第24話 原点

 道場に入ると紗希は「少し待ってろ」と言い、用具庫へ向かった。


くれるって言ってたけど……なんだろう)


 そんな事を考えながら待っていると、用具庫の方からはガシャガシャと騒がしい音が聞こえてくる。


 数分程経つと音は止み中から紗希が咳き込みながら出てきた。


「っけほ! いや~暫く放って置いたから、すっかり埃を被っちまってたよ」


 紗希の手には一振りの日本刀が握られていた。


 長さや形状は一般的に見えるが、その刀が納めらている鞘と柄には不思議な模様が刻まれている。


「それは?」

「本当はもっと後に渡す予定だったんだが、時間もねーしな」


  紗希は刀を俺の前に突き出す。


「我が家に伝わる家宝――銘は『あかつき』。世界に二つとない名刀だぜ」


 名刀『暁』。我が家にこんな物があるなんて知らなかった。そういや、紗希が用具庫には入るなってよく言ってたけど、これを隠してたのか。


 俺は刀を受け取ろうとするが、紗希はひょいっと腕を上げそれを拒んだ。


「まあ待て。今のお前じゃ、こいつを抜く事すらできないよ」

「どういう意味だよ」

「そのまんまの意味さ。この刀を使いこなすには、自分の心と向き合わなきゃいけない。だから、お前にある試練を課す」

「試練?」


 紗希は『暁』を横の壁に立てかけると、代わりに木刀を二つ手に取った。


 その一本を俺の方へ放ると、紗希はすっと木刀を構えた。


「な~に、試練つっても単純明快、この私から一本取ってみろ。そんで、思い出せ。自分の原点を。それだけだ」

「それだけって……充分鬼畜じゃねぇかよ……」

「それに、今回は手加減しないぜ?」


 紗希の纏う空気が変わっていく。


 それは今まで感じた事のない程の威圧感。


 やばいな……全く隙が見当たらない……けど、これを乗り超えなきゃ俺は強くなれない。


 覚悟を決め深呼吸をした後、俺も構えを取る。


 ピンと張り詰めた空気に少しだけ身震いしてしまう。


 余計な力は抜き木刀は下段に、足は肩幅程度に開き、視線は紗希を捉える。


 いつも通りでいい。気後れする事はない。


「後で泣いても知らねーぜ? バカ師匠」

「フン。軽口叩いてる余裕なんかあるのかよ!」


 その言葉が合図だった。


 紗希は大きく獲物を振り上げながら距離を詰めてくる。


 一見すれば隙だらけの単純な攻撃だ。


 でも、紗希のその攻撃は回避も反撃も許さない。


 速すぎるその攻撃に俺は防御するしかなかった。


「おらぁぁぁぁぁ!」

「ぐぅ!」


 紗希の剣戟に合わせて木刀を頭上に構える。


 何とか最初の一撃を防ぐ事はできたが、木刀から伝わる衝撃は強烈で、両手を麻痺させる。


 このまま打ち合うのは危険だと判断し、後方へ引いた。


「おいおい。逃げてちゃ勝てねーぞ」


 紗希は距離を取らせぬよう、直ぐさま突っ込んでくる。


 そのまま瞬きする暇もない程の、怒濤の連続攻撃が襲ってきた。


(くそ! 反撃できねぇ!)


 多方向からの剣戟に一発一発の重さ。さらに、それを連続で繰り出し続けるスタミナ。


 どれ一つとっても俺より遙か上にいる。


 でも、どこかに機会チャンスはあるはずだ。


「つまんねぇなぁー! もっと来いよ紡!」


 徐々に紗希の攻撃のリズムが遅れる。


(スタミナ切れか!?)


 俺はそれを見逃さず、剣戟の嵐から脱出する。


「夜式一刀流『大蛇』!」

「っっ!?」


 するりと紗希の背後へ体を滑り込ませ反撃する。


「『天昇撃』!」

「甘いねぇ」


 一撃で終わらせる。そう思い振り抜いた一閃は紗希には届かなかった。


 背後からの攻撃を紗希は振り返らずに、後ろ手に木刀を構え、簡単に防いだ。


「はあ!?」


 その体勢から繰り出された回し蹴りで俺の体は吹っ飛ばされていく。


「がはぁ!」

「そんな太刀筋じゃ私には届かねーよ。ほら、来てみろよ」


 紗希は自分から攻撃する事を止め、掛かってこいと手を振りながら挑発してくる。


「っっ! 舐めやがって!『麒麟天昇撃』!」


 再び紗希と打ち合いが始まる。


 紗希は全く反撃する様子がなく、俺の攻撃を軽々といなしていく。


「こんなもんか……」

「――え?」


 カラァンと木刀が地面に落ちる音がする。


 自分の手に目をやると握られていたはずの木刀はそこにはなかった。


 防戦一方だった紗希の一振りによって俺は無力化されてしまった。


「紡……お前の強くなる覚悟ってのはこんなもんだったのか?」


 紗希が静かに問いかけてくる。


「……」

「お前の太刀筋にはまだ迷いがある。一本筋の通ってねぇ、甘ったれの剣だ」


 覚悟は決めた。迷いも捨てた筈だ。


 だが、自分でも気付けていない何かを紗希は見抜いているようだった。


「思い出せよ、紡。始まりの決意を」

「決意……」


 俺は床に転がった木刀を拾い上げ、それを見つめた。


「最初にきっかけを作ったのは私かもしれない。でも、そこには確かに在ったはずだろう? お前が魔獣シャドウに立ち向かう理由が」


 紗希は木刀を構え直し、こちらへ突っ込んでくる。


「心に強く問いかけろ! 己と向き合え! そいつが分かりゃ、お前は強くなる!」


 紗希の言葉通り、俺は目を閉じて自分の心と対話する。


 俺の原点はなんだ。


 確かに、魔獣シャドウとの戦うきっかけは紗希だ。


 それは半ば強制的だったかもしれない。


 でも、微かにでもそこには自分の意思が在ったはずだ。


 思い出せ。思い出すんだ。


 全神経を研ぎ澄ます。


 余計な感情を削ぎ落とし、自分の心の奥へ潜り込む。


 そこは霧が立ちこめる不明瞭な世界。


 そこにポツンと一人立っている。そんなイメージ。


 俺はもう一度、心に強く問いかけた。


『俺の原点はなんだ』


 瞬間、光の雫が一滴。その世界に落ちてきた。


 霧がスッと晴れていく。


 俺の心にはが蘇ってきた。


『いつか――みたいに、皆を守れる――になりたい』


 ああそうか、だから俺は――


「夜式一刀流奥義 『花々舞々かかまいまい』」


 すれ違い様に振り抜いた腕には確かな重みが伝わってくる。


 俺の木刀は紗希を捉え、彼女の獲物を弾き飛ばしていた。


 咄嗟に繰り出した技は、俺が習得できずにいた夜式一刀流の奥義の一つだった。


「……勝ったのか……俺……」

「――ああ、私の負けだよ」


 正直言うと、技を出した時の事はあまり覚えていない。


 ただ、いつもより体が軽く周りがよく視えた。それだけは、はっきりとしている。


「まさか、奥義を使うとは思っていなかったが――合格だよ、紡。ようやく、自分の心と向き合えたんだな」

「いや、ぶっちゃけよく分からん」

「はぁぁ!?」

「う~ん。何か見えた気もするんだけど……一瞬過ぎて、よく分かんなかったよ」


 頭をかきながらおどけるように笑う俺を見て、紗希はいつもの調子に戻った。


「ったくよ~。締まらねぇ奴だな……」

「ハハ……でも、俺の始まりにはちゃんと自分の意思が在った。今はそれだけで良い」

「……そうだな。んじゃ、約束通りお前にこれを託すよ」


 紗希は壁に立てかけたある刀を手に取り、俺に差し出した。


じぶんと向き合えた今のお前なら、きっと使いこなせるよ。これまで私を守ってくれた大切な宝物だ。大事に使えよ」

「……いいのかよ。そんな大事なもの、俺が貰っても」

「ああ。この刀は必ずお前に味方してくれる――だから、とっとと友達を助けに行ってこい!」


 俺は紗希から『暁』を受け取る。


 手にした瞬間、その刀に込められた重みが伝わり気が引き締まる。


「ありがとう、紗希。行ってくるよ」

「おう。ちゃんと、皆で帰っておいで」


 俺は力強く頷いた。


「あ~、因みにだけど。私は刀を使うのは苦手なんだ。これで勝った気になるなよ。それに、まだ私の方が遙かに勝ち越してるからな。調子乗んなよ」

「弟子を送り出す言葉が負け惜しみかよ!?」


 年甲斐もなく拗ねる紗希に呆れつつ、どこか緊張の解けた俺は道場を跡にする。


 多分、ヒマリ達はニコがいた機関の施設へと向かったはずだ。


 取りあえずそこへ行くとしよう。


「――さてと、久しぶりに気張るとするかね」


 道場を出る際に、紗希が後ろでそう呟いたような気がした。


 


 


 

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