第18話 酔っても寝ても覚めても

「「「かんぱーい!!!」」」


 酒がなみなみと注がれたグラスを打ち鳴らす音が響く。いやあ、生まれ変わっても勝利の美酒ってやつは最高だね。


 私の率いるアイアネッタ隊は、見事敵のしんとー部隊の出鼻を挫くことに成功。あの後一画を崩された敵に本隊が突撃し、無事にロメディアスの侵略軍を撃退した。


 そして祝勝会というわけだ。軽症者多数だが損害もゼロ。アホのマーカスが自分で転んで気絶しただけ。いやあ、いい仕事した!


「ハハハ、姉御やりましたねえ!」

「いやあ、突撃しだしたときは焦りましたよ姐さん!」

「ジャンにカルロか。なんだその姉御と姐さんって?」

「まあいいじゃないですか」

「親しみを込めてですよ」


 酒の力を借りてか、陽気に絡んでくる野郎二人。まあこいつらも逃げずについてきたし、呼び方くらいいいか。なんて言ったってお堅い騎士団なんて私の方がごめんだからな。


「姉御、酒に酔って見境なく暴れたりしないですよね?」

「誰が暴れるか。私は酔っていようがどうだろうが、ムカついたら殴るだけだ」

「それを聞いて安心しましたよ。さあ、一緒に飲みやしょう!」


 そう言って両隣に座るジャンとカルロ。まだ他の奴らと壁のある私を、まとめ役のこいつらが馴染ませてくれようとしているのかもな。


「いやあ、こう酒を飲んでると姉御がご令嬢だと実感しますね」

「ほんとほんと、普段の野――ワイルドな感じとまた違って」

「普段も何も私が公爵令嬢なのは変わらんぞ」


 ちょっとボロを出しそうになるけど、これくらいなら目を瞑る。なんて言ったってここは酒の席。多少の無礼は酒に流すべきだ。


「いやあ姉御はほんと美しい。均整の取れた肉体!」

「そうだよねジャン。輝くようなプラチナブロンド!」


 二人は酒が進んできたのか、気軽に肩をバンバンと叩く。まあ褒められて悪い気はしない。


「特にこのたわわな乳――パンダッ!?」

「特にこの良い感じの尻――コアラッ!?」


 すっと伸びてきた二人の手を掴んで投げ飛ばす。そこまでは許してないよ。反省しな。


「お姉様、お姉様!」

「ああ、アンナか。お前も頑張ったな」


 私も遠距離攻撃の魔法は苦手だし、アンナはうちの部隊の貴重な魔法戦力だ。他の野郎どもや私と違っていろいろ気が回るし、そういった面でも助かる。


「じゃ、じゃあ……ご褒美をいただけませんか?」

「褒美? いいよ。何がいい?」


 褒美か……。確かに士気の向上を考えたら悪くないな。私と違って女らしい性格だし、服やアクセサリーか? レア物って話なら、あまり使いたくないがアイアネッタ家のコネを使えばどうにかなるだろうな。


 いや、恥ずかしそうな表情からすると、女子用の何かの設置とかだろうか? 私は個室があるし、そこまで気が回ってなかった。いや、でも団長がそこら辺は充実させてるって言っていたような……? 悩む私を前に、アンナはまるで愛の告白の様な表情で口を開き――、


「ありがとうございます。でしたら私をさっきみたいに投げ飛ばしてくださいまし!」


 なんで?



 ☆☆☆☆☆



「ふぅー、久しぶりに結構飲んだな……」


 野郎どもはまだ飲んでいるようだが、眠くなった私はとりあえず締めを宣言して、自室へと帰って来た。私が戦場から帰って来た時、泣いて無事を祝ってくれたセシリーは落ち着きを取り戻しており、ちゃちゃっと私の就寝準備を整えてくれた。おかげで後はベッドにダイブするだけだ。


「おやすみー」

「はい、おやすみなさいませイザベルお嬢様――」


 セシリーからの返事が最後まで聞こえないくらい、私はすぐに眠りの世界へと誘われていった。


 ――――。

 ――。


「――!」


 眠ってからどれくらいの時間が経っただろうか。誰かが私を呼ぶ声が聞こえる。


 もう朝か?

 いや、いくら酔っていようと朝のトレーニングは欠かさない。体内時計敵にきっとまだ真夜中だと思う。


「――!」


 呼んでいる声も、優しく語りかけるセシリーの様な声じゃない。女は女だけれど、怒鳴るような声だ。


 ――というか、この声は……!


「女神!?」

「やっと起きたわねイザベル・アイアネッタ!」


 起き上がると目の前には、ドラッグストアみたいにビカビカ光るあのルミナとか言う女神がいた。


「女神!」

神級しんきゅう魔法《超すんごい女神バリアー》!」


 私の拳は、女神の間に出現した壁の様なものに阻まれる。


「クソッ!」

「はっはーん、そんなへっぽこパンチ二度もくらうもんですか!」

「片手でダメなら両手だ! 《光子拳》ダブル!」

「無駄よ無駄無駄。神様の魔法をそんなチンケな魔法で――ラッコ!?」


 女神が出した壁はパリんと割れて、私の拳が両頬にクリーンヒット。一瞬前までドヤ顔を晒していた女神は、ギュルンと綺麗に縦回転を描きながら飛んでいき、壁に激突して頭から落ちた。


「な、なんで神級魔法が破られて……、いや、その前になんでいきなり殴るのよこの凶暴ゴリラ女!」

「あ? 最初の時からムカついてたのと、さっきのドヤ顔がムカついたのと、夜中に私の部屋に勝手に入――ってここ私の部屋じゃねえ」


 どこだここ?

 いや待て、ここは初めて女神と会った時の空間か?


「今頃気がついたの? ここはあんたの精神世界よ」


 精神世界? それって……、頭の中ってことか?

 それはそれで入られるのムカつくんだが。


「何の用だ。私は別にあんたに会いたくなかったよ」

「私だって会いたかないわよ狂犬女」


 また人の事を犬呼ばわりしやがって。私は猫派だ。


「儚き人の子よ、よく聞きなさい。今日私が来たのは、あなたに世界の危機を伝えるためなのです」

「知らん。帰れ」

「ちょっとお! 最後まで聞きなさいよゴリラ!」

「まだ言いやがるか! 話が進みそうにないから殴るのやめてるのに、いい加減にしろ!」

「じゃあちゃんと聞きなさいよ! 世界の危機つってんの!」

「私には関係ないだろ! あんたが勝手にどうにかしてろ!」

「ちょっと! あんたには世界を救ってやろうとかいう気概や、世界に対する愛はないの!?」

「ない。帰れ」


 前世の私はゴミの分別もよく分からなかった女だ。燃やせば全部燃えるだろ? 正直、世界がどうとか言われてもピンと来ねえ。


 そんな事より私の身の回りには、今日食えるか食えないかのガキたちがいた。世界がどうこうのなお遊びより、目の前のどうこうを解決するのが私のポリシーだ。


「あーはいはい、わーかーりーまーしーたー。殴られちゃかなわないから私はもう帰るわよゴリラ」

「てめえ! 少なくとも女はつけなさいよ!」

「なんなのよそのこだわりは……。まあいいわ。それならお目付け役をつけるだけよ。はい解散!」


 何言って? そんなことを聞き返す前に、私の意識は深く沈んだ。



 ☆☆☆☆☆



「はあ、とんだ悪夢だった……」


 早朝五時。無事に起床。あんな悪夢を見るなんて、飲み過ぎたか? そんな私の肩をちょんちょんと叩く、柔らかい感触。


「ん? セシリーか?」

「おはようお嬢さん。それがしはオーギュスト・シュテファン・ルーベルト・ド・コバルビアス。偉大なる光の女神ルミナ様の――ベアーッ!?」


 そんな感じで偉そうに喋るを、とりあえず殴り飛ばした。

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