Ex. 君に感謝を。そして愛を

  私が神ノ島くんの姿を最初に見たのは中学二年生の頃に見に行った、ある陸上の大会でのこと。その時彼は、とても輝いていたので高校で同じクラスになっていても同一人物だとは気づかなかった。


 当時の私は、親の言うがままに勉強ばかりをこなしていた。おかげでろくに友達もいなかった。毎日毎日勉強ばかりの退屈な日々を過ごしていた。死んだような目をしていたと思う。


 そんな私が変わり始めたのは、凍也に誘われて陸上の大会を見に行ったときからだったと思う。仕方なく、本当に仕方なく行ってやったのである。


 「どうして私がわざわざあなたのために見に行ってやらないといけないわけ?」


 なんてことをほざいていたと思う。けれど、凍也は家族であることに変わりはない。だから何だかんだ文句を言いつつも見に行ってやったのだろう。


 凍也は幼い頃から桁違いに足が速かった。だから親も彼が陸上に打ち込むことに反対しなかった。


 比べて私は、持って生まれた才能などひとつもなかった。


 だから勉強を頑張るしかなかった。ただそれだけの話。


 けれど、神ノ島大貴くんの走る姿を見たとき、私の心には小さな光が灯った。


 力強く、かつしなやかでブレのない走りで懸命に前を目指す彼はとても輝いていた。文句なしにカッコいいなと思った。その時はまだ、タイムは凍也の方が断然速かったけれど、私は彼に力を貰えた。


 その時から名前は知っていたものの、それがまさか凍也のライバルだったとは知らなかった。凍也は彼の名前を口に出したりはしなかったからだ。

 

 いつしか私は凍也ではなく、彼を見に大会に足を運んでいた。まぁ、凍也のことをまったく見ていなかったというわけではないが、いつ来ても一番で飾りやがったので見ていても面白くなかった。


 彼が着実に力をつけていっているのを見て、私も退屈な毎日を変えるための努力をしようと決めた。親への反抗として、放課後に遅くまで家に帰らず図書館で長々と本を読んだりした。何度か「何で早く帰ってこなかったの!」と怒られたが、それに対しては「私は本が好きなの。たまにはじっくり読む時間が欲しかっただけよ」と反論した。それだけでなく、頑張って友達を作る努力をし、その子達と学校の帰りに遊んだりもした。それも怒られたが、「勉強はしっかりやるわ。それなら文句ないでしょ?」と反論した。


 そのおかげで毎日が少しばかり楽しくなった。彼のおかげだ。


 彼への感謝を胸に高校へ進学すると、ある生徒のことが目に留まった。彼は教室の端でずっと外ばかりを眺め、退屈そうな毎日を過ごしていた。前髪は目の辺りまで伸びていて、暗い雰囲気の少年だった。なぜだか私は彼のことが気になった。


 誰だろうと思って名簿を見てみると、なんと神ノ島大貴くんだったが、とても昔見た彼と同一人物だとは思えなかったので別人なのではないかと思ってしまった。陸上部にも入らなかったので、尚更そう思ってしまった。私がそこまでコミュ力が高くなかったこと、クラスでいろいろあったこともあって、結局しばらくは聞けなかった。


 いつしか彼は私のことをチラチラと見るようになっていたが、二年生になるまで放ってしまった。友達も「好きだったら告白してくるよ。それまで無視してな」と言ってたので。


 二年生になっても彼と同じクラスだった。何か運命的なものを感じなくはなかったが、偶然だろうなと思っていた。


 今思えば、偶然ではなかったのかもしれない。


 新クラスになって少しすると、彼がやっと告白してきた。けれど私は彼に昔のことを何も聞いていなかったし、彼のことをよく知らなかった。それにたとえこの人がかつて見た神ノ島大貴くん本人だったとしても、私自身、彼に好意を抱いていたかは分からなかった。だからあのときはフッたのだ。


 うーん、しかし、まさかすぐに屋上から逃げ出してしまうとは。


 仕方がないので私は自分から彼に近づいて、いろいろ聞いてみた。彼もいろいろ話してくれた。昔陸上をやっていたと聞いて、もしかしたらと思った。けれどそれだけでは明確な証拠にはならない。

 

 そんなときに凍也からあの勝負の話を聞いた。彼が凍也のライバルだと聞いて驚いた。高校に入ってから、大会で彼の名前を見ないなと思っていたが、そういうことだったのかと思い至った。


 彼の走りを見れば。


 そう思ったので、私は凍也に言われたという名目でのことを観察していた。


 紅島さんのことも、だ。何となく、神ノ島くんと彼女が仲良くしているのを見て、少し複雑な気持ちになったから。紅島さんは彼のことを明確に好きと言ったが、私はそんな明確な感情をいだいていなかったので、あのとき彼女に「好きではない。けれど、気になっている」と言ったのだ。


 ちょっと試してみたくなって、彼に誘惑じみたこともした。そしたら案の定、照れていて可愛いな、とも思った。少し申し訳なくはあるけれど。私って、意外と悪魔的なところがあるのかしら。


 50メートル走のときは、かつてのような走りは見られなかった。けれど、けれども。


 本番の勝負で見せたあの走り。あれはかつて私が見たものと寸分違わなかった。


 やっぱり、彼だったんだ。


 彼だと分かった瞬間、明確に愛しいという感情が内から沸き上がってきた。不思議なものだと思う。


 神ノ島くんがトラックから姿を消した後、急いで外に出て彼を待った。


 振り回してごめんなさい。でも、もしこんなずるい私を許してくれるなら。こんな私でも好きだと言ってくれるなら。


 私は最高の走りを見せてくれた彼に言った。


 「私の彼氏に、なってみない?」


 


 


 

 

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