第4話 その名はセンジュゴリラだにゃ!

「た、た、助けてぇェェェェェェ!!!!」


 街の門の方向から少年の叫び声が聞こえた。ローリエルが何事かと視線を向けると――そこには!


「にゃ、にゃーーーーーッ!? ば、化物だにゃーーーーッッッ!?」


 ローリエルが驚いたのも無理はない。なんと少年を追いかけて来たのは、背丈が自分の十倍はあろうかという巨大ゴリラだったのだ! それも、ただの巨大ゴリラではない! 黒々とした、まるで神木のように太い腕が、なんと六本も生えているッ! 非常に暴圧的な風貌ふうぼうであるッッ!!

 さらにそれだけではない――背中からは数えきれないほどの巨大な腕が生え、ひしめき合い、うごめいているッッ!! 怪物――あまりにも冒涜的かつおぞましい怪物であるッッッ!!


「な、なんて気持ち悪い奴だにゃ!? あんな魔物、見たことないにゃ!?」


「んん~? なんだ~? おおッ! 旨そうなガキを追ってたら街に着いてるじゃあねぇか~~! 今日の俺は最高にツイてるぜ~~~!!」


 巨大ゴリラは無数の腕で胸板を叩きながら、甲高い雄叫びを挙げた! 不快――さながら金切り声ッ! ローリエルの背筋に悪寒が伝う! 

 魔物でありながら、人間の言葉を話すという事実が導きだす結論はひとつ!


「まさか……ガイヤー!? なんでこんな辺境の街にガイヤーが出てくるにゃ!?」


 ガイヤーとは、人間でありながら魔王へ忠誠を誓い、魔物細胞の移植によって改造された者のことである! その戦闘力は非常に高く、S級モンスターなどより遥かに強い! 当然、並みの冒険者に立ち向かえるような相手ではないッ!

 冒険者の中にはひたすらに強さを追い求めるあまり、ガイヤー化の誘惑に屈してしまう者すらいるという……!

 

「おいおいおい、朝っぱらこの騒ぎは何事だ、またローリエルが何かやらかしてんのか!? ――って、なんだァあの化物は!?」


 冒険者ギルドから勢いよくオーゼフが飛び出して来て、ローリエル同様、驚愕の表情を浮かべる!


「オーゼフ! あのゴリラ、ガイヤーだにゃ!」

「なんだと!? くそっ、なんだってこんな辺鄙へんぴな街に!」


 しかし流石はギルドマスター、気を取られたのも一瞬! すぐに緊急の指笛を鳴らし、街中の冒険者へ向けて伝令を発する!


「緊急事態発生ッ!! 東門にガイヤーの存在を確認! A級以上の冒険者で手の空いてる連中は至急東門へ集合、迎撃に当たれッ! それ以外の冒険者は住民を退避誘導、急げッ!!」


 オーゼフは背中の大剣を引き抜いて単身、ガイヤーの元へと駆け出す! ローリエルもその後に続こうとしたが、先ほどガイヤーに追われていた少年が倒れているのを発見し、ひとまず救助を優先することにした。


(――まぁ、オーゼフがいるし滅多なことにはならないはずにゃ!)


 内心、ローリエルはそのように考えていた――その時までは。


「おい少年! 大丈夫かにゃ!?」

「う、うう……僕は大丈夫です……少し疲れただけで……っつ!」

「喋らなくてもいいにゃ!」


 ローリエルは素早く負傷の状況を確認! ところどころ軽い裂傷、疲労の蓄積は認められるもの、大きな怪我は無いようだ。


「すみません……ぼくが、あんな怪物を引き連れて、来てしまったせいで……大変なことに……」

「なに言ってるにゃ! 生き残っただけでも偉いもんにゃ! よく頑張ったにゃ! よーしよしよし!!」


  ローリエルが頭をがしゃがしゃと撫でまわしてやると、少年は少し恥ずかしそうに眼を逸らした。その仕草があまりにも可愛らしく、不覚にもローリエルは自らの心音が高まるのを感じた。よく見れば少年の顔立ちは相当に整っており、勇者にも引けを取らないほどの美少年だった。


「あの……大丈夫ですか? 顔がすごく赤いようですが……」

「にゃっ!? だ、大丈夫にゃ! ええい少年、私の心配よりも自分の心配をするにゃ!」

「僕の事はいいんです……それよりみなさんが……」

「大丈夫にゃ! あんな奴、今頃あのクソヒゲが――」


 と、ガイヤーの方へ視線を向けた、次の瞬間!


「ぐぉわぁぁぁぁァァァァァァァッ!?」


 オーゼフが絶叫を上げながら、こちらへ吹っ飛んで来る!! ローリエルはすかさずオーゼフの巨体をキャッチ、「重いにゃー!」と地面に放り投げたッ! 


「バカ、クソヒゲ! なに油断してるにゃ!?」

「すまねぇローリエル! だがあのゴリラ……相当デキるぞ……!」


 オーゼフは自らの大剣を指し示す――なんと、根本から折られているではないか!? それも強引にねじ切られたかのような、不可思議な折れ方だッ!


「重ミスリル含有がんゆうの特注バスターブレイドが、一発でオシャカだぜ……! 参ったねどうも……!」


「グハハハハハ!!! どいつもこいつも弱い! 実に貧弱! 貴様らじゃまるで相手にならんわ!! ザコは今すぐ死ぬがいい!」


 見れば、巨大なゴリラの足元にはすでに大勢の冒険者が倒れ伏していた。彼らの装備や武器は、どれも完全に破壊されている。それだけの凄まじい暴力が彼らを襲ったであろうことは、想像に難くない!


「クソッ……怯むなッ! 俺たちで街と住民を守るんだッ!!」


「グハハハ! 話の分からん奴らめ!」


 なおも冒険者たちはガイヤーへ突入していくが、瞬く間に蹂躙じゅうりんされてしまう! 六本の腕から繰り出される圧倒的な攻撃力、そしてスピードに、誰も着いていくことができない! 冒険者たちの間に、徐々に動揺が広がっていく!


「畜生! なんて化物だ! 俺たちじゃまるで歯が立たねぇ!」

「勇者さま……! 勇者さまはどこだ!? 早く誰か呼んで来い!」

「バカ! とっくに街を出てったよ! 俺たちでなんとかするしかねぇんだ!」

「無理だァァ!! 助けてくれぇぇぇぇ! こんな化け物俺たちじゃ相手にならねぇ!! 勇者さま! 戻ってきてくれぇぇ!!!」


 勇者に助けを求める声が高まっていく――その度に、ローリエルの脳裏には、昨日の出来事がフラッシュバックする!


『ローリエル。君には今日限りでパーティーから外れてもらうことになった』


『ローリエル……どうか、元気で』


「――にゃァァァァァァァ!! どいつもこいつもうるさいにゃァァァァァァァ!!」


 怒り心頭!! 額に青筋が浮かばせながら絶叫したローリエルは、瞬く間に冒険者たちを弾き飛ばしながら、巨大ゴリラの前に躍り出たッッ! そして酒瓶を巨大ゴリラへと向け、挑発的に宣言ッ!


「どいつこいつも二言目には勇者さま、勇者さまと! あんな奴なんか知らんにゃ!! こんな気味の悪いゴリラ程度、私がブッ倒してくれるにゃァァァァァァァッ!!」


「あ~? なんだ女~? バカなのか? 死にてぇのか?」


 巨大ゴリラは余裕綽々よゆうしゃくしゃく! ローリエルの青筋がまた一つ増える! 冒険者たちの耳には「ビキビキビキビキ」という恐ろしい音が確かに聞こえていたッ! 巨大ゴリラとはまた別な恐怖に彼らは打ち震えているッ!

 ローリエルは頬を引きつらせながらも振り返り、オーゼフに声をかける――猫撫声!


「……ギルドマスターさん? ひとつ提案があるにゃ」

「聞きたくねぇよ」

「今までの借金をチャラにすること! それとは別に、報酬として竜の息吹を五十本用意すること! ――そしたら、あのゴリラをブッ倒してやってもいいにゃ!」

「だから聞きたくねぇと言ったんだ!」


 オーゼフは深いため息を吐き、ローリエルに罵声を浴びせる!


「大体なぁ、街と住民の安全を盾に取って脅迫するんじゃねぇ!! 悪魔かテメェは!!」

「やかましいにゃ! ギルドマスターなら金貨千枚くらいでケチケチするにゃ!」

「そもそもその金貨千枚はテメェが飲んだ酒の代金なんだよ!! ケチもクソもあるか! この万年酒カス野郎!!」

「にゃ、にゃんだと~このクソヒゲ!! 年寄り!! 腰痛持ち!! 妻に逃げられた哀れな初老!!」

「「やんのかゴラァ!!??」」


 二人はその場で取っ組み合いの喧嘩を始めてしまった。冒険者も、巨大ゴリラも、ぽかん呆気に取られて二人の争いを見守っていた。緊張感など、どこ吹く風……。そんな微妙な空気がしばらく流れた。


「き、貴様ら……この俺様を舐めているのか? 俺は魔王十壊衆まおうじゅっかいしゅうが一人、万掌のセンジュゴリラだぞ? 言っておくが俺をそこら辺のガイヤーと一緒にしてると、死ぬぞ?」


 頬の端をひくひくと引きつらせるセンジュゴリラ! まさに一触即発の空気に、少年が慌てて口を挟む!


「そ、そうですよ! あんなに大きい化物が相手なんですよ!? あなたのようなか弱い女性に、勝ち目がなんて……!」


 イケメンに褒められて調子に乗ったローリエルが、オーゼフを明後日の方向に投げ飛ばしながら快活に笑った!


「にゃはは! 嬉しいことを言ってくれるね少年! ――だけど君は二つ、勘違いをしているにゃ!」

「え……?」


 ローリエルは手に持っていた酒瓶を煽り、勢いよくすべての酒を飲み干してしまった! 


「ぷはぁ。うい~。バカも吹っ飛ばしたし、そろそろやるかにゃ~」


 そして――恍惚の笑みを浮かべると同時に瓶を投げ捨て、ふらふらとした足取りで巨大ゴリラへ向かって行く! 


「な、なにしてるんですか!? ちょっと!」

「ひとぉ~つ! 私は確かに、か弱い! 仲間に見捨てられたら傷付くし、酒の誘惑にも勝てない、か弱い過ぎる乙女だにゃ! だがしかぁし! か弱さと強さは両立するものなのだにゃ!」


「え、ええっ!?」


 言っていることが支離滅裂なのである! これには少年も困惑を隠せない!


「そして、もうひとぉ~つ!」


 その瞬間、ローリエルの姿が消えた。その場にいる誰もが、ローリエルの動きを捉えることは出来なかった。


 ――ただ一人、万掌のセンジュゴリラを除いては。

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