第19話 神の使いは綿入り

「小娘、何故殴り飛ばしたでござる!? 人が下手にでればいい気になりおって!」


 無駄に渋い声で懸命に抗議する、十五センチかそこらのピンクのクマのぬいぐるみ。あっれー? まだ酒が抜けてないのかな?


「……で、お前なんだって?」

それがしはオーギュスト・シュテファン・ルーベルト・ド・コバルビアス。偉大なる光の女神ルミナ様の使いでそうろう!」


 おーけー。とりあえずコイツの名前がクソ長いことと、あのピカピカ女神の差し金ってことはわかった。


「その女神の使いが何の用だよ?」

「偉大なる女神ルミナ様は某に命じたので候。忠実なる汝、世界の為に哀れで凶暴な狂犬を導――べあっ!?」


 なんで私がクマのぬいぐるみに導かれなくちゃならないわけよ。蹴り飛ばしたオー何とかは壁までぶっ飛んで、ぼふっとぶち当たって落ちた。


「なんで蹴った!? 小娘これぬいぐるみじゃなかったら綿じゃなくて出たでござるよ!?」

「うるさいよ。だいたいその神の使いがなんでぬいぐるみなんだ!?」

「フッ、これは配慮で候。某が真なる姿で顕現すると、非常に目立ってしまう。それゆえにこの依り代でござる。狂犬に合わせて勇猛な熊、そして女性に配慮した鮮やかなピンクのカラー。どうだ完璧で――引っ張るな握りつぶすな! 綿が! 綿が出るでござるー!!!」


 雑。発想が雑。まず女がみんなピンクを喜ぶと思うな。発想昭和か?

 そして十七にもなってクマのぬいぐるみを持ち歩いてたまるか。渋谷にならいそうだが私は騎士団員で軍人だ。


「オー何とか、私には不要だから帰れ。だいたい私猫派だし」

「そうはいかんで候! 某にも使命があるでござる!」


 無駄に侍口調なの鬱陶しいなこいつ……。


「それに某の名前は、オーギュスト・シュテファン・ルーベルト・ド・コバルビアスで候! これでも人の子向けに縮めているのだから、ちゃんと覚えるでござる!」

「長いよ。オーシュルシュル……何とかコバヤシ?」

「コバヤシって誰でござるか!?」


 帰る気なさそうだしめんどくさいな……。なんかの役に立つのか?

 そんな事を考えていたら、扉がノックされた。

 私は特に何も考えず、いつものながれで入室を許可する。


「おはようございますお嬢様……あら? あらあらまあまあ」


 入って来たセシリーの顔は、微笑ましいものを見る顔だ。その視線の先には、ピンクのクマのぬいぐるみを握りしめる私。


「ち、違う! これは違うのよセシリー」

「まあお嬢様お恥ずかしがらないで。大丈夫、可愛いぬいぐるみって手放せないものですよ……。私だって――」


 まずい。これは完璧に勘違いされた。

 セシリーの頭の中での私は意外な少女趣味があるやつだ。


 どうする?

 今すぐ窓をぶち破って放り投げるか?

 いや、それでこのオシュル……何とかが叫んだら事だ。


「うっ……、セ、セシリー、朝のランニングに行くぞ!」

「はい、お供しますお嬢様!」


 悩んだ末に私は、話題を逸らして問題を先送りにすることにした。



 ☆☆☆☆☆



「それで、どこに行くのでござるか?」

「……お前なんでついて来たんだよ? まあ部屋に残ってセシリーとなんかあっても問題だけど……」


 今日は休日。早朝ランニングの後、私は用事を済ますべくある場所へと向かっていた。そして手に抱えた木箱の上に、当然のようにちょこんと座るオシュルル何とか。


「なあオシュルルなんとかさ――」

「某はオーギュスト・シュテファン・ルーベルト・ド・コバルビアスで候!」

「あーもう長いし面倒くさいな。もうオシルコとかでいいだろ。だいたいあってる」

「甘味!?」


 こいつオシルコの意味がわかるのか。まああの女神のとこから来た奴だし、当然と言えば当然か。


「あ、着いたぞ」

「ここは……?」

「孤児院だ。シスター、いるかい? いろいろ持って来たよ」

「あら? これはアイアネッタ公爵令嬢様、いつもありがとうございます。さあどうぞ中へ、子どもたちも喜びますわ」

「イザベルで良いって、シスター」


 やって来たのは王都にある孤児院だ。

 この世界、飢えや貧困、戦災などにより、令和日本の比じゃないくらい孤児が多い。そんな孤児たちを保護している施設の一つがここだ。


「わー、イザベルお姉ちゃんだー!」

「イザベル様おはようございます!」

「ははは、元気にしてたか?」


 前世で孤児院の出だった私はそんな彼ら彼女らを見過ごせず、こうやってあれこれ物資を持ってきたり、騎士団の給金の大半を寄付したりしている。


 元々前世でもファイトマネーのほとんどは寄付していたし、この世界だと超お金持ちなんで、給金の大半を寄付しても生活に支障はない。


「ほう、六大神を祀る孤児院に寄付をするとは、女神ルミナ様も喜ばれるでござるよ。汝の善行、女神はいつも見ていて候」

「うるせえ黙ってろオシルコ。私は善行しようと思ってしてるわけじゃないよ」


 私はただ、私みたいなやつでも道が開けるって知ってほしいだけだ。親がいないからって卑屈にならずに頑張れば、必ず良い道を歩める。だって沢山いるみんなが、兄であり姉であり弟であり妹だから。


 ま、私はいろいろ派手にやりすぎて撃ち殺されたんだけどな。


「イザベル様、本当にいつもありがとうございます。あなたに六大神のご加護があらんことを……」

「あ、ああ……」


 六大神……火の神フリト、水の神エリア、風の神シュルツ、地の神ティタ、闇の神ルノワ、そして光の神ルミナだっけか? あのピカピカ女神が本当にシスターの言う所の光の女神ルミナなら、もう少しマシな世界運営をしてやれよ。


 ま、そういうこともあってあいつは信用できない。

 だから私は私の力でこいつらの助けになりたい。


「女神様はいつも見守っておられるでござる。ただ直接的な介入はできぬだけで候」


 私の心を読んだように、オシルコが真面目なトーンでそんな事を言う。こいつなりにこの現状には思うところがあるのか……。


 ――あ、そうだ!


「オシルコ、お前の女神に対する忠誠心、確かにわかったよ」

「おお、わかってくれたでござるか! ならば某一緒にこの世界の破滅を――」

「おーい、みんなー」

「え?」


 私は子どもたちを呼び集める。子どもたちは私が持って来た新しいおもちゃで遊んでいる。


「なーにー、イザベルお姉ちゃん?」

「もう一個渡すおもちゃがあったんだ。ほらよ、クマのぬいぐるみ」

「ちょ」

「わー、ありがとうお姉ちゃん!」


 満面の笑みで受け取る子どもたち。うん。私にアドバイスするよりも、よっぽど適任だ。


「こ、小娘!? いや、お嬢さん!? どうか某を置いて行かないで!」

「わあ、喋った!」

「すごいだろ? 魔法で動く最新式のおもちゃだ。名前はオシルコ、好きなだけ遊んでくれ」

「わーい! よろしくねオシルコ!」

「あの、え? 本当に? ベアーッ!?」


 よし、問題解決。神の使いっているなら、最前線で救済でもなんでもしな。

 さらばオシルコ、また会う日まで!



 ☆☆☆☆☆



「先日の戦い、見事な戦果だったと改めて述べさせてもらう」


 整列する私たちアイアネッタ隊の前で、訓示を垂れるカリナ・ケインリーハートの騎士団長殿。涼やかな声は、後ろまでよくとおる。


「そして日をおかずして悪いが、諸君らに新たな命令だ。不埒な帝国兵共が、また我が国を侵さんとしている。奴らに我らが西方王国の威光を示したまえ!」

「「「はっ!」」」


 戦い戦い戦いだ。

 私はこの世界でも戦って飯を食っていくと決めた。だから戦う。

 私の後ろで生きるあの子たちのためにも、この鉄拳を振るってみせる。

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