短話 加護神シャムシアイエルの祝福

※シャーロット妃とソフィアの邂逅。


シャーロット妃の居室に向かう途中の扉になにを撃退する気なんだ……と思うほどの厳重な護りを見て、魔王の敵の多さにちょっと引く。


うわあ、あの魔方陣えげつない!

マリアンが私に贈る護りも相当だと思っていたけど、これに比べれば普通に違いない。



「あれ?」

「どうされました?」

「あの魔法陣は向き、逆じゃない?」

「いえ、あの魔法陣はあの向きで良いのです」



動きを止める魔法陣、警報を鳴らす魔法陣は内側からの攻撃に反応するようにできている。あぁ、なるほど。だから呪いとペトロネア殿下は表現されたのか。


ペトロネア殿下に続いていくつの階段を降りただろうか。廊下や扉に認識阻害の魔法もかかっているからペトロネア殿下とはぐれたら戻れないこと間違いなしの危ない廊下を進み続け、真っ白な大きな扉の前に立った。



「ペトロネア・フェーゲ・ヴルコラクおよび来賓一名入室する」



ペトロネア殿下から発された魔力がエメラルドの光となって、真っ白な扉に吸収される。魔法陣が浮かび上がり、解錠の魔道が発動する。


ゆっくりと開かれた部屋の奥に、思わず息を飲むほど美しい女性がカウチにもたれていた。肩から斜めに流された銀の髪はシャンデリアの淡い光を反射してキラキラと輝いていて、アメジスト色をした瞳はけぶるほど長いまつげに縁どられている。薄いピンクの唇はその可憐さを表しているように思えるほど可愛らしい。


そして何よりラファエル兄様を前にしたのと同じと錯覚するほど強力な魅了魔法が展開されている。

ゆっくりと瞬きをしてペトロネア殿下を見るシャーロット妃殿下には魔法を発動している様子が見られないから、この魔法は天使の力と同じ類のものだろう。


この方が魔王が寵愛していると有名なフェーゲ王国のシャーロット妃。確かにペトロネア殿下とよく似ている。



「シャーロット様、お加減はいかがですか?」

「まあペトラ。こちらにいらっしゃい」

「今日は客人をお連れしました。天使一族のソフィア・ヘルビムさまです」

「来客だなんて、ステキだわ。光の女神バルドゥエル様のお導きに感謝いたします、ごきげんようソフィア様。わたくしはシャーロット・ベリアルと申します」



儚げに微笑まれたシャーロット妃の美しさに、七斗学院でペトロネア殿下が魅了全開にしてなにか策を仕掛けた宴を思い出す。


うん。間違いなく親子だ。



「お茶をいれてきます」

「ペトラがいれるお茶は美味しいから楽しみにしているわ」

「光栄です」



継承権をもつ王子にやらせることではないと思ったが、この部屋には使用人の姿がない。私が準備できるとも思えないし、任せるしかないだろう。

嬉しそうに微笑むシャーロット様に案内されて、ソファに腰掛けた。



「ソフィア様、来てくださって嬉しいわ。私が病気になってから、妹ぐらいしか話し相手がいなくて……。ほら、ペトラは話し相手には向かないでしょう?あの方の血縁だもの」

「妹君というのは」

「エリザベートという名の妹がいるの、もう会ったことあるかしら」

「はい、ステキな方ですよね」

「そう思うでしょう!」



先ほど二人の会話で覚えた違和感を確実にすべく話を続けていく。

楽しげに笑うシャーロット妃は年齢を感じさせない少女のような口ぶりで会話をされる。その様子は子どもがいる魔族のようには見えない。


ペトロネア殿下には実弟がいる。王位継承権を放棄したため、王城にも部屋はあるが、主にベリアル家の別邸に居住されている。

確かお名前はユリテリアン殿下といったはずだ。ユリテリアン殿下のお話を伺えればこの疑問は解消される。


少し緊張して深呼吸をしてからその質問をシャーロット妃に問いかけた。



「私はまだユリテリアン殿下とお会いしたことがないのですが、今度ご挨拶することになっていて、どのような方がご存知ないでしょうか」

「ごめんなさい、わたくしはこの通り、病気のせいでこの屋敷から出れないから、エリィの方が詳しいと思うの。だからエリィに聞いてみて」



知らないフリではなく、本当に知らないといった様子のシャーロット妃のようすに衝撃を覚えながらもう1つ質問を投げかける。



「そう、だったのですね。ペトロネア様と仲が良いと伺っていたので、知己かと誤解しておりました」

「ペトラはね、魔王の縁者らしくて、あの方がお使いに寄越すのはいつもペトラなのよ。高位魔族なのに気取らなくて良い方なのだけど、職務に忠実なせいであまりお茶とかしてないの」



シャーロット妃は息子を息子と認知できていない。予想をして問いかけをしていたのに、仮説が本当とわかると衝撃だった。

私は、シャーロット妃は呪いとペトロネア殿下が呼びたくなるような状態ということからいくつか仮説を立てた。ペトロネア殿下は策士ではあるが、意味のない嘘つく方ではない。


ただ、シャーロット様にお会いした印象から健康面に大きな影響を及ぼすような呪いではないと推定された。もし、そうなら天使の私に治療を依頼したはずだ。その様子もない。

だから次に精神面であると仮定した。ただお話した印象から理論破綻もなにかに依存する様子も見られなかった。そうなると、次に考えられるのは記憶の欠乏。当たって欲しくない仮説が実証されてしまった。



「お待たせしました」



ペトロネア殿下がいれた紅茶は美味しかったけど、その後の会話も全然頭に入らなかった。柔らかく微笑んでお菓子を進めてくれるシャーロット妃はペトロネア殿下を魔王の部下として扱う以外はこれといって異常はない。それがとても異常なんだけど。



「シャーロット様、私は今後天使の知識を活かして、フェーゲ王国でとある研究をすることになっています」

「まあソフィア様は素晴らしいお方なのですね」

「もし私の研究が形になったら、またシャーロット様にお会いできませんか?」

「もちろんよ!研究が途中でも、またぜひ遊びにきてね。天使の方なら心配性のエリィも安心だもの」



私の研究は異世界、私たちの魔法や魔道が効かない異世界から来訪者を呼ぶこと。ペトロネア殿下と魔王陛下はその先に天敵の勇者への対抗策を見ている。私も常時展開してしまう魔法の類を消す、または抑えることができるようになるキッカケがあると推測している。それを使って天使の力を消し去って、そして……。



「シャーロット様、そろそろソフィア様の庇護者が心配される頃合いになりますので」

「あぁ、そうよね。ソフィア様、またいらしくださいね」

「かならず」



来たときとは反対に廊下を歩いていく。先を歩くペトロネア殿下が唐突に話し出した。



「マリアンがあなたを番とした理由がわかった気がします」

「え?」

「これまで、これだけ熱烈な愛情を向けられたことはなかったでしょうから。研究内容を見て察していましたが、そこまでできるソフィア様を尊敬します」



ペトロネア殿下が案内してくれた部屋にはマリアンが待っていた。とても愛情深くて優しい甘党の吸血鬼。だから魔王の系列に与えられる祝福と、本来の性格が板挟みになり、ずっと苦しんでいる。


異世界召喚は私たちと関係のないどこかのひとを不幸せにする最低の研究かもしれない。天使としてこの行動は絶対に間違いで、神は私を赦しはしないだろう。それでも、私は必ず研究を成功させる。



「ソフィア、私の土の女神ネルトゥシエル」

「ふふふ、いつもありがとう。私の守護神シナッツエル」



マリアンに正しきハッピーエンドがやって来ますように。神ではなく、未来の自分に願いごとを囁いて、甘いバニラのような香りがするマリアンの腕に飛び込んだ。

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出来損ないの末姫は冷徹と知られる王子側近に溺愛される 藤原遊人 @fujiwara

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