第25話 信じてるよ

 家を飛び出た俺は辺りを見回す。


 まだ異変は起きていないようで、魔獣シャドウの気配は感じられない。


(待ってろよ……ヒマリ)


 そして、駆け出そうと足を踏み出した瞬間、俺はよく知っている声に引き留められる。


「ツー君、どこに行くの?」

「――夕!? まだ入院してたんじゃないのか?」


 声の主は夕だった。


 ここまで走ってきたのか彼女の額は少し汗ばんでいる。


「今日、退院が決まってね。本当は明日の予定だったんだけど、早く戻りたくてさっき帰ってきたんだ」

「そっかそっか。退院おめでとう! 夕が元気になってくれて良かった!」

「うん……」


 どこか不安げな表情を浮かべる夕は俺に近づくと服の裾をぎゅっと握りしめた。


「ど、どうしたんだよ」

「ツー君さ。危ない事に巻き込まれてない?」

「え? い、いやそんな事は……」

「じゃあ、何で持ってるの?」


 夕の視線は俺の手に携えられている刀に向けられていた。


 しまった。こいつを持っている事をすっかり忘れていた。こんな物を持っていれば危険な事をしていると疑われて当然だろう。


 俺は無意味だと分かっていながら反射的に刀を後ろに隠す。


「あー、これは……その、紗希の稽古の一環でさ、だから、その……」

「……隠さないでよ」


 夕はしどろもどろに答える俺の言葉を遮った。


 そこには普段余りみせる事のない、意志の強さが感じられる。


 少しばかり怒っているようにも見えた。


「ツー君が私に気遣ってくれているのは分かるよ。でも、それって私を信じてないからなんじゃないかな」

「そんな事はっ!」

「私は信じてるよ!」

「ッ!」


 言い放たれたその言葉は俺の胸に強く響いた。


「私は何があってもツー君の味方だよ。ツー君が隠している事は全然想像もつかないけど――ずっと、秘密にされるのは辛いよ……心配なんだよ……今日は何だか胸騒ぎがしたから、顔を見て安心しようと思ったのに……」


 夕の頬には大粒の涙が伝う。


「この前助けられた時、ツー君が本当に街を守るヒーローだったって確信した。それは何だか誇らしかったし、応援してあげたいとも思った……でも、それと同時に不安にもなった。ツー君はこれから先、もっと危ない目に遭うんじゃないかって……だから、ちゃんと話して欲しいよ……」


 俺は守っているつもりだった。隠す事によって心配をかけさないつもりだった。


 でも、それは逆に夕を苦しめていた。ようやく自分の過ちに気が付いた。


「ごめん、夕。俺は夕を巻き込みたくなかったし、毎日笑っていて欲しかったから、話したくなかったんだ」

「……うん」

「決して夕を信じていなかった訳じゃないし、お前は俺の大事な友達だ。それはこれから先もずっと変わらない。だからさ、俺はずっと夕と友達でいられるように、この世界を救ってくるよ。それは簡単じゃないし、もしかしたら死ぬかもしれない」


 まだ全ては話せない。いきなり、魔獣シャドウや別の世界から来たヒマリ達の事を話しても混乱させてしまうだろうから。


 でも、気持ちだけはありのままを伝えよう。


 それが、今まで苦しめてしまった夕にできる、ただ一つの事だった。


 俺は裾を握る夕の手にそっと自分の手を重ねた。


「でも必ず帰ってくるから、待っていて欲しい」

「……うん!」


 夕は小さな手で握り返してくる。


「信じてるよ。私の〝ヒーロー〟を!」

「おう! 任しとけ!」


 その時、俺達は紫色の光りに包まれた。


「っな! これはっ!」


 その光はヒマリと初めて会ったときに見た光と同じだった。


 光が収まる頃には夕は目の前からいなくなっていた。恐らく俺はまた、別の空間に飛ばされたのだろう。


 そして、町中には魔獣シャドウの気配が溢れ出していく。


「――何が起こってんだよ」


 一抹の不安を抱えながら俺は夜の晴風町へと駆け出した。


 


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