第12話 正義の思惑

「初めまして。私はここでは主任なんて呼ばれてるけど、まぁ役職っていうかあだ名みないなものだと思ってくれていいわ」


 九条の隣に座ったのは、二十代前半くらいの年齢に見える女性だ。

 容姿はかなり整っており、九条と違ってカジュアルな服装をしている。


 新たに登場した相手に対して、シンは軽く会釈をするだけに反応をとどめた。


「今日は呼び出してしまってごめんなさい。実は私も普段はこの町にいないのだけどね。最近は色々とややこしい事態が発生しているし、そこで君のことを聞いて駆けつけてきたというわけなの。君に興味を持っているということね」


 シンは目立った反応を見せなかったが、主任と呼ばれた女性は特に気にすることもなく隣の九条に話しかける。


「今ってどれくらい話しが進んでるのかしら?」

「い、いえ、特にまだ具体的な話しは……」


 九条がパニクっていたので、実はまだなんの話もしていない。

 主任はこの部屋の様子をモニターしていたので知っているはずだが、シンの前なので一応確認したのだろうと思われた。


「そ。じゃあ私が話すわ。シン君、だよね。私たち正義の使徒って言うのは、要するに異能者……君たちみたいな存在を保護する団体っていったらいいかしら。力を持った人をそのまま放置しちゃうのは、本人も周りも危ないからね。分かるでしょ?」


 シンは主任の言葉に頷いた。

 説明された内容は至極まともなものであり、納得のいくものだったからだ。


「それともう一つ。この世界には魔物、怪物が現れて暴れるって現象がおこる。それを利用して悪いことをしようとする人たちもいる。対抗できるのは、異能者だけ。だから、ウチの組織の中で戦ってくれる人を募って対応にあたってるの。ココナって子を助けてくれたなら、それももう知ってるかしらね?」

「あぁ」


 この説明には、シンはしっかりと言葉を返した。


「彼女は、その、重要な人材になりうるだろう……世界にとってもな」


 ただし、突然出てきた綺麗なお姉さん相手に『ココナちゃん尊くて可愛すぎ世界の至宝だよね』などとははっきり言えず、アホみたいな翻訳を噛ました為に全く違った意味のことを口走った。


 彼なりに、ココナを手伝うために自分がここに来たことを主張しているつもりなのだ。これでも。


「……へぇ? そっかそっか。じゃぁ、是非シン君にも協力してほしいわ。あの子も君に助けられなかったら危険だったわけだし、うちも結構人手不足なのよ。難しいことは言わないし、聞かないから。例えば君の服の中に隠れている誰かさんのこととか、ね」


 主任の鋭い視線がシンへと突きつけられる。


 シンは何も答えなかったが、彼の服の背中の方から可愛らしい声が響いた。


「なんだ。バレてたのなら、早く言ってよ」


 シンの服の中から小さな少女がするりと出てきた。

 彼の服はシノの幻術により外套を纏うような特殊な形態なので、簡単に隠れることができたのだろう。


「隠れている理由によっては、聞いたことでややこしいことになるかもしれないでしょう? でも、そういう感じじゃなさそうだったからね」

「ん~。まぁ、そんな深い意味があって隠れてたわけじゃないよ」

「ならよかったわ。お名前は?」

「シノだよ」

「……そう。シノさん。いい名前だわ」


 主任の目が、すっと細められる。


「シノさんの事についても、今は何も聞かない。藪をつついて蛇なんて出したくないし、ね?」

「それ、この世界の諺だよね? なんか私を危ないもの扱いしてる?」

「さぁ、どうかしら」


 クスクスと微笑む主任。


 なにかしら意味深なやり取りが行われているのは察しているのだが、なんでそんなことになっているか分からないシンはそれらを取りあえずスルーした。

 難しいことは考えないようにするのが彼の主義なのだ。


「とにかく、正義の使徒はその名の通り正義を成す為の団体よ。それ以上でもそれ以下でもない。あなた程の実力の持ち主がその力を使わないのは、一種の罪だと私は思っている。だから、お願い」


 主任は、シンに向かって頭を下げた。


「あなた自身の正義の為にも、力を貸してほしい」


 隣の九条も空気を読んで頭を下げる。


 対するシンは、二人が頭を下げて見えないのをいいことにすげぇ嫌そうな顔をしていた。


(うわぁ、苦手なタイプだなぁ。しかもなんか、うさんくせぇ)


 彼はひねくれ者なのである。

 だが。


「分かった。協力しよう」


 シンは申し出を受けた。


 少なくともココナは実際に正義をその身で証明してみせたのだ。

 シンは『ココナの為に戦うのが自分の正義』という割と偏った理屈で主任の申し出を受けたのである。


 案外あっさりと協力を許諾したシンに対し、九条は内心で安堵のため息をついた。


 主任は微笑みながら、シンに向かって手を差し出す。


「ありがとう、シン君。これから、よろしくね」


 シンは少しの間差し出された手をじっと見た後、ゆっくりとその手を握った。







 シンは、部屋に呼び戻されたココナに案内されて、他の異能者たちとの顔合わせの為に退室していった。


 室内には九条と主任の二人だけが残っている。


「……よかったんですか?」


 九条の主題がはっきりしない質問に、主任は軽く応じる。


「いいんじゃない。何か問題があったかしら?」


 九条は舌打ちをしたい衝動を抑えつつ、更に質問を重ねた。


「あまりに危険では? 結局、相手の能力も正体も不明なままです。それに、あの異世界の……神といったらいいんですかね? あれの目的も分からないときている。もしかしたら我々に対してなんらかの攻撃のために――」

「あの子、随分可愛い神様だったわねー」


 また、クスクスと主任は笑う。


「あの少年の力、異能ではないのかもしれないわ」

「な、何故です?」

「今回連れてきた連中がこの距離で全く感知できないなんて異常なことよ。でも異能ではない、全く体系の違う能力なら、ありえる」

「それは、つまり?」

「魔法、とかね」

「……!」


 魔法。

 異世界の住人が使う、魔力を使った技能を主に魔術などと呼ぶ。が、魔法は更に格上かつ正体がはっきりしない力だ。


 人類が確認できている魔法を使う存在とは、異世界の大精霊や神、ドラゴンなどと呼ばれる相手である。


 シノから僅かに漏れ出していた魔法の力を感知した際、神の類いだと推察したのは人類側にもそういった存在との接触があったからだ。


「アメリカだっけ? ドラゴンが大暴れして、町が一つ消し飛んだのって」

「はい。異世界との融合後、すぐの事件ですね。その後、核兵器の使用により異世界側の国も一つ、消えました。他の国でも色々とありましたが、魔法を使うような存在が介入した事例はごく僅かです」


 異世界との衝突と融合。

 その際に起こった混乱と破壊。


 あれから、世界はあちこちで分断され。

 情報は一部で独占、秘匿されるようになった。


 日本では異世界との融合――正義の使徒では『汚染』と呼んでいる――があまり派手におこらなかった為に、一部の国で発生したような破滅的な事態は免れている。


 ただし、全国がそのまま日常の形を保っているわけでもないが。


「魔法、魔法ねー。あの少年、もしかしたら、あの異界の精霊だか神様だかに魔法の力でも与えられているのかもしれないわね。感知できないくらい特殊なやつを」

「それは……!? では、やはり危険性が」

「勿論危険に決まってるわ。でも、我々にも魔法への対処法くらいある。それに今の世界は黙っていたって危険なのよ。だったら、使えるかもしれないものは使うわ」


 主任の表情から微笑みは消えていない。なのに、九条はひどく冷たい印象を受けて身震いをしそうになった。


 目の前にいる女性の本質は、ただの気安い上司などではない。

 ともすれば、目的の為なら手段を問わない相手なのだ。


「私たちは正義をなすために存在している。世界を守る。人類を守る。この世界を、人間の手に取り戻すため。なら、あの少年も人間である以上、私たちに協力するべきだわ。そうでしょう?」

「……はい」


 主任は、監視カメラに映し出されたシンの映像を見ながら笑う。


「あなたにはあなたの目的があるようだけど……ふふふっ。まずは、お手並み拝見させてもらおうかしら。ね、シン君?」


 因みにその時、自分がとんでもない深淵な目的を持ったやべぇ存在であると勘違いされているとも知らず、シンは知らない人が大勢いる空間にただ怯えていたりした。

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