短話 加護神シャムシアイエルの祝福

※ペトロネアとソフィアのお茶会。


最近では習慣になってきた入口の観察をして、ギョッとした。不用意に壁に触れると危ない離宮とは……。

離宮の主以外が触れると発動する攻撃魔導の仕掛けを横目に未だに慣れないフェーゲ王国の常識に少しだけ引きながらも、私を先導するために少し前を歩くエウロラ・フーリーのあとを追う。


今日は私の庇護者であるマリアンがペトロネア殿下のちょっとしたお使いに行く間の保護ということで、ペトロネア殿下の住むヴルコラク離宮に来ていた。

ヴルコラク離宮は、なんていうか吸血鬼のイメージにはピッタリだけど、傾国の妃と聞くシャーロット妃の住まいの印象とは異なる。華美な装飾は一切なく、防衛に力を注いでいる。どちらかというとペトロネア殿下のイメージに近い離宮だ。



「ペトロネア殿下がお待ちです」

「ありがとう、フーリー」



お礼を言うと可愛らしくはにかんで笑ってくれた精霊一族のご令嬢の可憐さに内心身悶える。とはいえ、彼女も実力至上主義のフェーゲで生き抜いているだけあって、えげつない量の防衛魔導の込められた魔道具をシャラシャラと鳴らしている。


私もあれだけの数の魔導具をつけていればマリアンの手間をかけずに済むだろうかと考えて、その考えの不毛さに思考を投げ捨てた。

天使の癒しに特化した魔力ではどうせ魔導具も戦えない。防衛も難しければ、反撃もできないポンコツさで一体どうやった身を守るつもりなのか。私の自立は遠い。


エウロラ・フーリーはペトロネア殿下の古参側近だ。マリアンとも長いと聞く。それに文官としてとても優秀だとも聞いた。

フーリーのことを褒めるマリアンを見て。少しだけ気持ちがささくれたのは内緒だ。



「ごきげんよう、時の神クィリスエルのお導きに感謝いたします」

「光の女神バルドゥエルの祝福をいただけたようです」



今日も今日とて麗しいペトロネア殿下と挨拶をかわす。これまでやり取りはラファエル兄様がしていたからペトロネア殿下と2人でお茶をするのははじめてだ。

もっともテーブルの横にお茶をいれるためにペリが控えているが、会話には入ってこないから彼はカウントしない。ちょっとだけ笑いかけてみると、少し眉を下げた困ったような顔で笑い返してくれた。



「フェーゲでの生活はいかがですか?」

「マリアンのおかげでとても快適だよ」

「それはなによりです」



私たちを引き取るのに多大な労力を賭しただろうペトロネア殿下に暮らしにくいだなんて言える猛者がいるはずがない。



「招待状の返答で仰られていたを伺っても?」



天使は自己の意志を持ちにくいという性質があるため、周囲は天使からのお願いを神からのお告げと取ることが多い。実際に太古の昔はそれで災害を逃れたりしたこともあったらしい。単なるお姫様のワガママと思いつつ、首都を変えた当時の魔王のフットワークの軽さにはびっくりだけどね。



「王城に研究室が欲しい」

「ええ、構いませんよ」

「研究内容は……って、え?」

「ラファエル様から聞いていました。研究内容も先日の学院で確認しています。例の召喚の研究は、魔王を擁するフェーゲ王国にも有用と判断しました。王室図書館の使用も許可します」



あまりの早さに驚いているうちにフーリーが恭しくお盆を持って戻ってきた。鈍色に光る鍵につく銅板には番号が刻まれている、もしかしなくても研究室番号だろうか。



「その鍵とマリアンから渡された紋章入りの装飾品のどれかをつけていれば、研究に必要な場所でしたらどこでも入れます。ただし、王城は安全ではありませんので、ベリアル家の用意する御守りか、護衛を近くにしていてください」

「わかった。ありがとう」

「私は、ソフィア様はその素の方が良いと思いますよ」



ペトロネア殿下から意外な言葉を聞いて思わずまじまじと見てしまう。指通りの良さそうな銀色の髪の向こうから、宝石のエメラルドが霞むほど美しい瞳がこちらを見ている。ガラス玉のようといつも思っていたが、今日はどこか力のある目をされる。



「フーリー、シタン、下がりなさい」

「「かしこまりました」」



綺麗な礼を見せた2人が退出すると、ペトロネア殿下は指でカーテンを操り、窓から差し込んでいた僅かな明かりも遮られた。内密な話をすると、アリアリとわかる状況に笑顔が引き攣りそうだ。



「ソフィア様はマリアンのことをどれだけご存知ですか?」

「それは肩書きのこと?」

「血筋について」

「祝福のことか」

「そうですね、天使的な言い回しをすれば祝福です」



呪いというのが相応しいと辛辣なコメントをしたペトロネア殿下は苦味のある笑みを浮かべる。



「マリアンは私と同じぐらい魔王の祝福をいただいています、の話は聞いたことは?」

「神話なら」

「フェーゲには神話の祝福がいまだ残っています」

「嘘だろう、一体どれだけのときが……。天使すら本来の祝福を失って久しいのに」

「驚かれるのも無理ありません。フェーゲは代替わりする度にその祝福を付与されています。ですから、途切れていません」



ふとペトロネア殿下から感じる隔絶したようにも感じていた線引きが薄れた気がした。まさかイェルミエル様の感じた魔神シャムシアイエルの祝福が強いひとという直感は異なったのだろうか。


もしかして、ペトロネア殿下は隔絶した実力のある王子を演じられている?


愕然としてペトロネア殿下を見つめてしまう。他の王子と祝福および実力の差がハッキリしていないと国が内乱になるからだろうか。



「ソフィア様、ソフィア様がラファエル様を思うように、私も水の神ハーヤエルを慈しんでいます」



あぁ、確かに随分似ている従兄弟だとは思っていたけど、そうか、マリアンがペトロネア殿下の兄か。兄でマリアンが臣下ということは、母親はエリザベート様で間違いないらしい、なるほどね、異母兄か。



「私はソフィア様の研究に期待しています。魔王の呪いに囚われた母上に会って行かれてください」



側近の2人を排したまま、ペトロネア殿下の母上、魔王の寵姫シャーロット妃に会うことになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る