そんな秋人のもとにやってきた勝美は、意を決して口を開いた。


「……勝ちたいの」


 弱々しいその声には切実な思いがにじみ出ていた。


 勝利への渇望かつぼう

 悔しさで、どうしようもない気持ち。


 記憶は失ったが、『その気持ち』はかつて自分も経験しているような気がした。悪魔に魂を売ってでも、勝利を祈るその想い。


 勝美の表情は真剣そのものだった。


「どうしても、勝ちたい――。だから教えて……どうしたら勝てるのか」

「角倉……」


 宮下部長と目が合う。今だぞ、とウィンクを投げてよこすが、そう簡単じゃないんだ。


「え、ええと……」


 気まずさ、恥ずかしさでうまく言葉が出てこない。でも、秋人はクロエに素直に謝れなくて、後悔しているのだ。行動をあらためないでどうする? 自分に言い聞かせ、秋人は後頭部をかきながら、困ったように言葉をつむいだ。


「――俺も悪かった。言い方ってもんがあった」

「…………ッ!?」


 ビクン、と勝美が反応する。謝罪の言葉は受け取ってくれたようだが、目線は相変わらず合わせようとしない。


「さ! 東と北原も呼んでこよう!」


 その言葉とともに宮下部長が部室を出ていった。秋人と勝美が後に残された。夕日が部室をオレンジ色に染め上げていく。


「……いい人でしょ、みんな?」

「ああ……」


 秋人は首肯しゅこうした。

 勝美はかすかに笑っている。


「クロエちゃんもそうだけど……『メイジ・ノワール』の競技人口はどうしても男の子が多い。だから、女の子にはどうしても入って行きにくいのよ」


 勝美には、男の子の服装をしてでもトーナメントセンターに足を運んだクロエの気持ちがわかるのだろう。


「だから……あんなはしゃいでいたのかな、あいつ俺と一緒にトーナメントセンターに行って――」


 ぴょんぴょん跳ねて喜んでいたクロエの姿が脳内によみがえる。


「そうね、楽しそうではあったわね」

「ってか、見てたのかよ」

「うっさいわね! あの子があんまりニコニコしながらブースターパック買いに来るから、ちょっと言葉交わしただけよ」

「じーっとにらまれたって、クロエは言ってたぞ」

「バイト初日でアタシも緊張してたのよ」

「ふーん……」


 以前はにくまれ口を叩く勝美が理不尽でしかたなかった。でも、今の秋人はそんな勝美の内奥に、まっすぐな一面があることも知っている。だから、彼女の言い方に苛立いらだつこともなかった。


「記憶を失う前、俺が『メイジ・ノワール』を始めたのは、クロエが教えてくれたからだったらしい」

「じゃ、二度目も彼女に教わったってワケね」

「角倉はどうなんだよ?」

「え? アタシ?」


 どうしてアンタに話さなきゃなんないのよ、と怒られるかなと思ったが、以外にも勝美はふふんと得意げに話し始めた。


「アタシが『メイジ・ノワール』を始めたのは、兄の影響ね」

「お兄さんの対戦相手をやっているうちにハマった、っていうやつか……」

「違うわよ」

「えっ……」


 さも当然のように勝美は続ける。


「兄は病気がちで、いっつも入院していたの。病室で、本ばかり読んでいたわ。親が先生と話している間、アタシは退屈で仕方がなかった。だから、病室でできるカードゲームをアタシが持ってきたってわけ」

「……それ、始めた理由は角倉発信だろ、自分自身の影響じゃね?」


 秋人のつっこみも気にせず、回想する。


「――兄はいっつも勝ちをアタシに譲るの。『兄さん、本気出しなさいよ!』と怒っても、笑って誤魔化すだけだった。負けるとアタシが泣くから、わざとそうしてたんでしょうね。今はそうでもないけど?」

「…………」


 あえて秋人はリアクションしなかった。しかし、今と変わらぬ負けん気の勝美が容易よういに想像できて、秋人はどこか微笑ほほえましかった。


 目尻の湿り気を拭った勝美が、まっすぐ俺を見つめる。


「無駄話が過ぎたわね。それで! 本当に勝てる方法がわかったんでしょうね?」

「ああ……一応な」


 勝美が腕組をして座る。フンと漏らした鼻息が、聞かせてみなさいよ、と語っていた。

 秋人は総当たり戦を観戦して、気づいたことを話して聞かせた。


「まず、Tier1で流行ってる『冥界のネクロマンサー』デッキと、その対策を施したデッキ(Tier2)に勝てること。それが大会で優勝するデッキタイプに求められることだ」

「当然ね」

「いずれのデッキも、ミッドレンジタイプのデッキで、エンジンがかかるまで時間がかかる。『冥界のネクロマンサー』は墓地にカードが貯まるまで。コンボもカウンターも、長期戦だ。それらが準備をしている間に、早々に勝利することのみを考えたデッキ。開幕序盤での勝利に特化し、戦線が長引けば即敗北の諸刃の剣ともいえるのが――」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。それってまさか……」


 ペラペラと説明する秋人を制するように、勝美が声をあげる。

 すぐに秋人は勝美の疑問に答えた。


「アグロデッキだ」

「…………」


 沈黙が流れる。

 勝美は首を振った。


「そんなの誰だって思いつくことだわ。でも結局、アグロデッキは4ターンもすれば息切れを起こして負けるのよ」


 Tier1を構成するデッキ郡はいずれもゲーム中盤以降、カードアドバンテージを稼いで相手を圧倒する。対してアグロは開幕序盤こそ暴れまわるが、中盤以降は失速してしまう。


「開幕序盤で失速したとしても、死ぬまでには時間がかかる」

「……どういうこと?」


 秋人の分析に、勝美は身を乗り出した。


「開幕で相手を三分の二削る。これが至上命題。以降、三分の一を引いたカードで削る」

「供物台を引いたら?」

「まあ、負けだな」

「じゃあ、ダメじゃない……」

「引かなきゃいいのさ」

「……はあ!?」


 勝美は驚いたように目を丸くしている。 


「デッキに入れる供物台をギリギリまで削る」

「じゃ、じゃあ!! 逆に、供養台を引かなかったらどうするのよ!?」

「再契約があるだろ」


 再契約とは、カードの引き直しのことだ。ゲーム開始時、プレイヤーは七枚の手札を山札から引く。このとき、手札の内容が気に入らなければ、一枚減らして「再契約」、すなわち、引き直しができるのだ。

 

 あごに手を当て、勝美は考え込んだ。


「…………」

「つまり、供物台の枚数を絞り、再契約の判断基準さえ間違わなければ――現環境において、アグロが勝てる可能性が高い」

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