第16話 氷を纏った剣

 その日、珍しく二人は広場を離れ、遺跡の向こう側の砂漠を歩いていた。

 ここはまだ砂になりきってもおらず、そこまで暑い地域ではないが、太陽が照りつけるこの時間にここを歩くのはどう考えても間違っているとラウルは思っていた。

 砂漠を歩くなんて思っていなかったので、短いブーツに砂が入り込んで気持ち悪い。

「師匠〜今日はなにをするんですか〜暑い……」

「寒いより百倍いいだろ!」

 そういった師匠の元気さはまるで太陽のようで、青年はさらにげんなりする。

「僕は寒い方がいいです……」

 垂れてくる汗を拭った彼は、師匠が足を止めたのをみた。


「よーし、やるぞ!」

「……へ?」

 師匠はよく使っている長槍を構える。

 岩と砂が混じった砂場。見渡す限りなにもいないこんなところでなにをするのか全くわからない。

 師匠は息を整え、集中している。

 説明がないので、待っているしかないラウルは流れる汗の不快感に気を取られながら、師匠が集中するのを見守っていた。

「エーフビィ・メラフ!」

 師匠の詠唱を、おそらく初めて聞いた。

 すると、彼が構えていた長槍の刃先が燃えた。

「⁉︎」

 ラウルは驚きで変な声を上げる。

 ウォレスは弟子の反応には気付いていないのか、とても上機嫌だ。

「よしよし、できたできた。これこれ。これを教えたかったんだ」

 ようやく落ち着いた青年が声をかける。

「それって……もしかして、魔法ですか?」

 頷きながら師匠は、炎を纏った槍を一周させる。生み出された炎の熱気が青年の顔の前を通る。

「わっわっ、大道芸じゃないんだからやめてくださいよ!」

 焦って後ずさるラウルに、師匠は大きな声で笑った。

「触ったってちょっと火傷するだけだから大丈夫だって!」

「誰が好んで触るか! ……で、それ。まさかとはおもうんですけど……」

「まさかじゃない。当たり前だろ? 今からお前がやるんだ」

「やっぱりい……そんな難しそうなの絶対無理ですよお」

 師匠ですら踏ん張っていたんだ。青年がすぐにどうにかできるものではなさそうである。

「実はこれな、すごい利点があるんだ」

「へ?」

「これで戦うと魔法と同じ効果を得られるが、あんまり魔力を消費しないんだよ。と、いうことはつまり…?」

「疲れない! やります! マスターします!」

 ラウルは剣術には慣れてきたが、実は剣で捌きながら魔法を繰り出すのがあまり得意ではなかった。思ったよりも大きい魔法が発動してばててしまったり剣筋がぶれて危なかったりするのだ。

 習得するのは難しそうだが、武器に魔法を纏わせることができれば、彼の戦術は安定し、幅も広がるだろう。

 かくして、炎天下の砂漠での修業が始まった。




 その日も、照り付けるような太陽が高く上った昼。

 師匠がわざわざ砂漠でこの訓練を始めたは自分が見本を見せた時に炎の魔法が暴走すると遺跡周りの木々を燃やし尽くしてしまうことを懸念してのことだった。

 ラウルは剣を構えながら幾度目かの詠唱をする。

 あれから無言詠唱はかなり良くできるようになってきたが、いつもと違うことをやるときにはやはり口に出した詠唱のほうが集中力を保てるのだ。

「エーフビィ・アイジィ」

 彼が一番得意なのは皮肉にも街を凍らせた元凶である氷の魔法だった。

 鉄でできた剣を凍らせて耐久性が落ちないか心配だったが、氷の魔法を使う自分が凍らないように剣もその依り代となるため大丈夫だということだった。

 体の奥から魔力が移動するのを感じる。

 それを手から手袋、手袋から剣へと移動させる。

 段々と、冷気が柄の方まで上がっていった気がする。

「お、その調子!」

 不意にかけられた声によって集中力が途切れ、少し先に延びてきていた魔法も消えてしまった。

「あー師匠! 集中してるんですから!」

「それがなあ、そっちに集中してられないんだわ」

 そういった師匠の指さすほうを振り向くと、砂でできたミミズのような魔物がこちらに近づいているのが見えた。

「なななんですかあれ⁉ というか結界は?」

「わりい、忘れてた!」

 そう言って頭を掻いた師匠を非難している暇もなく、その魔物はあっという間にラウルたちの元にたどり着いた。

 魔物除けの結界は見つかってしまってからでは意味がない。

「戦うしかなさそうですね……」

 ラウルは手に持っていたままの剣を構えた。

 ダメもとで魔法を宿して見ようとする。

「エーフビィ・アイジィ!」

 今度は刀身の方まで冷気が来たような気がしたが、それは大ミミズの強烈な体当たりによって中断された。

 突き飛ばされたラウルは受け身を取れずに岩の上に転がる。

 腕から血が出ていた。痛い。その匂いに反応したのか、大ミミズがおぞましい叫び声をあげた。

「おーいまじめにやらんと死ぬぞ~」

「じゃあ師匠が助けてくださいよ!」

 二人のその会話はいつもの決まり文句のようなものだった。

 死ぬぞと言いながら彼は青年が戦うのをじっと眺めていて、本当にまずいと思ったときだけ助けるのだ。

 しかし最近はもっぱら青年一人で魔物を片付けるのが常だった。

 青年は師匠には期待せず、体勢を整えた。

 よく見ると大ミミズは砂から生えているように端が見えなく、顔のようなところには非常に大きな口があり、そこには鋭い牙が並んでいた。

「うう、気持ちわる……」

 あんなのに噛まれたらひとたまりもない。

 青年は勢いをつけて砂漠の上を駆けだした。

 この魔物は単純な動きだ。獲物がいる方向にまっすぐ向かって来る。

 なら、ひきつけるだけ引き付けておいて、直前に進路を変えれば、きっと隙ができる。

 もう一度魔物が叫び声をあげた。巨体が青年めがけて倒れてくる。

 と、ぶつかりそうになるほんの一瞬、青年は体をひねらせてその巨体を避けた。

 目標を失ってふらつく魔物。その隙を見逃さずに、彼は剣を構え、そして振るった。

 空を斬る音。手ごたえがなかった。

 驚いてラウルが剣の先を見ると、今の今までミミズの巨体の一部だったところが、砂になっている。

 魔物もまた、彼の攻撃を寸前のところで避けたのだった。

 魔物の他の部分も砂となってラウルから少し距離を取ったところに再び大ミミズが現れた。

「なるほど物理は効かないか。なら……!」

 ラウルの手から雷光が迸る。

 大ミミズはそれをくねくねと器用に避けていった。

 見た目に反して小回りのきく体だ。後ろで師匠が笑っているのが聞こえる。

 物理攻撃も魔法も避けられてしまう。じゃあ両方なら?

「エーフビィ・アイジィ」

 なんとなくうまく行く気がしていた。剣の刀身が氷を纏い日光でキラキラと輝いた。

 そして彼は大きく深呼吸をする。剣に魔力を保ったまま、空けた左手にも魔力を込めた。

 集中力を保ったまま、彼は走り出した。目の前の魔物を見据えて。構わずこちらに体当たりをしようとするそれに、青年はまっすぐ向かって行く。

 魔物は自ら向かって来る獲物に向かって大きな口をさらに大きく開き切った。

「これが狙いだ!」

 ラウルが左手に集めていたありったけの魔力を氷に変え、大ミミズの口に突っ込んだ。

 彼の予想外の行動に魔物は悲鳴を上げ苦しむ。

 間髪入れずに青年は氷を纏った剣を魔物のその巨体に突き刺す。

 甲高い叫び声。

 思わず耳を塞ぎたくなるような衝動を抑えながら、ラウルは剣を引き抜いた。

 魔物の姿が黒い煙となって消えていく。

 後にはただ熱い砂と岩が残っているだけだった。


 こうして、青年は魔法を剣に纏わせることができるようになった。

 この高度な技術は、後に宿魔法と名づけられ、大陸の各地で使用されることとなるのだった。

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