第17話 事件発生だにゃ!

「ヴォ、ヴォォォォォォエッッ!! 助けて師匠……!!」


 ギルド直営酒場バッカナール、トイレの一室。ローリエルにガンガン酒を飲まされたグラシアは、昼食を残らずリバースしてしまっていた。


「それにしても師匠は、なんであんな平気な顔でガンガン飲めるんだ……昨日だって百本くらい開けてたのに……」


 グラシアは魔道式水洗トイレのレバーを引きながら、師匠の姿を思い出す。昨日よりもさらにペースを上げて「迎い酒は最高だにゃ~!」と笑いながら空き瓶の山を築き上げていた。


 飲酒経験が浅いグラシアにとって迎い酒は早かったし、実際、二日酔いの後の飲酒は急性アルコール中毒の危険性が高まるので絶対に真似してはいけないッ!!


「うぅ……だけど、これも強くなるためだ……頑張れ僕……やればできるなんでもできる……ヴォエ」


 ひとまず出すものは出しきったし、後は水でも飲もう――と、グラシアがトイレから出ようとした、その瞬間だった。


「シャッシャッシャ……坊主! 昼間ッから酒たァ、随分といい身分じゃねぇか! ええッ!?」


「……ッ!!」


 個室の中で、聞こえるはずのない声! グラシアの背筋に怖気が走る!

 恐る恐る振り向くと、そこには――な、なんと!? トイレの中から、鋭いヒレが生えているではないか!? これにはグラシアも堪らず絶叫!


「う、うわぁぁぁぁぁぁぁッッ!? ば、化物ッ!」


「騒ぐな! 別に殺しゃあしねェよ! ただお前には、あの酒女をおびき寄せるエサになってもらいたいのさ!」


「し、師匠を!? お前、一体何者なんだ!?」


魔王十壊衆まおうじゅっかいしゅうが一人……神出鬼没のケルベロトゥース!」


 そう、路地裏からずっと二人を追跡していた謎めいたヒレの正体こそ、魔王十壊衆まおうじゅっかいしゅう、神出鬼没のケルベロトゥースだったのだ! 彼はトイレの中から壁、壁から床へと、摩訶不思議まかふしぎに空間遊泳! 素早くグラシアの背後に回った!


「坊やァ~! 良い子はおねんねの時間だぜェ! シャハハハハ!!」


 ケルベロトゥースが握りしめているのは――睡眠薬がたっぷりと塗られたハンカチーフ!


「ムゴッ!! ムゴッ! ムゴッ………」


 グラシアは激しく抵抗するが、やがてガックリと首を傾けてしまった! 昏睡こんすいッ!


「シャッハハハハハハハ。ちょろいもんだぜ……」


 ケルベロトゥースはわざと自らの牙をボキンとへし折る! その牙でもって、トイレの壁をガリガリと削って荒々しいメッセージを刻む! そうしている間にも砕けたはずの牙は完全に元通り生え変わっていた……! なんという再生力か!?


 メッセージの出来栄えを確認したケルベロストゥースは、満足げに微笑んで再びトイレの床へと潜航! 行方を眩ませたのだった……!


 グラシアがなかなかトイレから戻らないことを不審に思ったローリエルが弟子の失踪しっそうを知ったのは、十分ほど経った後のことだった。

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