第5話 覚醒、絶酔魔拳だにゃ!

(なっ……馬鹿な……馬鹿な!)


 センジュゴリラは驚愕きょうがくに打ち震えていた! 突然現れた謎の女――それも酔っぱらって足元も覚束おぼつかないような女が、凄まじい速度で眼前に迫っているのだ!

 無からの神速――縮地しゅくちか!? ――否!! これはすでに、体術の極みを超えた境地! 緩と急、その向こう側にある概念! その修羅の如き次元に、この女は足を踏み入れているというのか!?


(だが――眼に追えんほどのモノでは無いッ!!)


 ガイヤー化したことで強化されたセンジュゴリラの動体視力は、確かにローリエルの動きを捉えていた。故に、六本の腕で完全に対応! 二本の腕を顔の前で交差し、さらに二本の腕で鳩尾みぞおちを守り、最後に残ったもう二本の腕を、ローリエルを叩き潰すために振り上げるッ! この間、僅か一瞬にすら満たない攻防!

 センジュゴリラの強みは単にその腕力だけではなく、六本の腕を正確に、素早く、そして自在に操る、コントロール力にこそ由来するものであるッッッ! 


 これぞセンジュゴリラ必勝の構え――名付けて、六道・円環の構えであるッッ!!


(どこからでも来い、小娘! 徹底的に叩き潰してくれるわーーーーーッッッ!!!)


 だが――だが!! 次の瞬間、六本の腕に走る激痛ッッッ! 

 見ればなんと、六本、すべての腕が逆方向に折られているではないかッッッ!? 六道・円環の構え、破れたりッッッ!!!


(馬鹿な……! 馬鹿な、この小娘、何者だ!?)


 驚愕と恐怖がセンジュゴリラの背筋を凍り付かせる!

 加速する思考――! 巡る思い出――! 人間だった時の記憶――! 去来する人生のダイジェスト!

 だが――だが、そこは魔王十壊衆まおうじゅっかいしゅうとしての意地ッ! 

 走馬灯の夢を、力強く拒否ッッッ!!! 


(ふざけるなーーーーーーッッ!! 俺は「万掌のセンジュゴリラ」!! たかが腕の六本ヘシ折られた程度、屁でもないわーーーーーーーーッッッ!!!)


 そう――センジュゴリラはその名の通り、千の拳を持つゴリラ! 背中にはまだ、九百九十四本もの腕が収容されているッッ!! つまり、まだ彼は0.6パーセント程度しか実力を発揮していないという驚愕の事実ッッッ!!

 さらに――さらにそれだけではない! 彼はその千の拳を振るい、一秒間に一万発の致死的なパンチを放つことが出来るという、恐るべき俊敏性を隠し持っていた!


 故に、万掌!

 万掌の、センジュゴリラ!


「ふざけるなーーーーーーッッッ!!」


 激昂げっこう、奮い立つセンジュゴリラ! 残された九百九十四本の腕が背中から解き放たれ、あらぬ方向からローリエルめがけて襲来! 上空、足元、前方、後方!! 今やローリエルの周囲は、センジュゴリラの剛腕によって完全に包囲されていたッ!! どの腕もはちきれんばかりに膨張し、力を溜め、躍動の時を待ちわびているッッ!! そう、今まさに全方位から致死的な拳の雨が降り注がんとしているのであるッッッ!!


「調子に乗るなよ小娘!! そして死ね!! センジュゴリラが最終奥義、森羅万掌しんらばんしょうォォォォォォォ!!!」


「遅いにゃ!! 絶酔魔拳奥義ぜっすいまけんおうぎ八卦焦獄冥王波はっけしょうごくめいおうはだにゃァァァァァァァ!!!」


 残像――降り注ぐ拳の雨は、ローリエルを一度として捉えること無い! 彼女は拳の拳の僅かな隙間をくぐり抜けて――センジュゴリラの腹部へと一撃、拳を叩き込んだ!


 凪。

 無風。

 世界から音が消えて――次の瞬間、センジュゴリラが体感したのは二つの衝撃だった。今までに感じたことの凄まじい衝撃と、さざ波のように押し寄せる無数の衝撃。


「おおおおっ……! おおおお!! なんだこれはァァァ!!」


 極限まで研ぎ澄まされた闘気、そして酒気の波動が、センジュゴリラの全身を駆け巡る! 暴れ狂う! やがて剛腕のうち一本が、内部より爆裂! さらに一本! また一本! 次々と、次から次へと! 九百九十四本、すべての腕が爆散してゆくッッッ!!


「バカな……バカな! 俺は万掌のセンジュゴリラ……魔王十壊衆が一人……こんなところで……おお……!」


 未だ収まることを知らない暴虐の衝撃によって蹂躙されながら――センジュゴリラは、鮮やかに残心を決める彼女をにらみつけた!


 目の覚めるような鮮やかなビビットピンクの髪色! 揺れる! 片サイドに結われた三つ編み! 頭頂部にちょこんと生えた二つの耳は、ネコ耳族由来のものに相違あるまい!

 彼女の衣装は独特――華美な装飾によって彩られた道着! だが原型はほとんど残されていない! 下衣に至っては最早スカートである!

 彼女の衣装は独特――華美な装飾によって彩られた道着! だが原型はほとんど残されていない! 下穿したばきに至っては最早スカートである!

 長身痩躯ちょうしんそうく、触れたら折れそうなほど華奢きゃしゃ! だが道着の隙間から覗く豊満な胸は、激しく存在感を主張ッッ!! 


「貴様ァ………! なんだ、一体なんなんだ貴様はァァァァァァァ!!」


 センジュゴリラの断末魔に彼女――ローリエルは、凛として一喝! 高らかに名乗りを上げるッ! 


「絶酔のローリエルッ! 絶酔魔拳ぜっすいまけんの使い手だにゃ!」


「ロ、ローリエルゥゥゥゥッ……! おお……おおォォのれェェェェェェッッッ!!」


 やがてセンジュゴリラは酒気と魔力の氾濫に呑み込まれ、凄まじい爆発を巻き起こしながら消滅したのだった――!!


「――にゃははは! ちゃーんと見ててくれたかにゃ、少年!?」


 閃光、爆風――! もうもうと立ち込める魔煙の中から現れたローリエルは、高らかに、そして快活に笑った!


「私、こう見えてけっこう強いのにゃ!」


 その場にいる誰もが茫然と彼女を見つめる中、オーゼフだけが「やれやれ」と深いため息を吐いていた。


 そして少年は――ローリエルに熱い眼差しを向けていたのだった。

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