第14話 決着と後悔

「セット!」


 東堂の体を覆う全身鎧のような変身フォーム。その関節の隙間から強烈な光が漏れる。

 東堂の姿は対面して立っているシン――心弥の目には最早シルエットにしか見えない。


「おいおい、東堂の奴やり過ぎじゃ……」

「殺してしまうつもりでしょうか~?」


 広場の外から観戦していたココナを含む他の異能者達がざわつく。

 どうやら、これから東堂が放とうとしているのは必殺の技であるらしかった。


「あなたが連れてきた人、ヤバそうだけど?」


 ココナよりも背の低い少女が、無表情のままにココナに問いかける。

 しかし、彼女は特に動揺などはしていない様子だった。


「大丈夫です。シンさんは強いですから、とても」


 ココナの視線は真っ直ぐに心弥を捉えている。

 ただし、その拳は強く握りしめられてはいたが。


「あ、そ」


 少女は呟いて、ココナから目をそらした。

 決着が近いからだ。


「いくぞっ!!」


 叫んだ東堂のベルトから、光の渦のようなモノが発生した。

 渦に飲み込まれた心弥はその意味をすぐに悟る。


(これは、あぁ、動きを封じる的なやつか)


 心弥の感覚でいうと、水中で体を動かす時の抵抗感――の、数十分の一くらいな感じの動きにくさを感じるのだ。


(多分、決め技みたいなのする前段階なんだろーなー。え? じゃぁもうここでマイッタしとけばよくない? そうしたら流石にあいつもぶっ放しては……)


 そこまで考えてから、ふと観戦している異能者達に視線がいく心弥。

 ココナが、真っ直ぐに心弥を見ている。

 彼は思った。


 これは、かっこつけるかっこうのチャンスなのでは?


 マイリマシタと言う為に開こうとしていた口から違うセリフが漏れる。


「さぁ、来てみろ」


 挑発である。

 ニヤッと笑いながらの挑発。それはもう完璧なまでに煽りちらかしている。


「後悔するなよッ」


 東堂が、ギャリリっと地面を踏みしめながら構える。(当然だが)かなりイラッときている様子だ。

 対する心弥は余裕の笑みを崩さず――。


(やっべぇ~! 調子乗ったぁああ! これじゃ攻撃を凌いでもこの後の人間関係で詰むじゃねぇかチクショウがあああ!!)


 ――心の中だけで後悔して絶叫中だ。


 どうやら自分は推しの前だと色々な意味で冷静な判断力を失うらしい、と心弥は脳内の片隅で思った。

 因みに、心弥の服の中に隠れているシノも「調子乗りすぎなんだってば、もう馬鹿なんだから」と内心呆れていたりする。


「はぁああっ!!」


 雄叫びと共に東堂は地面を蹴り、空高く舞い上がる。

 開幕の蹴りの時よりも更に高く。何よりあの時とは違い、全身が輝いている。

 もう一つの太陽と化した仮面のヒーローは、中空で一回転を決めると何も無い空間を思い切り蹴って加速した。


 超スピードで蹴り込んでくる東堂。


(やっぱりな。最初と同じ、真っ直ぐに突っ込んでくる感じの蹴りか)


 しかし、心弥に取ってみれば少年野球のバックホームよりも遅い蹴りにすぎない。

 そこで、彼はココナに格好いいところを見せるべく『かっこよく』防いで見せることにした。


 どうせ当たっても効かないだろうし普通に避けとけばいいものを、わざわざ命中するギリギリまで待ってから東堂の拘束を無理矢理解き、同じく蹴りを返して相手の蹴りを相殺する! というプランを立てたのだ。


 プラン通り、光の渦の拘束を力技で解く心弥。

 丁度ソコに蹴り込んできた東堂。


「トドメだぁああ!!」


 東堂の蹴りは、心弥にヒットする直前で変化した。

 支えのない空中でも彼は自在に軌道を変えられるらしく、寸前に猛烈な横回転を加えた回し蹴りを放ったのだ。


 光の尾が走る。


 今までこれを食らった魔物は例外なく、首を飛ばされるか頭をスイカ割りのスイカのように潰されてきた。

 最初に言っていた「命に関わる行為は禁止」とはなんだったのか? と、心弥が思う暇もない程の急変化技である。


 心弥は圧倒的な力を得た影響か、東堂の動きの変化も全て見えていた。

 見えてはいたが、彼は格闘技どころかスポーツも禄にしたことがない男なのである。目では見えていても体の動きは簡単には変更できない。


 結果として。


「あ」

「ごはッ!!!?」


 心弥が蹴りを相殺しようとして体を動かしていたせいで二人の体は変な形で激突し、東堂だけが交通事故でダンプかなにかに跳ね飛ばされた子供のように吹っ飛んだ。


「ご、ごめっ! マジごめん!?」


 思わずガチ謝罪が飛び出るレベルの飛び方である。

 死んじゃったかも? という思いが心弥の脳内によぎり顔が青ざめていく。

 この場合は事故みたいなものとはいえ、この歳で殺人なんて重荷を背負いたくはないのだ。


 吹っ飛んだ東堂に駆け寄ると、装着していた鎧のようなものは全身粉々に砕け、鼻血を流してぶっ倒れている。


「ぎ……さまぁ……」


 呪詛のようなものを放ったのち、ガクっと意識を喪失する東堂。


「よ、良かった。死んではないみたいだ」


 ホッと胸をなで下ろす心弥。

 そこそこなダメージはありそうだが、動いた心弥の体に当たっただけで攻撃を受けたわけではないのだから当然といえば当然ではある。


「あいつ、東堂を一撃で……。どうやら、レベル5をヤッたっていうのはマジらしいな」

「強いですね~。少なくとも力は」

「怖い」


 観戦していた異能者達が口々に戦いの感想を述べていく。

 感想というより、思わず漏れた声……というのが近いかもしれない。それほどに圧倒的な光景だった。

 実力者として一目置かれていた東堂が、完全にコケにされた挙句に一発で沈められたのだから、無理もない。


 ただ一人、ココナだけが満足そうに頷いていた。


「やっぱり、シンさんは凄いですっ……強いし、東堂さんと違って手加減もちゃんとしてる」


 凄いかどうかはともかく手加減は完全に勘違いなのだが、とにかくココナの目にはそう映っていたらしい。


(これから一緒に頑張りましょうね、シンさん)


 などと、ココナが熱い視線を送っていることにも気が付かず、ぶっ倒れた東堂へと救護が駆けつけるのをぼ~っと見ているしかできない心弥は。


(これは、あれだな……もう正義の使徒やめよっかな)


 来て初日から心が折れかけていたりした。

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