第13話 「空気くらいよめますけど?」

 今の俺の状態を一言でいうと――。


 おうち帰りたい!!


「こちらが私を助けてくれた方で、とっても強くて凄い人の、シンさんです!」


 推しの頼みは断れない、というか推しに頼み事をされた時点で殆ど何も考えられなくなって、あれよあれよという間に気が付いたらこの場にいる。


 さっきはわけ分からんままに大人の人と面接みたいな状況に追い込まれて、正直吐く寸前だった。

 コミュ障の引き籠もりには拷問のような時間だったぜぇ……。


 しかし、推しことココナちゃんの登場で精神に安寧が齎されたとホッとしたらお次は知らない若者に囲まれている。

 お前も若者だろ、と言われそうだけどこれはこれで胃が痛くてしかたがないのだ。だって同年代ってことは同レベルでのコミュニケーションが求められるってことじゃんそんな引き出しないよ俺。


「あの、シンさん?」

「えっ? あ、あぁ。よろしく頼む」


 思わずぼーっとしてしまったようだ。

 この場には男女含めて数人の人間がいるが、自分は目と目を合わせるのが苦手なので取りあえずどこでもないどこかに視点を合わせる。


「随分そっけないですね~」

「思ってたより、弱そう」

「その姿……何かしらの変身をしてるって聞いてたけど、案外地味だな」


 やめろぉ!

 小声でひそひそ言うなぁ!

 悪口言われてると思っちゃうだろう! あっ、もしかして実際悪口だったかな!?


 イジメられていた頃のトラウマを思い出してしまったせいで俺が黙り込んでいると、一人の青年が進み出てきた。

 つい顔をちらりと見ると、相当なイケメンだった。あ、この人苦手です。イケメンだから。


「君が噂の能力者君か。俺は東堂という、よろしく頼む」

「……あぁ」


 なんだよ、イケメン様が俺なんかになんの用事ですかね!?

 などと意味なく卑屈になってしまう。


 しかし、東堂とやらは気にすることもなく手を差し出してきた。

 握手ということだろうか?


 流石に握手を無視するのは感じ悪すぎだろうと思うので、内心嫌々ながらも手を握った。


 すると、思った以上に握力が強い。

 そんな情熱的な握手をする程に歓迎してくれているのだろうか?


「最初に言っておく。僕は、まだ君のことを信用していない」


 違った。真逆だった。

 じゃぁこの力の入れ方って――。


「なんなら、危険な存在かもしれないとすら考えている。君が一体何者で、どれほどの力を持っているのか、皆目分からない以上はね。だから、確かめさせてくれないか?」


 ――おめぇ、逃がさねーからな?


 ってことでしたか。あはは、まいったなぁちくしょう。


「た、確かめるだと?」

「そうだ。僕と戦え」

「東堂さん!? いきなり、そんなっ」


 ココナちゃんが止めに入ろうとするのを、東堂とやらは片手で制した。


「別に殺し合いをしようっていうわけじゃない。皆だって知りたいはずだ、レベル5すら倒したというシン君の実力ってやつをね」


 あぁ~……そういう話になってるわけね!

 いや実際倒してはいるんだけれどもさぁ。


 もしかして、あれか?

 これはいわゆる「新人が入ってきたから一丁シメてやるか」みたいな、運動部とかにありそうなアレなのか? まぁ運動部入ったことないから偏見だけども。


「で、でも、いきなりそんな。シンさんは――」


 ココナちゃんが更に異議を唱えようとするが、東堂は聞く耳もたんって雰囲気だ。

 っていうか、この手から伝わってくる圧力からしてこいつ俺のこと嫌いだと思う。

 イジメられていた経験から来るセンサーが告げているのだ。


 とすると、お断りはできないんだろうなぁ。


「嫌だと言ったら、どうなる?」

「どうもしないさ。ただ、僕ら力を持った人間、能力者は色々と義務を背負っている。ノブレスオブリージュってやつだ。当然、君も該当する。……それを最初から放棄する人間がその後どう思われるかは分かるだろう?」


 ほら、実質断らせる気ないもんねこれ!


 ――って、マズい。


 ここにきて、ココナちゃんの表情が変わった気がする。

 困ったようなオロオロした感じだったのが、ピリッとした不穏な気配へと変化したのだ。

 東堂の言い草を聞いて、本気で止めにかかるつもりなのかもしれない。


 けれど、それは多分マズい。

 周りの人らの雰囲気からして、俺は実際に疑われている。

 正体隠してやってきた新人を疑うのは当然っちゃ当然だしな。


 ここで下手にココナちゃんが強引に止めに入ると、彼女がこのメンバーの中で今後浮いてしまう可能性もある。


「分かった、やろう」

「シンさん!?」


 だから、ここは素直に受けておくことにした。


「い、いいんですか?」

「あぁ」


 本当は問題ないわけないけどな!

 人間と戦ったことなんかねーし!


 でも、推しに迷惑をかけるわけにはいかん。


 ファンの質は推しの評価にも関わる問題。

 俺は、ココナちゃんが恥ずかしい思いをしなくていい良質なファンを目指さなくてはならないんだっ。


 ひとまず、この場では「空気くらい読めますけど?」ってところを見せてやるぜ!




 建物の外、校庭のような場所に出る。

 というか、この敷地は元学校らしいのでまんま校庭だろう。


 そのど真ん中で、俺と東堂は向かい合った。

 校庭の外周ではココナちゃんを含む能力者たちがこちらを観戦している。


「お互いに致命傷を与えるような行為は禁止。それでいいね?」

「あぁ」


 当然だろう。怪我を治せる能力者とかもいるそうだけど、即死はどうにもならないだろうし。


 ……いやちょっと待て!? 逆にいうと致命傷にならなかったらなんでもオッケーってこと!?


「変身!!」


 タンマ!


 と、俺が言う暇もなく、東堂の身体が光に包まれた。


 あれは……なんつーか、あれだ。

 スーツ系のヒーローつーか、なんちゃらライダーつーか、そういう感じのアレにそっくりな見た目。

 あれが東堂の異能なのだろうか? 思った以上にストレートな変身だな。


 魔法少女の次は変身ヒーローかい!


 などと俺が呆気に取られている間に、東堂はその場でジャンプをした。


「うぉ」


 助走もないのに、十メートル近く跳んでいる。

 俺の心の奥に住む男の子ゴコロが「カッコイイ!」とはしゃいでしまう。


「いくぞ!」


 上空でまるでそこに壁が存在するかのように虚空を蹴り、急降下してくる東堂。

 蹴りを入れてくるつもりなのは体勢から見て明らか。

 まるで砲弾のような勢いだ。

 が、今の俺からするとそんなに凄い速度って風には思えない。


「よっ」


 軽くバックステップすると、俺を狙った蹴りが地面に突き刺さった。


 校庭全てを振動させるような衝撃と、爆音。

 土砂が舞い上がる暇すらなく消し飛んだ。


 ……ねぇこれ、本当に致命傷避けてた?

 普通の人なら絶対確実保証付きで死んでたと思うんだけども。


「ほぅ、避けるか。流石だな。しかしっ」


 東堂が地面を蹴る。

 こちらに一足で踏み込んできた。


「今のは挨拶代わりのテレフォンパンチみたいなものだ!」


 こっちに殴りかかりつつ叫ぶ東堂。


 いや、蹴りだったけど!?


 って叫んだら、きっとキレられるんだろうなぁ。

 それくらいの空気は、俺にだって読めるんだからな!


 ジャブ、ジャブ、ストレート!


 ってな感じで、東堂の鋭い突きが放たれる。空振りした時の衝撃音からして音速越えてそうだ。

 でもまぁ正直、俺にはどう間違っても当たらない速度だけど。


「――全て躱すか。なるほど、レベル5を倒したという話もあながち嘘ではないようだ」

「もう実力は分かったんじゃないのか? だったら」

「いいや、まだだ。この程度ではなっ」


 まだやるんかい!


「シン君。君は、何故最近まで戦いもせずに隠れていたっ?」


 止まることなく攻撃を仕掛けながらも話しかけてくる東堂。

 攻撃は全く問題ないが、質問は大変問題だ。コミュ障的に。


「え? えっと、隠れてたわけじゃ。その」

「これだけの力を持ちながら、何故見て見ぬふりをしていたっ?」

「いや、だから、最近まで俺には無関係の世界だったっていうか」

「無関係だと? そうか、やはり君はそういう男かっ」


 人の話は最後まで聞けよぉぉもおおぉ!!

 やっぱり攻撃より会話が問題だよあーもうっ。


 俺の心の声が通じたのか、東堂は攻撃をピタッとやめた。


「……いくら力があっても、そんな程度の志しかない人間を僕は認めない」


 違った。攻撃やんでも口撃が終わってない。


 でも別に認められたくないです。

 ココナちゃんになら認められたいけど。


「これで見極めてやる! セット!」


 東堂が叫ぶと、ヤツの変身した身体全体が光を放った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る