第三話 帝国の成り立ち、そして滅亡に関して
あれから一週間が立った。
僕はクロムバッハ家の図書室で色々な蔵書を読み漁り、この世界のことを色々と勉強していた。(時折、お茶を持ってくるネフェラを教師代わりにしながら)
この世界は──世界には名前が存在しないので『異世界』と定義することしかできないが──驚いたことに、
大陸の名前はアトレイア。
世界地図の精度がどこまで正しいか分からないが、僕の世界のユーラシア大陸とアフリカ大陸が二つ合わさったぐらいの大きさだろうか。
それが緩い三日月のような形をしている巨大な大陸だ。(アトレイア大陸の外側には北海道やブリテン諸島のような大きさの島々が点在しているみたいだ)
僕が現在いるのはアトレイア大陸の東側、つまり三日月の真ん中の部分だ。
国の名前は独立自治国家──ユニゼラル公国と呼ばれるらしい。
国の大きさはそれほど広くない。東京都ぐらいの大きさだろうか。
そして独立自治と書かれているようにユニゼラル公国はアトレイア大陸に存在する五大強国によって独立した自治権を与えられているらしい。
では五大強国とは何か?
ということになるのだが……そもそもの話、この異世界にはかつて強大な帝国が存在していたらしい。
驚くべきことにその帝国はこの広大なアトレイア大陸の七割近くを支配していたらしい。ユーラシアとアフリカが合わさったような規模の大陸を、だ。
僕の世界のチンギス・ハーンやアレキサンダー大王もビックリだろう。
その名はクライン・ダインスレイグ。
そして帝国の名前はそのままスレイグ帝国だ。
だがダインスレイグは自らを皇帝ではなく覇王だと自称した。
ダインスレイグが登場するまではアトレイア大陸には数え切れないほどの国があったらしいが(大陸の規模を考えると当然か)彼はその全てをことごとく制覇したのだ。覇王だと言うのも頷ける。
ちなみに今のこの世界の暦は、ダインスレイグの功績を称えて覇王歴と呼ばれているらしい。
ネフェラに聞いた話だと今は……そう、覇王歴四二二年だ。
余談になるが、覇王が没したのは百年ほど前のことだそうだ。
覇王歴三百年前半頃。
驚くべきことに覇王ダインスレイグは三百年近く生き続けたのだ。
冗談みたいな話だ。最低でも三百歳以上?
この世界に来てから信じられないような話ばかりを聞く。だが歴史書に書いてあるならば事実なのだろう。どうやらこの世界では、ある種の異能を極めた人間はかなり長生きすること出来るようだ。
まあ色々な文献を漁ってみたところかなりのレアなケースみたいだけれど。
これもまたネフェラの聞いた話だが、この異世界の平均寿命は大体六十歳前後といったところらしい。(幼い頃に死んでしまう乳幼児を除けば、だが)
……思考が逸れたな。
覇王が没した後、帝国はあっさりと瓦解し崩壊した。(覇王が死んだ理由はどうやら暗殺が原因らしい)
崩壊した理由は色々と諸説があるみたいだけど、やはり一番は覇王が死んだことが原因だろう。
世継ぎは沢山いたようだが、帝国が成立してから一度も代替わりしていなかったのだ。そんな人物が急逝したら世が乱れるに決まっている。
僕らの世界のローマ帝国を例に出すまでも無く、帝国の崩壊は諸国乱立を意味する。
すなわち戦乱の時代だ。
事実、覇王が死んでから百年の間は凄まじい戦争の嵐だったようだ。
無数の国々が現れては消える。
そして長い戦乱の中で五つの傑出した強大な国家が現れる。通称、五大強国。
経緯はまだよく分からないが、ユニゼラルはその五つの強国に自治を認められ、それが今も続いているようだ。
いや、そうだ。
色々な本を読んで他に一番驚いたことがあった。
それは──
*****
「クロムバッハ家というのは代々覇王に仕えていた高名な家系だったんですね、ゲオルグさん」
「ほう?」
夕食の席、その場で僕は唐突に切り出した。
二十人は楽に座れるだろう大きな食卓には僕たち二人しかいない。他には給仕として食堂の隅にいるネフェラだけ。
「歴史書を読んで驚きましたよ。クロムバッハ家はかつての覇王の
近衛、側近、親衛隊、まあ平たく言えばロイヤルガードだ。
しかもクロムバッハ家は只の護衛係ではない。
覇王が覇王となる以前。ダインスレイグが大陸を平定する前から、彼に一族総出で協力していたらしいのだ。
つまりは第一の家臣。大陸制覇の功労者だ。
クロムバッハ家はその功績を買われ、かつての帝国の中枢に軍事政治共に君臨していたのだ。覇王の身辺警護をやっていたのもその一環だろう。
「……それが今では一地方都市の二流貴族だがね」
相も変わらず自嘲するように語るゲオルグ。
過去の栄光を考えればそれも致し方ないような気がする。
大陸の支配者。覇王の第一貴族だ。
僕の住んでいた日本で例えれば、総理大臣から田舎の市長になってしまうようなものだろうか。
「なにせ覇王を暗殺から守れなかった間抜けな一族だ。お家断絶にならなかったのが奇跡的なところであるな」
「暗殺……やはりそれが原因でクロムバッハ家は没落したのですか?」
そういえば歴史書にも覇王が死んだ原因は暗殺だと書いてあった。
「無論だ。覇王の即位、三百年を記念する式典。
その大事な式典で、我ら一族が護衛するの最中に覇王は堂々と暗殺されてしまったのだ。その名は地に墜ちたと言っても過言でなかった。
……それが毒殺や謀殺ならまた違った結果だったかも知れないがな」
ゲオルグは語る。
帝国内では覇王が死去したことによって壮絶な後継者争いが始まったが、クロムバッハ家は覇王を守れなかったという汚点が付いてしまったことで、権力闘争からはじき出され、
そして帝国は後継者争いから発展して、大規模な内乱に突入してしまう。そして帝国その物が滅亡してしまうのだ。
しかし皮肉なことにクロムバッハ家は権力闘争から一歩引いた立場だったため、大きな被害を負うことはなかった。
婚姻関係によって築いた
「なるほど、クロムバッハ家の事情、よく理解しました」
「遅かれ早かれお前には、クロムバッハ家の人間として世に出てもらうことになる。故に、それ相応の身の振る舞い方を覚えてくれ。
……ふふっ、世間の目は厳しいぞ。相手が高位の貴族であればあるほど、我らを逆賊のように扱うからな」
難しい話だ。他貴族にとって、クロムバッハというの名は覇王の栄光と墜落を同時に意味するのだろうな。
「あ、そうだ、一つお願いが……」
「なんだ我が子よ。早速のおねだりか」
振る舞い云々でゲオルグに頼みたいことがあったのを思いだした。
「──ええ、よろしければ外出の許可をいただければと」
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