第18話 魔王十壊衆、ケルベロトゥースの策だにゃ!

「アアアアアアアアアアッッッッ!! 私のバカバカバカバカ大馬鹿野郎にゃ!! 完ッ全に油断したにゃ失敗したにゃァァァァァァァ!!!」


 ローリエルは今、一迅いちじんの風となってルービの街道を駆け抜けていた。早く早く早く、もっと早く! その一念だけがローリエルを突き動かす!


「いくら魔王十壊衆と言えど、街の中で仕掛けてくることは無いだろうなんて――今にして思えばなんて甘い考えだにゃ!」


 今度からは、彼を自分の眼が届かないところへ行かせないようにしなければ! 例えトイレだろうと風呂だろうと! しっかり自分が付いていなければッ!!

 ――しかし、それは後の話だ。

 まずは何よりも先に、グラシアを敵の手から取り戻す!


「アァァァァァァッ!! 魔王十壊衆まおうじゅっかいしゅうだかなんだか知らないけど、今回ばかりは完ッ全にキレちまったにゃ!! 最早この世に一片の骨すら残さず消し炭にしてやるから覚悟してやがれだにゃァァァァァァァッ!!!」


 まだ見ぬ敵に激昂げっこうし、ローリエルはソニックブームをまき散らすが如き勢いで疾走した――!


~ ~ ~


 継続的に鳴り響く水滴の音が、グラシアの意識を呼び戻す。やがて鼻に付くいその香りや、ひんやりとした肌寒さを知覚する。頬に触れるさらさらとした感触は、きめ細かな砂だろう。

 恐らくここは、洞窟だ。それも海と繋がっている。


「ん? なんだ、もう目がサメたのか? シャシャシャ、思ったより早かったな!」


 聞き覚えのある声によって、グラシアは反射的に飛び起き――ようとしたが、全身を縄でグルグルと巻かれていて思うように動けない! グラシアは、怒りに満ちた瞳で宿敵をにらみつける!


「ケルベロトゥース……!」


「シャシャシャ。寝起きだってのに元気なこった」


 魔王十壊衆まおうじゅっかいしゅう、神出鬼没のケルベロトゥース! 彼は、洞窟内にある海水の貼られたくぼみみで、すっかり仰向けになってくつろいでいた!

 あまりにもおぞましい形相――頭部は完全にサメそのもの! 骨格は人間と同じだが、背中や肘から生える鋭いヒレ、黒真珠のような漆黒の瞳、口内から覗く太い牙は、まさしく海のギャングを彷彿とさせるに十分な風貌である――しかもそれだけではない! なんと彼の両腕にも、サメの頭部が付いているではないか!? 両腕がサメの男! 異様!

 そんなケ外見だけでも十分に恐ろしいものだったが、グラシアは決してケルベロトゥースから視線を逸らそうとしなかった。


「そう警戒すんなよ。俺ァこう見えてプロだ。プロはスタイリッシュな仕事を好む、分かるだろ? そこら辺のサンシタと違って人質を傷つけたり、いたぶるような趣味は持っちゃいねェ。まァ、そういう意味では安心しな……」


「……プロだと? 一体なんのプロだ? はっ、さてはサメのプロか?」


「シャッシャッシャ! なかなかジョーズなジョークだぜ! お前、面白れェなァ! 」


 ニタリと、ケルベロトゥースが微笑みを浮かべる。しかしサメの微笑みなどどう見ても奇怪でしかなく、グラシアは思わず気圧されてしまった。


「そのつまらねぇ質問に答えてやるよ、小僧。言葉通りの意味さ。むかーし……まだ俺が人間だった頃は、を専門に仕事してたってだけの話だ。昔取った杵柄きねづかって奴だな」


「ふん、つまり人さらいの専門家ってことか。どうせ人身売買で汚い金でも稼いでいたんだろう? それが今では魔王の手下とは、良い身分じゃないか!」


「おォよ! 人間だった頃に比べたら、大層良い身分だぜ! なんせ魔王十壊衆っつったら特権階級だからなァ! シャッシャッシャ!!」


 グラシアの意趣返しとも取れる発言に、ケルベロトゥースが取り乱す様子はない! 冷静――踏んできた場数の違いを思わせる、豪胆ごうたんさ!


「まァ、そうカッカすんなや。どうせお前の愛しい師匠サマは、どうせまだまだ来やしねぇんだからよ」


「……どういうことだ?」


「おいおい、俺があの酒女と馬鹿正直に、正面切って戦うような奴に見えるか? ――シャハハハ。まァ、そう怖い顔すんな。まずはルービ周辺の地理の話でもしようじゃねぇか。それともお前、王子だから多少の見識くらいはあんのか?」


「……どうしてそれを」


「シャッハッハ! 俺の情報収集力を舐めんなよ! まぁそれは置いといて――そもそもルービの街っつーのは、海岸沿いにしちゃ珍しい酒の名地だ。細かい説明をすると長くなるんで端折はしょるが、要は海水が、ここみたいな洞窟を無数に通っていく内に、海嘯石かいしょうせき――塩分を吸収する特殊な鉱石だよ、知ってんだろ? ――の鉱床こうしょうを通り抜けて、最終的に街の底から湧き出てくるようになってんだ。分かるか? 俺たちの今いるような洞窟がいくつもいくつもあって、巨大なろ過装置の役割を果たしてんだよ」


「……それに一体、何の関係がある?」


「鈍いねェ、どうも。じゃあ聞き方を変えてみるか?」


 ケルベロトゥースは、ニヤリと不気味な笑みを浮かべる。


「この無数に洞窟がある絶好の環境で、この俺が、わざわざ?」


「――ッ!!! お前……ッ!!」


「シャッハハハハハハハ!!! 気づいたな! そう、そういうことさ! 俺ァ、このルービ周辺の洞窟という洞窟、! 分かるだろォ、要するに消耗戦だよォ!! あの女がここに辿り着くのが先か!? それとも力尽きる方が先か!? っつーなァ!! シャッハハハハハハハーーーーッッ!!」


(クソッ! 僕が捕まってしまったせいで……こんな卑劣な作戦に師匠が……!)


 グラシアは強く歯を食いしばりながらも、自分の無力を悔いることしかできなかった……!


~ ~ ~



 時を同じくして――ルービ周辺。名も無き洞窟の前!

 酒瓶をあおり、その瞳に怒りを燃やすネコ耳族が一人ッ!


「グラシア君――すぐに助けに行くから待ってるにゃ!!」


 ローリエルは空になった酒瓶を投げ捨てると、躊躇ちゅうちょなく洞窟の中へと足を踏み入れていった……!

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