第23話 戦闘開始
紡の家を後にしたヒマリとウサギは、ニコを探す為に機関の施設へと向かっていた。
本来ならば、覚醒個体の討伐は上級よりも上位の階級である〝絶級〟の機関員が担当する事になっているが、紡から得たニコの目的と存在を知られた彼がすぐに動き出す可能性を加味し、やむを得なく二人で対処すべきとウサギは判断した。
仕方の無い状況ではあったが、ウサギも闇雲に判断した訳ではない。
全ての可能性を踏まえて、二人だけで戦った場合、相打ちには持ち込めるとウサギは考えていた。
当然、万が一の事があればクレアが助けにくる可能性は高いが、それはあくまで希望的観測であり、クレアが王都を離れる事はかなりのリスクがあるからだ。
「……ヒマリさん、いいんですか? 本当に」
「うん。機関に入るって決めた時から、そのくらいの覚悟は出来てるよ」
山道を駆けながら、ウサギとヒマリは言葉を交わす。
中央魔法機関、戦闘班。ヒマリはその中で通称〝第二〟と呼ばれる班に所属している。
戦闘班に配属される機関員は機関の中でもトップクラスの実力を有しているが、彼等の強さは類い希なる戦闘能力や才能だけでは無い。
戦闘班の真骨頂は
それはある種の狂気とも言えるだろう。
「その割にパラサイトを初めて相手にした時は怯えていましたね」
「あ、あれはノーカンで……ていうか、ウサギちゃん見てたの!?」
「もちろんです。私は監視を任されているので。紡さんの背中で、すやすやと眠る所までばっちり確認しましたよ」
「そこまで見てたの!? うわ~……恥ずかしい~……」
ヒマリは顔を真っ赤にしながら肩を落とす。
「それより、良かったんですか。あんな別れ方で。もう二度と会えないかもしれないんですよ」
「うん……あれぐらい言わないと、紡はきっと諦めてくれないから」
ヒマリが紡に言い放った言葉は本心ではなかった。
いくら紡がニコと関わりがあるといえど、今回ばかりは巻き込む訳にはいかない。魔法の使えない紡が覚醒個体に挑む事は、裸で武装した敵に体当たりを正面から仕掛けるようなものだ。
だから、敢えて心にも無い言葉を選んだ。
それは、ヒマリが紡の優しさを知っているからだった。
「良く悪くも素直ですからね、紡さんは。きっと今頃、死ぬほど落ち込んでますよ」
「そうだね。じゃないと困るよ」
ウサギは隣を走るヒマリに目をやる。
その顔色からは幾らか後悔の念が読み取れる。
(ヒマリさんも相当お人好しですね……)
そんな彼女を見てウサギは溜息をついた。
「しかしまあ、惚れている相手を突き放すのは辛かったでしょう」
「べ、別に惚れてる訳じゃないよ!?」
「夜這いまで仕掛けてたじゃないですか。私はてっきり、紡さんのことを好いているのだと思っていましたよ」
「何でそんな事まで……あれは、ただ感謝の気持ちを伝えたかっただけだし……まあ、ちょっとやり過ぎたかもしれないけど……でも、好きとかそういうのとは違うよ」
「意外でしたけどね。あなたが、あそこまで心を開くのも」
ヒマリが紡に抱く感情は本人も良く分かっていない。
学院時代から己の研鑽に全てを注いでいたヒマリは恋愛どころか気の置ける友人もいなかった。
そんな彼女にとって年の近い異性と関わるのは初めてだった。
すんなりと紡と打ち解けられた事はヒマリ自身も不思議に思っていた。
人懐こく見えるが他人との距離に一線を引く癖のあるヒマリが心を開く人間は、機関の中でもそういない。
「紡といるとさ、暖かいんだよ。バカだし口悪いし、ちょっとスケベだし……何でだろうね」
「確かに不思議な人ですね――お喋りはこの辺にしておきましょう。もうすぐ着きますよ」
機関の施設へと到着した二人は足を止め、辺りの気配に意識を集中させる。
暗闇に包まれた周辺は不穏な気配は感じさせず、風に吹かれた木々が枝を揺らしていた。
しかし、彼女たちは警戒を怠らず一瞬の隙さえも見せない。
理由は感知能力が高いウサギが何度も晴風町を訪れているのに気が付けなかった事から、二人はニコが
「あちゃ~、二回目は流石に無理かな」
そんな二人の後ろから余裕のある態度でニコが現れた。
「あれ。知らない子がいるね。見た目からして人間じゃなさそうだけど……もしかして、君も僕と同じなのかな」
初めてウサギを目にしたニコは、その不思議な姿から自分と同じ
「
「アハハ! 可愛い見た目で随分とひどい事を言うね。僕だってなりたくてなったんじゃないんだよ?」
ニコはゆっくりと二人と距離を詰めていく。一歩一歩、お互いの実力を測るように歩を進める。その度に、両者の緊張感は増していく。
「あなたが元々悪人かどうだったかは知りませんが、この世界に被害をもたらすのなら、私達はあなたを見逃しません」
「フフ……まあ、僕はこの世界はあまり好きではないからね。価値観の違いかな。 僕はどうして君達がどうしてこんな世界を守ろうとするのか理解に苦しむよ。そもそも、君達は
「……もしかして、あなたは機関の事を知っているんですか?」
「さあ、どうだろう――君も懲りずに来たんだね、ヒマリさん――でいいのかな?」
ニコはウサギからヒマリに視線を移し問いかける。
その問いかけに応じず、ヒマリは静かに彼を睨んでいた。
「この前――と言っても、ほんの数時間前だけど。あの時はすまなかったね。どうしても、紡と二人で話したかったんだ」
応答がない事を気にもかけず、ニコは淡々と話し続ける。
「紡ならもう一度来ると思ったのに……期待外れだったかな」
ニコが話を続ける中、ウサギはヒマリにしか聞こえない声量で言葉を発した。
「ヒマリさん高火力の技で気を引いて下さい。私が隙を見て拘束します。攻撃のタイミングは任せます」
「分かった」
静かにヒマリも応答し
二人の殺気が強くなっている事にニコも反応し、臨戦態勢を取った。
ほんの数秒、両者の間に静寂が訪れる。
それを破ったのはヒマリの魔法だった。
「火炎心象魔法『
体の前にかざしたヒマリの両の
無数の火球が爆発を起こす。一つ一つの威力は低いものの、圧倒的な物量で押し切ろうとヒマリは考えた。
辺りは爆風による砂塵が覆い、明かりの無い夜の山中というのも相まって視界は最悪になる。
しかし、ウサギは正確にニコの位置を把握していた。
ヒマリの魔法が被弾したタイミングを見計らって、ニコを拘束するためウサギは砂塵の中へと突っ込もうとする。
その時、強烈な悪寒が二人を襲った。
その悪寒に危険を感じ取ったウサギは動きを止める。
徐々に砂塵は落ち着いていき、その中からニコが姿を現す。
「やっぱり凄いね。魔法って奴は。あと少し
姿を見せたニコの周りには、盾状に形成された黒い結晶が幾つか浮かんでいた。
「ッッ! 覚醒個体の異能力!?」
「僕の力は結晶を生み出し自在に操る力――それに、この結晶には面白い効果があるんだよ」
ニコは盾状の結晶を消滅させ、自信の周りに新たな結晶を五つ生成する。
今度は球体の形をしており、その大きさは人が一人分入るほどの大きさだった。
「君達二人を同時に相手するのは分が悪い。だから、一旦こいつらに頑張ってもらう事にするよ」
ニコの言葉と共に結晶は砕け散る。
そして中からは
『グボォォォォァァァァァァァァ!!』
『グギィィィィガァァァァァ!』
「なっ! これは!?」
「アハハ!! 面白いでしょ? この結晶に閉じ込めたものは結晶を消滅させても再び生成する事ができるんだよ」
「……そういう事でしたか」
ウサギはニコの能力から晴風町の異変の原因を改めて理解した。
(クレア様の予想通りでしたね)
「全部で五体。そこそこに強い個体だから頑張ってね。それじゃ、僕は行かせてもらうよ」
「クッ! 待て!」
逃げるニコをヒマリは追いかけようとするが、それをパラサイトが阻む。
『グボォォォア!』
「クソ! 邪魔しないでよ!」
「ヒマリさん! 落ち着いて下さい!」
焦燥に駆られ、やけくそにパラサイトに突っ込んでいこうとするヒマリをウサギが制止する。
「でもあいつを町に逃がしたら被害が!」
「この前、預けた魔装具があるでしょう。それを使って下さい!」
ヒマリはハッと気付いたようにローブの内ポケットから魔装具を取り出した。
「『異空展開』!」
ナイフ型の魔装具を地面へと突き刺し
そして、辺りは紫色に包まれていく。
その範囲は前回使用した時よりも広大で、晴風町全体を覆うほどだった。
「あれ? いつもより大きい……?」
「クレア様が万が一にと用意した特別製です。これで暫く町への被害はありません。しかし、紡さん達はこちらの空間に飛ばされているはずです」
「それじゃ助けに――」
「ええ。ですから、ここは私にお任せ下さい」
ウサギは地面を蹴り上げパラサイトの中へ突っ込んでいく。
『グギィ!?』
余りの速さにパラサイト達は反応できない。
ウサギは高速で移動しながら五体全ての体の一部に触れていき、魔法を発動した。
「〝エリアロック〟」
パラサイトは体の心象文字が浮かび上がると同時に自由を奪われた。
「今のうちに行って下さい! 長くは持ちませんよ!」
「――ありがとう! ウサギちゃん!」
ヒマリはウサギに背中を預けニコを追うために町へと向かっていった。
「あまり戦闘は好みではないのですが……久々に本気でも出してみますかね」
『グボォォォアアアァァァ!』
拘束を解いたパラサイトが不気味な咆哮を響かせる。
そんな化け物達を相手にウサギは楽しげに笑みを浮かべた。
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