第16話 あ、そういえば・・・

 翌日の昼休み。


 俺は紅島といつかも使った空き教室にいた。


 「なぁ。俺たち、公約考えたはいいけど・・・・・本当にこんなんで大丈夫か?」


 「私に言われても知りませんよ。こっちこそ聞きたいです!」


 俺の言葉に紅島はぶすっと怒って言った。


 いやー、だってなぁ。


 「『私が生徒会役員に選ばれた暁には、この学校の美化活動を強化します。清潔な環境で勉強することは重要だと思ったからです。またそれだけでなく、文化祭で各クラスが使える費用の増額も目指します。私は去年、この学校の文化祭を見学させていただきました。とても活気にあふれていて素晴らしかったです。しかし、私はもっともっと盛り上げることが出来るんじゃないかなと思いました』ってことだが。まぁ、教師たちに媚びすぎず、生徒たちの不満を買わないようなちょうどいい感じだとは思うが」


 俺は紅島の公約を読み上げた。


 紅島は「何が不満なんだ」と言いたげに眉をひそめ、


 「なら問題ないじゃないですか。私が思うに、先輩の方がアレだと思いますが。『私が生徒会役員に選ばれた暁には、体育祭をさらに盛り上げたいと思います。現在の体育祭もとても楽しいものですが、生徒たちから競技の面白みがないという声も聞きました。生徒たちに体育祭をより楽しんでもらうためにも必要だと思いました』これ、先輩がただ単に体育会系で走るの大好きだからですよね?」


 紅島は俺の公約を読み上げ、そしてなぜかジト目を向けてきた。あ?


 「何だよ?別に問題ないだろ。どうせ公約とかろくに聞いてねぇって」


 突然、紅島が机をバンと叩いた。びっくりするだろ。


 「それは、生徒たちの話です!先輩、先生方もいることをお忘れですか?」


 ああ、まぁ・・・


 「いや、それは分かってる。けど、この学校の校風は生徒の自主性を重んじるものだったはずだ。よっぽどじゃない限り口出しはしてこないと思うぞ」


 俺がそう言うと、紅島は目を丸くした。


 「え、そうなんですか?」


 そうなんです。詳しくは生徒手帳の200ページ参照。


 間違えた。20ページだった。200ページも生徒手帳にあるわけがない。


 俺は大きく頷いた。 


 「ああ。だから問題ない。それに、体育会系以外も楽しめるような競技にすれば誰も文句はないだろ。まぁ、具体的なことは思い付いてないが・・・」


 「先輩・・・よく考えてますね」


 「俺をなんだと思ってる」


 「ひたすら努力でどうにかするしか能のない男」


 「それの何が悪いんだ!!」


 努力というものは才能を持たない人間に希望を与えてくれる。まぁ、時に絶望を生むこともあるが。


 紅島はくすくすと笑った。


 「怒らないでくださいよ。もちろん、私は-」


 俺に向かって優しく微笑みながら彼女はこう、言葉を続けた。


 「そんな先輩のこと、大好きですよ」


 「っ!!」


 みるみる自分の顔が熱くなるのが分かる。俺は思わず右手で顔を押さえて顔を逸らした。


 「・・・ありがとう」


 「え?何て言いました?」


 俺の言葉は小さすぎて紅島の耳にちゃんと届いていなかったようだ。


 うう、ええい!


 紅島の方に向き直って俺は半ばやけくそに口を開いた。


 「だから!ありがとなって言ったんだよ」


 「・・・・・」


 なぜか紅島は無言だった。きょとんとしながら俺の目をじっと見つめている。


 おい、なんとか言えよ!なんかまた恥ずかしくなってきたじゃねぇか。


 沈黙に耐えきれなくなって俺が窓の外に目を向けると、彼女はクスッと笑ってようやく口を開いた。


 「聞こえてました。けど、まさか先輩の口から感謝の言葉が飛んでくるなんて思ってなかったので。ちょっとびっくりしただけです」


 まったく、この後輩は。


 俺は窓の外の風景を見たままで言った。


 「だから、お前は俺をなんだと思ってんだよ」


 口調は先の時よりも弱々しくなった。


 俺の言葉に紅島はただ優しく笑うだけだった。


 参ったな。いろいろと。


 ****


 放課後。


 俺がいつものように自分の席で荷物をまとめていると、俺の前に人が現れた。


 「なぁなぁ神ノ島くんよ。見てたぜ、昼休み。正直なところ、あの子のことどう思ってんだ?」


 誰かと思って顔をあげてみるとそこにいたのは50メートル走の時に俺と走り、そして先の決戦には応援のため駆けつけてくれた現役陸上部員の藤浦卓史ふじうらたくしがいた。名前はつい最近知ったばかりだ。あの決戦以来、ちょくちょく話しかけてくることが多くなった。


 黒髪短髪、身長は175センチちょいで俺と同じぐらい。体育会系の仲間数人でグループを作って楽しそうに話しているのをよく見かける。どことなく飄々とした雰囲気があり、かの凍也と少し似ている。


 俺はひとつ、ため息をついた。


 「こそこそ見てやがったのかよ。死ねばいいのに・・・」


 「え、そんなに大事な話だったのか!?悪い、そんなつもりは・・・」


 俺が意外と真面目な感じで言ったものだから藤浦は真に受けてしまったようだ。慌てて謝罪しようとする。なんだこいつ、いいやつかよ。


 「真に受けんなよ。冗談だ」


 俺がそう言うと、彼はホッと安堵の息を漏らした。


 「なんだよ・・・。もっと冗談っぽく言え、よ!」


 藤浦はニッと笑いながら俺の肩をバシンと叩いてきた。痛い。これだから体育会系は。


 まぁ、そういう俺もどっちかというと体育会系だけどな。


 「いてぇ・・・。別に、なんとも思ってねぇよ、あいつのことは・・・」


 「ほう?そのわりに何やら顔を赤くしていたような気がするが」


 そんなとこまで見てやがったのかよ!


 だが俺はしらばっくれた。


 「は、そ、それは気のせいじゃねぇか?」


 若干声が上ずった気がする。


 「ははっ。そうかよ。じゃあ、そういうことにはしといてやるよ」


 口元にニヤニヤとした笑みを浮かべながら藤浦は言った。はぁ、ウゼぇな。まぁ、これ以上追及しなさそうだから少し安心したが。


 「それで、昼は俺に何の用があったんだよ?まさか俺に会いに来たなんて気持ち悪いこと言わねぇよな?」


 俺がそう言うと藤浦は真顔で、かつ真剣な口調で言った。


 「お前に会いたかったんだ」


 ・・・・・は?


 「おい」


 「・・・・・」


 俺の呼び掛けに藤浦は反応せず、ただじっと俺の目を見つめていた。今日はやたらと人に目を見つめられる日だ。わけわからん。


 「おい、なんとか言え-」


 俺が再び呼び掛けようとしたが途中で彼はなぜかぷはっと吹き出して笑い出したので遮られた。


 「はっははは。いや、冗談だぞ?真に受けんなよ」


 「ちっ、お前・・・」


 やり返されてしまった。ちくしょう!今度からはもっと冗談っぽく言ってみることにします!


 笑いが収まった頃に藤浦は再び口を開いた。


 「いや、俺は特に用はなかったけどな。その、な。氷崎さんに聞かれたんだよ。『神ノ島くんはどこにいるか知ってる?』って。お前、フラれたんだろ?どういうわけだよ」


 俺に聞かれてもな。あいにく俺もよく分からんのだ。


 「・・・知るかよ、そんなもん。それより、何で教室に入ってこなかったんだよ?」


 用があったのなら入ってこればよかったはずだ。


 「そんなの、決まってるだろ」


 フッ、と鼻で笑って藤浦はそう言い、意味深な視線を送ってきた。


 は?何が決まってるって言うんだ?


 俺が呆けていると、彼は続けてこう言った。


 「見守りたかったからだよ」


 ・・・・・なんだそれ。


 意味が理解できなかったので、俺は「はぁ」という曖昧な相槌を返すことしかできなかった。


 っていうか。


 「お前、氷崎さんには何て言ったんだよ?」


 「ああ、それはな」


 後に続けてこう言った。


 「『空き教室にいたけど、すーっごくいい感じだったから話しかけられなかった』って言ったんだよ」


 おいおいおい、ちょっと待て。


 なんかそれ、いろいろ面倒なことになりそうな気がするんだが。


 冷や汗を滴ながらも俺はなんとか口を開いた。


 「そ、それで?氷崎さん、どんな感じだったんだ?」


 「ん?ああ、何かを悟った感じで『そう。ありがとう』って言うだけだったが」


 あー、はいはい。これ絶対誤解してるよ。別に俺は紅島と付き合ってる訳じゃねぇってのによ。まだ自分の気持ちが固まってねぇんだっつーの。


 明日、何か言っとくか。


 「はいはい、よく分かったサンキュー。さっさと部活行け」


 「どういたしまして。言われなくても行くっつーの」


 藤浦は俺に向かってひらひらと手を振りながら教室を後にしたのだった。


 窓から湿り気を帯びた風が入ってきた。もうすぐ6月に入るからだろうか。心のもやを綺麗さっぱり取り払ってはくれなかった。


 ふと、廊下の方からバタバタとした足音が聞こえてきた。


 「先輩!行きましょう!」


 いちいち顔を向けなくてもその声の主は分かった。


 「分かったから。ちょっと待ってろ」


 ****


 俺と紅島はそろって生徒会室へと向かった。立候補に必要な書類を提出しに行くためだ。ちなみに推薦人については、途中で俊のクラスに寄って頼んだら「いいぜ!」と喜んで引き受けてくれた。持つべきものは親友である。


 「演説の練習しないとですねー」


 「あ?そんなもん適当でいいんだよ、適当で」


 別に演説の如何で人生が決まるわけではあるまい。気楽に行けばいいのだ。


 「先輩、どうしてそんなんになっちゃったんですか・・・」


 紅島はがくっと項垂れていた。


 「・・・仕方ねぇだろ。いろいろあったんだし」


 俺がそう言うと紅島はフッと優しく微笑んで「そうですね」と言ってくれた。


 「あのこと以外にも、私の知らないところでいろいろあったんですよね。それぐらいは私にも分かりますよ」


 こいつは具体的なことは知る由もないだろうが、去年は去年で面倒なことがあったのだ。


 紅島は何となくだが察してくれたということだろう。なぜだかその優しさが少し、じんわりと胸に染みた気がした。


 渡り廊下を通り、中棟2階の生徒会室の前に着いたので紅島が扉を開いた。


 「失礼しまーす」


 「失礼し・・・・・・・・」


 俺も「失礼します」と言おうとしたのだが、部屋の中にいた人物がこっちを向いたのを見て俺は硬直せずにはいられなかった。紅島も同様に足を一歩部屋に入れたところで硬直した。


 「え・・・・・?」


 思い出したぁぁぁ!そう言えばこの人も生徒会入るんだったぁぁぁ!


 生徒会室には選挙管理委員の生徒の他にもう一人いた。


 そう、肌は雪女のように白く、髪は艶のある青みがかった黒髪の、才色兼備を備えた、


 氷崎冷菜が俺たちの方を向いてぽかんとしていた。




 


 


 


 


 


 

 



 


 


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る