第21話4-1メモ書き

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 白い紙の上の黒鉛の跡、つまりはメモ書きには次のことが書かれていました。



 このメモを見ているということは、私に何かが起きたということですか。

 では、正直に話しましょう。私は祖父を殺しました。殺意を持って殺しました。あれは事故ではありません。

 私・晴美が祖父を殺しました。

 姉の代わりに殺しましたし、その現場を太一さんに見られました。

 私はあの日、長髪のカツラを被りました。理由は、前から祖父を殺すための変装用に持っていたからですし、あわよくば姉に責任転嫁させるためです。そのあわよくばが、まさかの成功を収めたのです。

 運が味方についたのは『罪と罰』の主人公の犯行時にも起きた偶然の産物です。姉には黙っていましたが、わたしも読んだことはあります。面白い作品です。

 私は良心なんていうものは持っていないし、大きな目的なんて持っていないし、自白をする気も持っていないです。周りからは何を考えているのか分からないと言われるけど、自分でも自分の気持ちがわかりません。だから、周りが私の気持ちをわからないのは当然だと思います。

 あの日、姉が祖父を殺そうとするが殺せないところを見ました。そのまま姉は崩れ落ち座り込みましたので、意識がなくなったのではないかと思いましたが、心配の気持ちは出ませんでした。それよりも、祖父を殺す絶好のチャンスだと思いました。

 私は力を込めるために声を上げながら祖父を落としました。その様子を姉は虚ろな目で見ながら意識を失ったように倒れ込んだと思いますが、暗くてよく見えませんでした。私は姉にバレないうちに家に急ぎました。

 そのシーンを見られていたことは誤算でしたが、そこは先ほど言いました運で何とかなりました。私が犯人かも知れないという誰もが考えるであろう可能性を2人とも気付かなかったことも幸いでした。思考ロックというものは怖いですね。

 以上が私に起きたことです。これを見られている時に私に何が起きているのかが気がかりです。もしかしたら、姉さんに小説として見られているのかもしれないですね。

 でも、これは小説ではないです、すみません



 そのメモ書きを晴美は机の引き出しから広げると、静かに破り始めました。2破り3破りとゆっくり破ります。途中から早く細かく破っていました。

 その切れ端は手汗によって染みていました。暑さのせいなのか別の理由のせいなのか、体中がほてていました。心臓をモーターのように動かして血流を扇風機の風流のように勢いよく循環させました。

 締め切った部屋から冷房の効いたリビングに出ると、心夢がパソコンに向かっていました。心夢がこちらを意に返さないでいる中を晴美は共有のゴミ箱に向かいました。そのまま普通のゴミを捨てるように雑に捨てました。

 と、後ろから心夢に胸を触られました。


「きゃぁ!」

「あら、また胸が大きくなったじゃない」


 心夢はニヤニヤといたずらな笑顔を表しながらその乳房の弾力を楽しんでいました。それだけではなく、恥ずかしいがんでいる若いオナゴの姿を見て楽しんでいました。……というのは冗談で、妹とじゃれることを楽しんでいました。


「な、何してるのよ?」

「何って、スキンシップよ。昔によくしたでしょ?」

「ちょっ、そんな子供みたいなこと」

「あら、いいじゃない。子供の時に戻っても」

「どうしたのよ、急に子供の頃に戻るなんて」


 その言葉を聞いた心夢は幼い顔をしながら幼児退行という言葉を頭に浮かべていました。今までのストレスが幼児としての行動として発散されているということで、いい年した中年が母性に対してバブミを感じる等という話に心夢は小馬鹿にしていました。まさか、自分がその子バカにされる対象になるとは気恥ずかしくて自分の胸をこそばされたようなほほの紅潮と身震いを感じていました。


「最近いろいろあったじゃない」

「いろいろ?」

「そうよ。互いに気持ちをぶつけ合ったじゃない。嫌っていないってわかったじゃない」

「あぁ、そっち」

「そっち?」

「ううん。なんでもない」


 疑問に思う心夢に対して、晴美は最近の祖父殺しの疑いで苦しんでいた姉を再び地獄に落とすことから防ぐことに注意することにしました。それに、その話をぶり返したら、自分の足が掬われる可能性があったので、自分のためにもという腹黒さも重なっています。平静を保ちながら営業スマイルを姉に振りまいていました。


「私ね、今までずーっと胸につかえていたのよ、晴美に嫌われているんじゃないかって。それが気のせいだと分かって安心したのよ」

「そ、それは私もよ」

「だから、嬉しかったのよ。晴美がどんな時でも私を信じてくれると分かって。もちろん爺ちゃんの件は本当のところはどうだったかわからないわ。でも、今となってはそんなことはどうでもいいわ」

「どうでもいいはさすがにまずいよ」

「あら、そうね、どうでもいいは言い過ぎね。爺ちゃんの件は大変なことだったけど、それ以上に晴美との仲良しが重要なのよ。臭い言い方だけど、過去よりも未来、終わったことよりもこれからのことを考えましょう」

「そうね、これからもよろしくね」

「よろしくー」


 有頂天に頭から花粉を吹き出しているような心夢と、心の下に深い偽りの根をつかせている晴美は互いに表面上は同じふうに笑っていました。片方は心の中からさらけ出した笑顔で、もう片方は厚い壁の上から塗りたくられた笑顔で。この姉をどうしたものかと壁の向こうの冷静な思考で晴美は考えていましたが……


「――それよりも、離してくれない?」

「嫌よ。せっかく捕まえたのに」

「ははっ、子供みたいよ」

「子供でいいモーン」


 晴美はその幼稚な姉に、ひび割れたように思わず笑ってしましました。

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