第二章

第15話 ゆらりゆらり

 翌日の日曜日。俺は自室で昨日のことについてずっと考えていた。


 なぜ今さら告白してきたのか、氷崎さんは言った。真剣な顔で。


 「私、中学時代の君の走りに魅せられたの。懸命に前へ前へ行こうとする走りに。その時の君はとても輝いていたし、何よりカッコよかった。私は君に力を貰った。だから、その時から何か特別な感情を抱いてたんだと思う。けれど、高校で最初に君のことを見たとき、別人だと思った。昔見た時の雰囲気と全く違ったから仕方ないじゃない。ずっと君のことについて聞こうと思ってたんだけど、機会を逸してた。君と話しているうちにもしかして、と思い始めてたけど、今日あなたの走りを見て確信したの。私に力をくれた、私に光をくれたあの人だって。やっと今日、自分の気持ちに気づくことができた。君が紅島さんと仲良くしてるのを見て、複雑な気持ちになったのは、君のことが好きだからって。もちろん今さら何を言ってるってなるわよね。何なんだって思うわよね。ごめんなさい。けれど、こんな私でもまだ好きだって言ってくれるなら、私の彼氏に、なってくれるかな?」


 俺は何も言えなかった。何て返せばいいかも分からなかった。胸のうちにいくつもの感情が渦巻いていて、収拾がつかなかった。そんな状態の俺をよそに彼女は


 「ごめんなさい。今すぐには無理よね。また、そのうちでいいから」


 そう言って、彼女は去った。


 ある程度冷静になった今、ひとつの疑問が沸いてきた。


 氷崎さんは、本当に今の俺のことが好きなのか?


 だって彼女は昨日、俺の走りを見るまで自分が昔見た神ノ島大貴と同一人物かどうか確信できなかったんだぞ?


 確かに去年は去年でいろいろあったので、聞く機会がとれなかったというのはあるのかもしれない。けれど紅島は、一目で俺のことが分かったんだぞ?まぁ、あいつとは同じ中学だから俺がここに進学したことを知ることができたのだろう。けれど、自分で言うのも何だが、中学時代の俺と、今の俺は天と地ほどに性格が違ってしまっている。なのに紅島は俺だと確信した。


 氷崎さんは昔の俺が好きだったのであり、今の俺は好きではないんじゃないだろうか。


 そんなことを思った。


 けれど、彼女のことが好きではないのか、と聞かれればそれは自分でもよく分からない。正直、「は?」って思ったし、虫がよすぎると思った。けれど、それらを加味しても「彼女が好きではないのか」という問いには答えられなかった。


 考えるべきことはもうひとつある。当然、紅島のことだ。


 俺はいつの間にか彼女の優しさに惹かれ始めていたのではないか?口では好きではないとか言っときながら、心は揺れていたんじゃないか?


 正直、これらもすぐに答えは出せそうにない。


 うーん、けど、紅島のやつ何も言わずに去りやがったんだよな。やはりこういう場合でも返事は必要なのだろうか?


 ったく、あいつは。


 俺はベッドにばたっと、仰向けに倒れた。


 結局、何一つ答えは出なかった。


 ****


 週が明けて月曜日。


 悶々とした感情を抱えながらも俺はいつものように土間で靴を履き替え、自分の教室に行こうとしたのだが。


 「せ、先輩・・・・」


 同じように自分の教室に行こうとしていた紅島と鉢合わせになってしまった。


 「あ、え・・・・」


 やはり何て声をかけたらいいか分からず、変な言葉が口から漏れ出た。


 俺が立ち止まってそんなことをしていたので、紅島は「おはようございまーす」とだけ言って駆けていってしまった。


 何してんだか、俺。


 いつまでもその場で突っ立っているわけにはいかなかったので階段を上り自分の教室に向かった。扉を開けると、氷崎さんは自分の席にいた。俺のことをちらと横目で見たが、何もなかったかのようにすぐに前を向いた。


 この人もやっば、よく分からねぇわ。


 俺も仕方ないので席に座った。


 その日の授業はろくに集中できなかった気がする。


 ****


 放課後。


 氷崎さんは数人とどこかへ行ってしまった。


 荷物をまとめ、席を立って教室を出るとすぐそこに紅島が壁に体を預けながら立っていた。


 ・・・っ!


 びっくりするだろ。


 思わずたじろいだ。


 紅島はそんな俺の様子を見て、フフッと笑うと


 「待ってました」


 と俺に微笑みながら言った。周りのやつらが「あいつら恋人同士になったのか?」とか言ってやがったが耳には入らなかった。


 「・・・・何でだよ」


 何とか絞り出した声で俺が応えると紅島はいつものように明るく


 「もちろん!お話があるからです!」


 と言った。


 話・・・・・・。


 って言ったら。


 まぁ、当然そうなるわな。


 俺は小さく頷いた。すると紅島は「ついてきてください」と言って歩きだした。


 「お、おい。どこへ行くんだ・・・?」


 と聞いたが彼女は何も言わなかった。


 紅島は一階まで降りて、階段のすぐ近くのところに入った。図書室だった。


 え・・・何?


 頭にはてなが浮かびまくった。ここ、一応ある程度人がいるのだが?


 紅島は空いている席に座り、俺にも座るよう目だけで促してきた。だから俺も仕方がないので向かいに座った。


 「・・・・・」


 しばらくは紅島は俺のことをじーっと見つめていた。やめろ、やめてくれ!


 俺は思わず目を逸らした。すると紅島のクスッと笑う声が聞こえ


 「その件はいつかで、いいですよ」

 

 と、声を抑えながら言った。


 「え、いや、いいのか・・・?」


 紅島は頷き


 「私が一方的に言いたかったから言っただけです。それでも、もし返事をしてくれるなら、それは先輩の自由なので」


 と、優しく微笑みながら言った。


 認めよう。こいつは間違いなく可愛い。


 俺は何とか、


 「あ、ありがとう・・・」


 と言うのだった。


 それにしても、「その件は」と言ったか?


 ということはそれとは別に何か話したいことがあったということ。


 「それで・・・?」


 俺が尋ねると彼女はよく通る声でこんなことを言った。


 「私と生徒会に、入ってください!」


 「・・・・・は?」


 いきなり何言ってんだ?


 俺の疑問に答えるように彼女は話を続けた。


 「私、実は中学のときから生徒会に入ってみたいなぁーって想ってたんです。けれど陸上に打ち込むと決めたので入らなかったんですが。でも陸上をやめた今なら問題なし!先輩が私に対して少しでも感謝の気持ちを抱いているなら、聞いてくれてもいいですよね?」


 へぇ。そうなのか。


 まぁ、だが一応聞いておきたいことがある。


 「どうして生徒会に入りたいんだ?お前は生徒会に何を求めてる?」


 「生徒会って、学校生活全般に関わることができるじゃないですか。まぁ、その分責任もありますが。特に自分達で学校行事とか運営するのとか、楽しそうだなって。もっと言うなら、先輩と一緒に出来ればさらに楽しい高校生活になりそうだなって」


 「はぁ・・・」


 思わずため息をこぼした。あざとい。


 確かに言うことはもっともだ。だが。


 「めんどくせぇ」


 俺が思ったことを言うと紅島は「えー」と言って頬を膨らませ


 「何でですか!楽しそうじゃないですか!」


 「俺はそういうの柄じゃないし、やはり何よりめんどくせぇ」


 紅島はしばらく「むむむ・・・」と唸っていたが結局、最終手段に出た。


 「私に恩義を感じてますよね?なら、それを返すためと思ってお願いします!」


 そう言って紅島はぺこりと頭を下げた。


 勝手に断定するんじゃねぇよ。まぁ、事実だから否定できないが。


 それにしても、ずるい奴だ。それを引き合いに出されれば断れんだろうが。


 だが女子はそのくらいが通常運転なのかもしれない。


 「仕方ないから、やってやるよ」


 俺は承諾した。すると紅島は大きな声で「やったー!」と言った。直後、図書委員にじろりと見られ、慌てて手で口を押さえた。


 「お前、この学校の生徒会規則とか知らねぇだろ。教えてやるよ」


 「お願いします!」


 それから俺は紅島にこの学校の生徒会について、選挙について説明した。まぁ、生徒手帳に乗ってるが大半の奴がろくに見てねぇだろう。


 「いいか?選挙に出るには推薦人が必要だ。まずはそこから始めなきゃならん」


 「ふむふむ、なるほどです。まぁ、それは何とかなりそうですね」


 うちの学校はよそのマジな生徒会と違って何人も生徒会に立候補することはない。大抵、やる気のある奴だけがぽつぽつ立候補するだけだ。だから選挙は行うがそれは形式的なものをにすぎず、一発で決まる。毎回、特に得票数で競ったりはせず、信任投票しか行わない。そしてほとんどのやつらは誰が生徒会役員になろうと興味はないので、それで不信任のバツを書いたりせず、信任されて決定となる。


 あと推薦人もひとりでいいので、まぁ、俺は俊に頼るしかない。こいつは他にも頼れるやつがいるだろうが。


 「俺は書記に立候補するが、お前はどうする?多分、会長は二年の誰かが立候補するぞ」


 俺がそう言うと、紅島は少し考えて


 「私は会計やろうかな、と。こう見えて私、意外と計算得意なんですよ?」


 いや、知らんがな。むしろできなさそうと思ったまでだ。


 「そうかー」


 と、俺が興味なさそうに言うと、紅島はガタッと音を立てて席を立ち向かい側から俺の肩を腕で揺らしてきた。


 「な~ん~で~す~か~!その反応は~!」


 やめろっての。気持ち悪いだろ。


 明日からいろいろと大変な毎日になりそうだな。


 このとき俺は重要なことを失念していた。


 そう、あの人も生徒会に入ろうとしていたことを。


 俺は手で紅島の腕を払った。すると彼女は若干拗ねながらも席に座った。子供かよ。


 「それとな、あと公約とかいうめんどくせぇのも考えなけゃならん」


 「やっぱりそういうのってあるんですね!じゃ、今から考えよー!」


 「テンション下げろ。・・・まぁ、そうだな」


 俺と紅島はしばらくアホなことを言い合いつつ、うんうん唸りながら公約を考えたのだった。


 


 





 












 

 


 


 

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