第5話 「推し、見つけちゃった?」

「はあああぁぁっ!!」


 連打。連打につぐ連打。


 俺も体格が良い方じゃないけど、あの子も華奢な体格だ。

 だというのに、三メートルを超えてそうな巨体をボッコボコにしている。


 鬼は防御に精一杯って状態で、このままいけばあの子の勝ちは……。


「む、歪みが消えない。まだ来るよ!」

「へ?」


 シノがまた何かを感知したらしい。

 今まで彼女が来ると言ったらそれは当たった。ってことは。


『ギャァアア!!』

「ココナ! 上じゃ!」

「ッ!?」


 鬼と戦っていた少女――ココナさんだっけか――の頭上に巨大な鳥? が急襲してきたっ。

 いや、あれは鳥じゃなくてグリフォンってやつじゃないのか? 


 鬼とグリフォンって、和風なのか洋風なのかハッキリしろよ!


「ふっ!」


 彼女は、頭上から襲いかかるグリフォンをそのまま真上に蹴り飛ばした。


『グギャッ!?』


 上空に吹き飛ぶグリフォン。

 しかし、その行動は隙になってしまった。


 今度は鬼が彼女を殴り飛ばす。


「ぐッ!?」


 少女の小さな体が容赦なく吹っ飛んだ。


 地面に投げ出された後、ゴロゴロと転がり泥だらけになりながらもすぐに立ち上がる。


「ココナ! あっちの飛ぶ奴も強いぞっ。あれも結界を破壊しかねない魔力を秘めておるっ」

「――させない!!」


 キッ、と険しい表情を見せて少女が地面を蹴った。


 そのスピードは、以前に動画で見たことがある自衛隊の演習で撃っていたミサイルとか、そういう現代兵器に匹敵しそうなほどだ。


 猛烈な勢いをそのままに、思い切り鬼を殴り飛ばす。


 鬼を殴った隙をついてグリフォンが爪で襲いかかるが、彼女はその爪を逆に掴んだ。

 そして、信じがたいことに自分の何倍もありそうな巨体を振り回し、先ほど吹き飛んだ鬼に向かって投げつけた!?


「す、すげえぇー!? 今の見たかシノ! 凄過ぎないっ!?」

「うん。あの異能者、結構やるねぇ」


 魔物同士衝突して動けなくなっている、その直線上に彼女が仁王立ちになる。


「決めるんじゃココナっ」

「うん!」


 彼女の体が激しく発光し始めた!?


 まるで太陽のような暖かさを感じる強烈な光。なのに、不思議と眩しさを感じることなく彼女の輝く体が見える。


 腕の中に光は凝縮され――。


「ストナーハート・スプラッシュ!!」


 ――魔物たちに向かって解き放たれた。


 一直線に光の塊が飛び、魔物を包み込む。


『――――――――!!!?』


 魔物の鳴声とも叫び声ともつかない断末魔が響き渡り。


 後には、何も残っていなかった。


「はぁっはぁっ…………ふぅ」


 少女が、小さく息をついたのが見える。


「あの子が勝った、のか?」


 す、凄まじい物を、見た。


 最初はコスプレ少女が出てきてどうなるのかと思ったけど、とんでもないガチバトルじゃないか。

 こんなことが、俺の住んでいる町で日夜行われていたっていうのか?


「なぁ、まさかシノが俺にさせたかったのって」

「まだ、来るよ」


 ――なんだって?


「昨日突然出現した巨大な力がこの土地付近の魔力バランスを大きく崩したせいで、歪みの集まり方が尋常じゃないみたいだね。歪みが歪みを呼んで、次のが、一番大きい」


 シノの口調からは大した危機感のようなものは感じ取れないが、言ってる内容は随分破滅的なものじゃないか?


 さっきの二体だけでも人外魔境の戦いを見せつけられた気分だったというのに、もっと強いのが来るだと?


「コ、ココナ! まずいぞ、更に巨大な魔力を感じる。先ほど以上じゃっ」

「――ッ!? わ、私、もう力が……」


 彼女は明らかに消耗している。

 体中擦り傷だらけだし、肩で息をしているような状態だ。


「援軍は間に合わなんだか……。仕方ない、退くのじゃココナ!」

「そんなっ、ここにいる人たちは!?」

「やむを得ん!! お主が死ぬことになるんじゃぞ!? そうしたら次はもっと沢山死ぬ! ここは一旦逃げるしかなかろうっ」


 なんか、撤退する話しをしているようだ。


 そりゃそうだろうな。

 消耗した状態では、さっきの二体よりも強いという敵には恐らく勝てまい。


 少女の前では、暗い光のようなモノが集ってナニカが産み落とされる寸前なのが見て取れる。


「現実相手じゃ、やっぱヒーローもやりにくいよなぁ」


 この世界に対する諦め、いや愚痴だろうか?


 こんな、魔物だの変身ヒロインだのが暴れ回っている異常な世界になっても、現実は所詮現実。

 彼女が勝てないのは現実の成り行きでどうしようもない。


 この場にいる人たちは、現実的に言えば運が無かったということなのだろう。


 あんな怪物たちに襲われるなど、日常を生きててそんなの想定するわけもない。

 でも、地震や台風に見舞われるとか、車に轢かれるだとか、病気になってしまうだとか。

 人生では当り前に、突然に、誰にも訪れるのが当り前なんだと思う……日常が失われる瞬間なんていうものは。


「シノ、俺らも早く――」


 逃げよう。そう言いかけたところで。


「逃げないよ」


 少女の声が聞こえた。


「私は、この町を」


 暗い光が固まって、まんま人間大の悪魔のような姿が現れる。

 本能的に恐れを感じるような、そんな姿。


 それでも、彼女は仁王立ちに立ったまま。


「皆を……絶対に守るんです!!」


 叫んだ。


「マジかよ」


 思わず口から漏れてしまった。

 漏れたのは感嘆の声、だったのだと思う。


 だって、彼女は恐らくここで死ぬのだ。

 それでも自分のよく知りもしない他人を守る為に戦うと言っている。


 そんな中身まで『ヒーロー』みたいな人間って、本当にいるんだなぁ。

 ……などと、なんだか不思議な気持ちが自分の中で生まれるのが分かった。


 多分、この気持ちって。


「この人たちに、手出しはさせませんっ!」


 少女――ココナさんの全霊の叫びに呼応したかのように、悪魔は動いた。


 そこらに居る通行人に向かってゆっくりと歩いて行く。

 ココナさんが悪魔の前に立ち塞がって、殴りかかる。


 その拳はしかしあっさりと防がれ、捕まれ、振り回され、地面に叩きつけられた。


 衝撃で地面が簡単に割れ、紙のようにめくれあがる。


「かはッ!?」

「ここなぁっ!!」


 血を吐いて倒れ伏したココナさんを少しの間だけ眺めると、興味を失ったのか悪魔は彼女の腕をポイと放した。


 そしてまた、その場で動かないでいる人々の方に歩いていく。


「まち……なさぃ……」


 ココナさんが、悪魔の足に縋り付くようにしてタックルをする。


 悪魔は表情のない顔を不思議そうに歪めて、予備動作なしに拳を振り落とした。


「あッ!?」


 少女の体が地面にめり込む。

 その体を悪魔は蹴り飛ばした。


 声も出せずに遠くまで吹き飛ぶココナさん。

 彼女に向かって、悪魔はゆっくりと歩いて行く。


 まるで楽しんでいるかのようだ。

 勝利を確信し、余裕たっぷりなこの状況を。


「――なぁシノ。聞きたいことが、二つある」

「なんだい? 心弥」


 俺の声とは対照的にシノの声は落ち着いている。

 危機感などは全く感じていないようだ。


 その理由は、恐らく。


「シノは、俺があの悪魔より強いって思ってるよな?」

「思ってるよ。だって、アレは昨日のハエより弱いもん。心弥の力は規格外過ぎてウチにはちゃんとは感知できないけど、あんなのに負けるわけないよ!」


 やっぱり。シノは俺が昨日のハエを倒したと思っている。


 なら今は、俺もそれを信じることにした。


「もう一つ。俺もあの子みたいに変身とかできるか? 見た目を変えるだけでもさ」

「心弥は力のコントロールが出来てないみたいだし、意図的に変身とかするのは無理じゃないかな? 見た目だけ変える、ようは変装でいいならウチの力でやってあげてもいいけど」

「お、じゃぁそれ頼むわ。できれば、格好いい感じで」


 シノは、俺の頭から降りて正面にくると穏やかに微笑んだ。


「戦いに、行くんだね?」


 頷く。


「そっか。黙って連れ出したから心苦しかったけど、やっぱりこの戦いを見せてよかった。心弥、世界は君を待っているよ」


 んん? 世界?


「何言ってんだお前?」

「え?」


 世界って、まだそんなことを言ってんのかよ。


「あ、あれ? 世界を救う為に戦うんじゃないのっ?」

「いやいやいや、違うって。俺はな、あの子を見ていて思ったんだ」


 そう。あの子の熱い心意気、誰かを守りたいという純真、泥にまみれた横顔……そしてめっちゃ美少女だった。


 あの子を見ていると湧き上がってくる、この気持ちは。


「――本当の意味で、推しを応援したいって気持ち。こういうのだったんだなって」

「…………はぁっ!?」


 今までも、好きなアイドルとかはいたさ。

『推し』を応援するって気持ちはあった。


 でも、どこか本気じゃなかったんだって、今まさに気が付いたんだ。


 そうだ。俺は今、ココナちゃんを、推したい!

 全身全霊で、応援したい!!


「全力で、彼女を推したいんだ。実際ココナちゃん、世界救えるレベルに尊いと思わねぇ?」

「ちょ、ちょっと、まさか、ただ可愛い子を助けたいから戦いに行く気なの!? 世界のためじゃなくて!?」


 何言ってんだこのミニサイズは?


 中身も素晴らしいことが確定している美少女が目の前で困っていたら、そりゃ多少リスキーでも助けに行くだろそりゃ。

 でも、世界の為に戦うとかスケール大きすぎて全くピンとこないって。


「そうだよ、推しの役に立てたら本望だろ。だからほら、早く変身頼むわ」

「~~~っ! もうっ! いいよ分かったよ! 取りあえず戦ってくれるだけで今回はよしとするよ! はいっ!」


 シノのかけ声と共に体が淡い光に包まれたような感じがした。

 どうやら変身終了のようだ。


 どんな格好になっているのか鏡もないので確かめようもないが、正体がバレないんならなんでもいいとしよう。

 正体バレるとまたシノみたいのに絡まれるかもだし、ココナちゃんの前で素顔でなんかするのは恥ずかしすぎてトチ狂いかねないからな。


「えーっと、後ろから一発殴れれば……ワンチャン!」


 一度呼吸を整えてから、悪魔の後頭部に狙いを定める。


 思いっきり走っていって、ぶん殴る!!


 そのつもりで、地面を蹴った。


「――――ッ」


 あ、あれ?


「あ、あの、あなた、は?」


 ボロボロで壁にめり込んでいるココナちゃんと、至近距離で目が合った。


「えっ? あのっ、いやっ」


 あれぇ!?

 振り向くと、悪魔を追い越してしまっている!?


 なんだ今のっ?

 俺が動いたのか? マジでっ?


「ちょ、タンマ!」

「は、はぃ?」


 いかん!

 パニック!


 いきなり美少女が目の前にいたら、しかも今さっき『推し』認定した子が目の前に突然現れたらそらパニックよ! いや俺が現れた側なんだっけ? いやいやそんなことはどうでもよくて……。


「ッ! に、にげて!!」


 ココナちゃんの顔が悲痛に歪む。


 後ろと振り向くと、悪魔が俺に向かって手刀を振り上げていた。


 あ、死んだ。


「ひっ!?」


 思わず両腕で顔を覆おう。


 次の瞬間、頭から体全体を突き抜けるような衝撃が襲った。

 体が、縦に二つに分かれた……みたいなイメージ。


 それと共に、こう、あれだ、昔懐かしいお笑いの光景が思い浮かんだ。

 これは、そう――。


 ――ハリセンで、頭を叩かれたくらいの痛さ?


「あ、あれ?」


 悪魔と俺が、お互いに首を捻りながら向かいあう。


「えっと~、おらぁっ!」


 取りあえず顔面狙ってパンチ!


 緊張のあまり完全な手打ちというか、猫パンチみたくなってしまった気がする。


 だが、その一発で。


「あ」


 悪魔の頭は消し飛んで、直後に体もサラサラと崩れていった。


「ええぇ……?」


 よ、弱い。


 なんだ、これは。


「あ、なた……は、うっ……」

「っ!? ココナちゃ、さん!」


 あぶない。うっかりココナちゃん、とか呼びそうになった。

 いきなり距離感が近すぎるファンはどうかと思うしなっ。


 やっぱ、ストーカーとかみたいになったらダメだろう。

 ファンだからこそ、適度な距離感を保つべし!!


 って違うそれどころじゃねぇ!


「だ、大丈夫ですかっ?」

「みんな……守って、くれて……あ……り……」


 それだけ告げて、意識を失ってしまうココナちゃん。


 どどどどうしよう!?

 救急車、救急車なのか!?


「ココナ! 待っておれ、もうすぐ救援がくる!」


 俺がパニクっていると、後ろからミミとかいう妖精がココナちゃんの元へやってきた。


 ココナちゃんの体を触り、頷いている。


「……うむ、無事じゃな。お主、礼を言うぞ」


ふ、ふぅ、ココナちゃん相手では動揺していたが、この謎の動物モドキ相手ならそこまでではないな。ちょっとパニックが落ち着いたぞ。


「れ、礼など不要。それより彼女に伝えてくれ。無理はするなと」

「な、なぬ?」


 このミミとかいうのは、言ってしまえばココナちゃんのマネージャーみたいなもんだだろう。或いはプロデューサーかもしれないが。

 とにかく、そういう人が出てきたら引き下がるのがファンの嗜みではなかろうか?


 というわけで、今はとっとと去ろう。


「では。あ、次も応援してます! ……と伝えるがいいっ」

「ちょっ。こらっお主! 名を――」


 全力でダッシュ。

 したら、いつの間にか誰もいない空中にいた。


 まて、これも俺が跳んだのか?


「お、俺に凄い力があるって、本当だったんだなぁ……」


 いや、そんなことよりも。


 至近距離のココナちゃん、マジくそ可愛すぎて死ぬかと思った。

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