第6話 正体不明

 異能者管理組織『正義の使徒』。

 その陳腐ともとれるほどストレートな名称の評判はともかく、実体はかなりの巨大組織である。


 名前がそんな風になった理由は、異能者には歳が若い者も多くいるため分かりやすいものが選ばれた、らしい。

 つまり、正義の名の下に異能者が活動する集団ですよ。というのを端的に表した名称というわけだ。


 その正義の使徒の支部の一つにて現在、緊急の集会が行われていた。


 とあるビルの『魔物対策室』という名札のついた一室、そこに集っているのはこの辺り一帯で活動している異能者たちだ。

 組織の名前を意識するのならば、正義のヒーローたち、というべきなのかもしれない。


「――と、いうわけで、この町を担当しているココナ君だけでは、最早手に負えない事態になってしまっている。その為、普段は他地区で活動している異能者もこの町に招集させてもらったわけだ」


 一人だけ立って説明を行っているのは、このあたり一帯の現場指揮官を担当している九条という男である。


 現場指揮官といっても実際のところは体の良いクッション材のような存在で、名前ほどの威厳や権限は実のところない。

 感知班や結界班など、本部が直接管理している部署からの報告をうけ、担当地域の現場担当をしている各異能者に指令をだす。ようは中間管理職だった。


 今は、この町を含んだ地域で起こっている『原因不明の高レベル魔物大量出現』という異常事態についての顛末を説明する仕事の最中というわけだ。


 九条が話す前には、年の若そうな男女が数人座っている。


「この町で強い魔物が沢山出現するようになって手に負えない。というのは分かりました。しかし、この地区の担当者が負けたっていうのはどういうことです?」


 その中の一人、十代後半くらいの男が疑問の声を上げた。

 よく鍛えていそうな引き締まった体つきをしていて、精悍で鋭い目つきが印象的な青年だ。


「そのままの意味だ、東堂君。レベル4の魔物二体と、レベル5相当の魔物が一体、ほぼ同時に出現した。ココナ君が現場に向かい二体までは倒したが、レベル5の魔物に敗北した」


 室内がざわつく。


 なにしろレベル4の魔物と二体同時に戦闘など、この組織でも殆ど前例がない。

 挙句レベル5も同時となれば間違いなく初の事態だろう。


 レベル5の魔物とは、出現すれば一つの町がまるまる壊滅してもおかしくないとさえれるほどの驚異として想定されていたはずなのだから。


「だったら、なぜ本人がここに? その状況で敗北した後に生還できるとは思えない。まさか、逃亡したと?」


 東堂は、ジロリと視線を逸らす。

 その先にはピンクの髪色が目を引く少女が座っていた。

 まだ十代前半くらいの年齢で、幼さを残しつつもかなり整った顔立ちをしている。


 この町を守る異能者、ココナだ。


 彼女は、この場でも変身後の姿で参加していた。

 他の異能者に素顔を隠したければ、こうして変身状態でこの場にいることは許されている。


「違う。ココナ君は意識がないところを救護班が回収し、回復系の異能者の治療を受けたのだ。だから無事だっただけで、かなりダメージをうけた状態だった。助かったのは別の理由だ」

「助けてもらった、からです」


 九条の言葉を継ぐようにして、ココナは口を開いた。


「もう駄目だって思った時に、突然目の前に現れて一発で魔物を倒してくれた人がいて」

「一撃、だと? レベル5を?」

「それは流石に、何かの間違いではー? その後にあなたは意識を失ってしまったんでしょう? 朦朧としていたとか~」

「信じられない」


 ココナの発言に、周りの異能者が騒ぎ始める。


 この場の誰もレベル5の魔物と戦った経験などはない。

 だが、レベル5を一発で倒せる異能者がいるというのが信じがたい話しであることは共通しているようだ。


「あー、落ち着くんだ皆。ココナ君のパートナーである妖精のミミ君も現場は目撃している。レベル5を討伐した者がいたという事実に関しては、ほぼ間違いないと思っていい」


 九条が場を納める為に補足した。

 ミミはココナの異能の一部といってもいい存在ではあるが、意識は別個に存在している為にその証言には一定の価値が認められている。


「だったら、その人物もここに呼ぶべきでは? 間違いなく強力な戦力になるし、そんな存在を放っておくのは危険すぎる」


 最初に声を上げた青年、東堂が再び九条に質問をした。


 彼の言うとおり、それだけの戦力を持った異能者がいるにも関わらず、組織がなんのアプローチもしていないとは考えにくいことだ。


「あー、それがな。感知班からの報告では、あの時あの場で活動が感知されている異能者はココナ君一人のみなのだ」

「それは、どういう……?」

「分からん。恐らくは相当に隠密性の高い異能の持ち主ということなのだと思うが。ココナ君の報告では何かしらの変身をしていた様な格好だったというし、素顔なのかも確証がない。能力の詳細も一切不明だ」


 感知班が場所を特定できない。

 つまり、相手が意図的に組織の感知網をすり抜けていることが予想された。


 実際には全くそんな意図はないので、本人に言ったら「いや知らんがな!」と叫ぶだろうが。


「なら、その相手は我々のような正義の集団に発見されると何か不都合なことがあるということでは? 例えば、例の組織の一員だとか」


 東堂のいう例の組織とは俗に『悪の組織』などと正義の使徒内で呼ばれている相手だ。

 正義の使徒の敵対組織であるために、そういった通称で呼ばれていた。


 実際にこの場にいる異能者の一部も、悪の組織の構成員との戦闘を経験している。


「それは考えにくいだろう。もしそうなら、ココナ君を助ける理由がない」

「偶然かもしれないでしょう? 奴らだって魔物を狙っている。魔物を倒したら偶々助けたことになっただけかもしれない」


 悪の組織も魔物を狩る。

 ただし、魔物を消滅させることを目的とする正義の使徒に対し、魔物の魔力を回収することを彼らは目的としていた。


 最終的に回収した魔力を使って行おうとしている目的こそが、正義の使徒と敵対する原因なのだ。


「偶然じゃ、ないと思います」

「なに?」


 ココナは、東堂に向かって声を上げた。


「あの人は、確かに私を助けてくれましたっ。あの時、意識が朦朧としていたのはその通りですけど。でも、あの人が私を助けようとしてくれた、それは間違いないはずなんです」

「それはただの君の願望じゃないのか? 名乗りもせず、感知から隠れながら立ち去らなければならない正当な理由がその相手にはあったと?」


 東堂の言葉に、ココナは反論できずに黙り込んでしまう。


 まさかその相手が『推しの前で緊張していた上に可愛さに舞い上がっていたせいで名乗るなんて発想が脳内からぶっ飛んでた』などとはココナには微塵も想像できていなかったのだ。

 まぁできるわけもないし、その相手も絶対知られたくない事実だろう。


「東堂君の言うことも分かるが、とにかくまだ情報が少なすぎて断定はできない状態だ。もしかしたら、向こうも我々のことをよく知らなくて警戒しているだけなのかもしれん」

「では、放置すると?」


 東堂は不満そうな顔をしていたが、彼とて何か具体的な策があるわけでない。

 そもそも、感知出来ない相手では探しようもないのだから。


「放置というか、待つしかないというべきだろうな。向こうからまた接触してくるかもしれない。その時にスカウトするということだ」

「もし、断られた場合は?」

「その場合は、相手のカテゴリーを変えるしかあるまい」


 正義の使徒では、異能者をいくつかのカテゴリーに分けて呼ぶ。


 強力な異能を所持しているのにも関わらず組織での管理を拒否した異能者は、危険人物扱いのようなカテゴリーに入ってしまう。


「では敵対してきた場合は?」

「……相手の能力が不明だ。なるべく戦闘は避けることは前提だが、あらゆる対応を許可する。自身の生存を最優先だ」


 つまり、最悪の場合には相手を殺してしまっても致し方ない。という指示だ。


 異能者が殺人を侵すことは組織内では基本的に禁止されている。

 ただし、敵対する異能者等との戦闘で相手が死亡してしまった場合は状況によりおとがめなしとなるのだ。


 今回の場合、相手の素性が謎すぎる上に、かなり強力かつ隠密性の高い異能の持ち主と予想されている。

 初めからそれくらいの警戒がなされるべきという判断だった。


「あのっ!」


 ココナが立ち上がった。


「私が、説得しますっ。私たちの活動を聞いてもらえれば、きっと」


 ココナの発言に、九条が頷く。


「あぁ。一度接触があったココナ君には、特に期待している。もし次に接触があった時は頼む。ただし、慎重にだ」

「は、はい!」


 ココナのことを、冷めた目で東堂は眺めていた。


 彼からすれば、それだけ強力な異能を持ちながら、今まで組織に感知されることも認識されることもなかった相手、というだけでかなり怪しいと踏んでいる。


 異能とて初めから自在に扱えるようなことはない。

 感知班の感知をすり抜けるほどの隠密性を発揮するなど、余程円熟した異能者でなければ不可能なのだ。


 つまりその謎の人物は、今まで魔物を倒したりはせず、見て見ぬ振りをしながらこそこそと隠れて力を蓄えていたことになる。

 それは東堂にとって、正義とはかけ離れた行為に思えてならなかった。


 ――東堂は知らない。いや、この場の誰も知らなかったことだが。


 感知能力は、大きすぎる力には反応しない。

 あまりに大きい力を感知してしまうと、能力がショートして能力者自身が危険に陥るために本能的に感知対象から外れてしまうのだ。


 まさか感知を振り切ってしまう程の力を持った『人間』が存在することなど、誰も知るわけもないことだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る