第3話 出会い

閉ざされた氷の世界、その冷たい世界で少年を非難する声。氷像となった父、母、兄妹、そして数多の国民たちが彼を取り囲んだ。

その全てがお前のせいだと少年を罵ってくる。

もしまともに魔法を勉強していたら、氷漬けにされた人々をその冷たい檻から救い出せたかもしれない。

もし剣の訓練を怠らずにやっていたら、あの女と対峙した時、みんなの仇を取れたかもしれない。

もしあの時国に居たら、いち早く空の変化に気付けていたら……。

これは罰だ、怠惰な生活を貪っていた少年の無知と、力のなさがもたらした厄災だ。

冷気が迫っていた。顔を上げると絶対に忘れない、あの女の美しい顔が目に映る。

彼女が手を振り上げ、不敵な笑みを浮かべた。

その腕が振り下ろされる、その瞬間──目が覚めた。



勢いよく起き上がった少年は腹に残る鈍痛に呻く。

息が上がって、冷や汗をかいていた。今見ていたのは、一体。

知らない場所だ。木造りの壁に所々シミがある。部屋の奥には小さな暖炉があり、暖かい。必死に記憶を辿る。そうか、僕は城で凍らされそうになって……。

「おう坊主、起きたか」

低く、落ち着いた声。

後方からだ。声の方を見ると髭を生やした男が椅子に腰掛け本を読んでいた。

一つに縛った後ろ髪は根元がこげ茶色で、先に行くにつれ赤からオレンジへと色が変化しているその髪は、まるで炎のようだ。鮮やかな色の髪を持つ者は多くいるが、そのどれもが単色で、彼のように何色も入っている者はこの国では見たことがない。その髪と同じ色をした瞳が、ラウルを見つめていた。

一見すると人を寄せ付けないような雰囲気がある人だ。きっとこんな状況でなければラウルは避けて通るだろう。

年は四十を超えていないくらいだろうか、しかし見た目のわりにその表情には年季が入っているように見える。

しっかりとついた筋肉は修業をした兵士のそれに似ていて、彼は動きやすそうな袖のない服を着ていた。

この人が助けてくれたのだろうか。

話しかけられた手前答えないわけにもいかず、少年は口を開いた。

「あ、貴方は……?」

「俺はウォレス。痛いところはないか?」

そういった彼は少し目を細めた。目の端にしわが寄ると近寄りがたい雰囲気が少し柔らかくなる。

「少しお腹が痛むけど、大丈夫。僕はラウル。ウォレス、貴方が僕を助けたのですか?」

男は頷き、持っていた本を閉じた。そこに書かれていた文字は少年には読めなかった。ラウルは読み書きができる。普段から接する文字は全て同じもののはずだがら彼が持っているのはなんなのだろう。

少年は不思議に思いながらも口を開いた。

「ありがとう……というべきか、わからないな。何で……」

「お前、ここの最後の生き残りだろ」

言葉を遮られた少年は口ごもった。

生き残りといわれて、国は亡びたのだという事実が頭を駆け巡る。

「僕は……」

「お前がどんなふうに育っただとかは聞かないさ。俺のことも聞く必要はない。お前は今俺に助けられて生きている。ただそれだけだ」

そうだ、自分はこの人に助けられた。あの氷から。温かい炎によって。

少年は、まだ理解が追いついてない頭で、男に言った。

「あなたなら、あの女を倒せるはずだ」

男は怪訝な顔でこちらを見る。少年は非難を続けた。

「あなたが、助けてくれればよかったんだ。僕のように、みんなを、国の人達を……」

「お前、とんでもないろくでなしだな」

その表情には侮蔑の意が混ざっていた。

それはなにもできなかった自分への憤りから生まれた八つ当たりだ。自分を救ってくれた男に対して、それ以上一体なにを望むというのか。

少年は自分で言った言葉の意味に気づかない。

男は真っ赤に燃えるような、されどとても冷ややかな目で少年を見つめて口を開いた。

「お前を助けたのは、間違いだったかもしれないな」


男は悲しそうな表情だった。少年は彼が何を間違えたと言うのか、理解できなかった。

少年を助けたことが間違いだなんて、そんなことあるだろうか。湧き上がった怒りに任せて自分はあの国の王子だ、と言いかけたところで、本当にそうだろうかと言う考えが頭を過ぎる。

天賦の才もなければ、努力もしない。あるのは王族である者から血を分けたと言う事実だけ。そんな者が王子を名乗る資格があるだろうか。ましてや、国は滅びてしまったのだ。失われた国で最後に残った出来損ないの王子など、無用の長物だ。

何か返さなきゃいけないと思って言葉を探すうちに、ウォレスは立ち上がった。

「ここは安全だ。国の外れだし、俺が結界を張ってるから氷もここまでは手を伸ばせないだろう。食料も少しある。俺は少し出かけてくる。まぁ、自分がなんで助けられたのか、考えてみることだな」

そう言って彼は部屋を出て行ってしまった。

返事ができないうちに少年は、取り残された部屋でその感情を持て余すこととなってしまった。


彼は一体誰なのだろうか。さっき読んでいた本の文字や、ラウルを生き残りと呼んだことから、きっとこの国のものではない。

寝かされていた場所から起きて場所を見て回ると、ここは城下町から少し外れた貴族の別宅であったことがわかった。

宅の主はどこに行ったのだろうか。ラウルにはわかっていた。城下町にある本邸で氷漬けになっているのだ。管理しているだろう使用人なども逃げ出したのか、ここにはいない。主人が戻って来ないことがわかっているとはいえ、人の家に勝手に上がり込むのは気がひけるが、ここを出て一人で魔物たちが歩き回る草原を超えて人のいる場所まで辿り着くのは困難に思えた。

ひとまずここにいるしかないか……。

先ほど寝かされていた場所は寝室と呼ぶにはあまりにも広々としていてどちらかというと居間の方が近いが、暖炉が置いてあるためここにベッドを運んだのだろう。どうやってこんな重そうなものを運んだのかについては考えることをやめた。

少年にはベッドは動かせそうにないので、ここで寝るしかなさそうだ。暖炉の火は怖いので薪を避けて消しておいた。

少年が屋敷を一周して戻ってきてもウォレスはまだ帰ってきていなかった。いつ戻ってくるのだろうか。彼が戻ったらどうすればいいのか聞いてみよう。

そんなことを考えているうちに、少年は夢の中へと落ちて行った──

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