第5話1-5人がいる

 心夢は近くのイオンモールに行きました。黒い自転車に乗りながら5分くらいかけて行きました。特に理由なく行きました。

 それは、彼女によくあることでした。家にいつもおり家にいるのが好きな彼女ですが、たまには外に出たい衝動に駆り立てられます。その時によく行く場所として、その場所がありました。


「あっつー」


 彼女は汗で粘ついた体に嫌悪感を抱きながら駐輪所を出ました。その服装は、パジャマとして来ていた服をそのままにパンツを短パンに変えたのみでした。髪もボサボサであるのを帽子で隠し、底の磨り減ったボロボロの靴に素足を突っ込み、見栄えは悪うございました。

 彼女はガラス張りの自動ドアを進むと、ドアの横に常備されるようになったコロナ対策の消毒液をプッシュして手にかけて揉んでいました。それによって彼女の手の表面は消毒できるのですが、心の中は消毒できませんでした。彼女は外に出てもあいかわらず憂鬱な気持ちのままでした。

 彼女は喫茶店などには入らず、所々に設置してある休憩所に座っていました。金がないので喫茶店に入るのが嫌だったのです。こういうところは周りを気にする人には座るのが難しいのですが、ボロボロの服で外出する彼女には関係のないことでした。

 しかし、彼女は変なところで周りを気にします。実際、この日も外に出るときは近所の人がいないかキョロキョロ見回していました。そして今も、本を手に取り読書のふりをしていました。

 といっても、実際に本を読んでいることもあります。実際に彼女が手に持っているのは『罪と罰』であります。実際に存在しない物語を読んでいるのです。

 それを読み、心夢は主人公に自分を投影させていました。また、本の後ろやスマホからのネットに書かれるドスドエフスキー紹介を見て、その作者に自分を投影させていました。そして、それが無駄なことだと気づくのです。


「ははっ」


 彼女は乾いた感じに笑うしかなかったのです。自分はラスコーリニコフにはなれないし、ドストエフスキーにもなれない。本を閉じスマホをポケットにしまい、彼女は立ち上がりました。

 彼女はダイソーに行きました。そこは彼女が最近ハマっているところでした。入口すぎ右手には6月の暑さに合わせた小さな扇風機が置いてありました。

 その扇風機こそが、今回の彼女の目的でした。パソコンの熱を冷却する方法として、ネットにあったのです。今まで何回か家のパソコンが熱くなりすぎておかしくなったことがあったのです。

 最初に試したのは、厚紙等を下に敷いてそこを浮かせるというものでした。底から熱が逃げるようになり、快適になったような気になりましたが、それでも強制シャットアウトになることがありました。だから彼女はUSBファンを買うことに決めたのです。

 彼女は300円のファンを手に入れ、よくわからないキャンペーンのシールとともにビニール袋を渡されました。シールには興味がありませんでしたが、来月から無料配布がなくなるビニール袋には少しの興味を持ちました。少しは小説のたねにならないだろうかと彼女は思いましたが、そんな考えはファンを見たら吹き飛んだのです。

 そして、そのファンからどれくらいの風が吹くのだろうかと考えていたのです。人を飛ばせるくらいあるのかとバカバカしいことも考えたのです。まるで、そういうシーンを見たことがあるかのように冷笑していたのです。



 心夢が家に戻ると、家の前に何やら1人の人がいました。その人は最近になって家の周りをウロチョロしている人だと心夢が認識している人でした。警察に不審者として連絡を出そうかと彼女は何回も思いましたが、その度に見送りました。

その男は20代と思われる若い雰囲気はあります。スラッと細長いですが、背は高いというほどではなく、日本人成人男性の平均くらい・170cmくらいありました。黒のTシャツと紺のジーパンを着たセンター分けの男性の顔が何故か心夢にははっきり見えませんでした。

 彼女は気が乗らないながらも家に帰るために、その男の近くをお辞儀しながら自転車を手で押しました。すると、その男は少し後ずさりして道を開けるのです。しかし、その時、白い歯をニィーと浮かび上がらせて言うのです。


「先日に亡くなったここのご老人、少し不自然でしたよね?」


 心夢は思わず男の方に振り返りました。しかし、その男はもうそこにはおりませんでした。彼女は首を伸ばして道路の今来たと方向と来なかった方向を両方見渡しましたが、その男の影も形もありませんでした。


「えぇ」


 彼女は険しい顔をしながら首をかしげました。体から急に汗が流れて、寒気を感じました。梅雨時ということもあり、空が少し曇っていました。

 彼女はそのまま自転車を家の駐輪所に直しました。すると、母が洗濯物をなおしているところでした。母は彼女に言います。


「何を買ってきたん?」

「なんでもいいやろ」

「聞いただけやんか」

「うっさいなボケ」

「あっそう」


 心夢のぶっきらぼうな返事に母は慣れたように返事した。母と子との間にはこういう外様には見せられない光景が当然のようにありました。喧嘩するほど仲が良いのですが、外から見ている分には怖いものです。

 しかし、もっと怖いことがありました。それは、母が心夢に対して言った余計な一言でした。それは、先程と同じなんとなくの発言でした。


「そういえばあんた、さっきは家の前で1人で何していたの?」


 心夢は動きが止まりました。思考が止まりました。世界が止まりました。


「1人?」


 心夢は心臓から血が流れ始めたのを感じました。その血流が脳に一気に流れ込むのを感じながら彼女は目を充血させていました。足の指の先まで血が流れているのを感じて体が震えていました。


「そうや。家の前でブツブツ独り言して恥ずかしくないんか?」


 そう言いながら母は洗濯物を持ったまま家の中に入っていきました。心夢は体の中の組織が動くのを感じながら体が動けませんでした。空からは雨が降ってきました。


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