幕間 盗賊団

 ヒルフェールの住む塔の存在するデイザード大森林は、一応はハートフィルの領内である。何故「一応」なのかというと、その理由は多い。

 例えば「広大すぎる」だとか、例えば「”方解の魔王”が居を構えていると言われているから」だとか、例えば「とてつもない古代の魔物が眠っているから」だとか……様々な理由により、デイザード大森林はハートフィルの領内であるとはいえ、特殊な扱いを受けている。


 なぜハートフィルの領域なのかということについてはまた後に話すとして、まあともかく、そんな特殊な場所であるため、そこに潜伏しようなどと思う良からぬ輩も一定数いる。

 大概のそんな輩は、蜈蚣角兎バグミラージ樹竜フォレストドラゴンを筆頭とした森の実力者にやられてしまうため、潜伏なんてできない。例え実力があったとしても、広大すぎる大森林を正確に進むことができず、いつしか餓死してしまう。

 ただ、そんな中でもほんの一握り。幸運な者達が、本当に極極極稀に、うまい具合に潜伏し、アジトを構えることのできた者がいることがある。


 『アルイバル盗賊団』は、そんな運と実力を兼ね備えたリーダーが率いる盗賊団。デイザード大森林の深部近く、洞窟のような場所にアジトをかまえている。


 そんなアジトの中に、怒声が響き渡る。


「ああ?!どういうことだ?!」

「で、ですから、お頭……バグミラージの反応が辿れなくなったので……」

「それがおかしいってんだよ!あの村に対した戦力はないって話だろ?」

「へ、へい。近辺にあるという魔王の住む塔さえ刺激しなけりゃ大丈夫だと……」

「だよなあ?ならどうして反応が辿れなくなったんだ?」


 リーダーと思われる人物の前で、土下座の格好をしている下っ端の男が2人。リーダーはイライラした様子で姿勢を直した。


 それもそのはず、『負化』させることに成功した魔物を失ってしまったからである。


 そもそも『負化』という行為自体、危険でありやってはいけない……つまり、「禁忌」に属するものだ。

 魔物に術式を施し、その術式を補強し定着させる。たったそれだけのことで『負化』させることができるのだが、まずもって魔物に術式を施すこと自体が難しい。魔物種族的な耐性やスキルは勿論として、術式を施すときに抵抗され暴れられることもあり、最悪そのまま歪化クロケッドする可能性もある。そうなってしまえば、被害は甚大となる。

 術式を施すことに成功しても、強度が足りなければ負化が解除されてしまう。強度を高めるために魔力を注いでも、注ぎすぎては魔物が死んでしまうこともある。


 繊細な技術が必要となるのだが強力な戦力が得られるものの、とにかくリスクが大きい。それに、今では魔物使いテイマーのような技術職もある。「魔物」の戦力ならば、魔物使いテイマーや、それこそ卵などからふ化させて一から育てるほうが良い。


 まあしかし、成功さえしてしまえば魔物使いテイマー以外でも魔物を使役出来て、しかも魔物の位置を把握して魔法で指示を遠隔で出せるというのはなかなかメリットではある。それ以上にリスクが高いのだが。


 そして、そんなリスクを乗り越えて手に入れたせっかくの戦力の反応が消えた、そんな報告を受けたリーダーがイラつくのも仕方がない。


「……はー、しょーがないな。あの村には沢山お宝があるって噂もあるし、狙えるもんは奪っときたいし、プランを考え直さねえと……十分後に見張り以外全員集めろよ。分かったな?」

「は、はい!」「へ、へい!」


 下っ端の男達は、ドタドタとその場を飛び出していった。それを見届けてから、リーダーはひとつため息をつく。


 前に潜伏していた場所には手配書が貼られてしまっていたため、仕方なく場所を変えたら、まあなんとも最高の立地が見つかった。

 人気がほぼない森の中の、特殊な洞窟。森から出る手間も、見つけた道やリーダーのチカラがあれば何の問題もない。それこそ、特定座標移動ターゲットポータルなどを駆使すればよいことだ。


「しっかし、どーしたもんかね……ん?」


 カチリ、と音がする。侵入者が仕掛けに掛かったときになる音だ。この音なら、網にかかった侵入者がこの空間まで運ばれてくる。

 リーダーは短剣を抜き、警戒しながら仕掛けの方向を向いて構える。



 そこに運ばれてきたのは、網にかかった金の長髪の男。白い学者服のようなものを身につけている。

 男の新緑色の目と、リーダーの赤い目が合う。


 男は、苦笑いの後に目をそらしてから改めて目を合わせ言った。


「あー……おはようございます?」

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