第4話 「コスプレじゃなくて本物?」

 色々あって疲れたので今日は……今日も、家に引きこもりつつ動画鑑賞でもと思っていたのだが。


 ふと、好きなアイドルの動画から目を逸らして横を見る。


「あ~、心弥の推しってこの子? うーん、ウチのが可愛いいなぁ。ね?」


 やかましいわ。


 いやまぁ、確かに可愛いのかもしれないけど。


「サイズがなぁ……」

「あ? なんか言った?」


 いえ、何も。


 つーかさ。


「君さ、いくらなんでも速攻で馴染みすぎじゃないか?」


 まだ居候するって決まってから数時間だというのに。

 なんで自称精霊だか神様と一緒にアイドル動画見なきゃいけなんだ?

 さっき余ってる部屋をあてがっただろが。


「え~? 別に一緒に見てもいいじゃない! ウチ、顕現して間もないから色々と新鮮でっ」

「その割に、変にこっちの知識豊富過ぎじゃねーか?」


 『推し』なんて言葉、異世界の精霊から普通は出てこないと思うのだが。


「顕現してない間も存在が消えているわけじゃないからね! きっと、こっちの世界を漂ってる間に色々な知識を吸収してたんじゃないかな? 意識はなかったけどね」


 ははぁ。だから変に偏ったことを口走るのか。

 タチの悪い学習の仕方をしたAIとか九官鳥みてーだな。


「君ってそもそも……っていうか、名前教えてもらえる?」


 一緒に住むなら知らないと不便だし。

 そもそも俺だけ教えているのは不公平だろう。


「名前、名前かぁ。えっとね、忘れちゃった」

「はぁっ? 名前まで?」


 自分が何者だったかも曖昧なのだから名前を覚えてなくても不思議じゃないが。

 そう考えるとこいつも結構な苦労人だなぁ。本当のことを言っているのなら、だけど。


「うーん、そだねぇ。思い出せないや! だから、心弥がつけてよ、ウチの名前」

「えぇ……」


 人(?)の名前つけるだなんて大役は、責任が重すぎて正直勘弁してほしい。


「う~ん。じゃぁ、名無しの権兵衛、からとってシノゴン。とか?」


 ので、ネーミングセンスの無さを披露して遠回しにお断りしよう。


「なんでその部分を抜き出したのかは謎だけど、シノゴン……シノゴンね! うん、怪獣みたいでいいかも!」


 えぇ!? どういうセンスしてんだよっ。

 怪獣を知ってるのにこの名前で喜ぶあたり、やっぱ知識と感性がかみ合ってねぇ!


「やっぱ撤回、せめてシノにしよう」

「そう? ん~、それもシンプルでいっか! じゃぁウチはこれからシノ! シノって呼んでねっ? えへへ~」

「あ~、はいはい」


 くっ。

 こうストレートに喜ばれるとちょっと照れるな。

 ミニサイズとはいえ美少女ってのはやっぱ卑怯だ。


 いや、油断してはいかん。


 こいつは得体が知れない上に、世界を救えとか言い出す存在なんだからな。

 なんで俺がそんなメガトン級のボランティア活動せにゃならんのだっつー話しだ。







「あ、そういえば昨日、ちゃんと買い物してないんだった」


 動画をひとしきり見た後で思い出す。

 商店街に行ったはいいが、色々あってパンだけ買って帰ってきちゃったんだった。


「はぁ。しゃーない、今日もいくかぁ」

「ウチも行くー!」


 えぇい頭の上に乗るな鬱陶しい。

 重くはないけどさ。




 自称神様あらためシノを頭の上に乗せながら、商店街までの道を今日も歩く。


 道を歩く人の中には、やはりファンタジーな香りの漂う人が普通に混じっている。

 エルフに獣人……それも昨日は見なかったが、爬虫類っぽい雰囲気の人とかも。


「頭がおかしくなっちまった気分だなぁ」

「何が?」

「いや、景色がさ」

「んー? ……あぁ、そういうことか。普通の人間だった心弥にとっては、今のくっついちゃった世界は狂っているように感じるだろうねぇ」


 くっついた、ねぇ。


「でもこの町は、一見今まで通りの世界に見えるように努力しているみたいだね。その為に精神干渉系の能力を使ってるんだろうし」


 ふむ。

 嘘で塗り固めた町に住んでいた、ってところか。


 なんだかゾッとしない話しだけど、そういう事実ってどうなんだろう?

 やっぱ、知らない方が幸せだった~みたいな話しなのかな。


 俺としては、正直言って自分が普通に……できることなら安楽に暮せるんなら他のことにはあんまり興味も関心もないんだけど。


「――あ、心弥。悪いんだけど、ちょっと寄って欲しいところがあるんだよ」

「え? これからか?」

「うん、ダメかな?」

「あんまり遅くならないならいいけど……」


 もうすぐ夕暮れだ。

 遅くなる前には帰りたい。


「ん、それは大丈夫だと思う。ありがとう!」

「へいへい」


 シノが指を指す通りに歩きだす。

 まるでナビだな。



 どこに向かっているのか分からないままにそうしてしばし歩いていくと、シノの指示が止ってしまった。


「どうしたシノ? っていうか、まだつかないのか?」


 もう夕方だ。


 昨日、妙な力を得たからなのか、妙に元気だけはあるからいくら歩いても疲れたりはしてないけど。あんま遅くなるのもなぁ。


「おい、シノ?」

「待って、もうすぐ…………来た」


 来た?

 って、何が?


 シノに問いただす前に、変化は起こった。


「んんっ!?」


 急に、周りに居た人――道を歩いている人やスマホを弄っていた人たちが、ゆっくりと立ち止まってその場に座りこんでいく。


 なにが、何が起こった!?


 道路を走っていた車すらもゆっくりと停車してしまった。

 どうやら突然に意識を失ったわけではなく、きちんと安全に停車しているようではあるが……。


「あっ? な、なんだこれ?」


 更に、目の前に透明な壁みたいな物が出現したのだ。

 よくは見えないが、手を触れると確かにそこには『壁』の感触があった。


 前どころか、どうやら箱みたいな壁の中に閉じ込められてやがるっ。


「これって、もしかして昨日見た……」


 ハエと俺の間に出てきた壁と同じ物か?


 昨日は簡単に割れたように見えたけど、これって壊せるのか?

 というか壊せないとこの場から動けない。


 試しに、手を触れた部分に軽く力を込めてみる。


「あ」


 やっぱり、あっさり割れたな。


「あ~ぁ、壊しちゃった」

「えぇ!? 壊しちゃまずいやつだったのか?」


 だったら先に言っておいてよ!


「ううん。心弥なら別に平気だと思うよ。それより、そこの物陰に隠れて!」

「へ? 隠れるって、何から」

「いいから、早く!」


 訳が分からないが、取りあえず言われた通りに建物と建物の間の小さな路地の影に隠れてみる。


「さぁ、来るよ」


 だから何が来るんだよ。


 と、またも聞き返す前に変化は訪れてしまった。


「あっ、あれって――」


 何も無かった空間がぐにゃりと歪んで、そこに集った……光というか、なんだろう? エネルギーといえばいいのか? 一つの形を作り始める。


 そうして僅かの間に町中に怪物が生み出された。

 シノの言葉でいうなら、あれは。


「まさかあれが、魔物ってやつか? つーか、鬼?」


 鬼。

 昔話に出てきそうな和風な鬼だ。

 でも昔話と違ってリアルテイストで、有り体に言って怖い。


「そう、あれが魔物だね。鬼、あー、鬼ね。こっちの世界の概念に汚染された歪みからきた類いの魔物かなぁ。修正が必要……」


 シノがなんか頭の上で言っているが、頭の中にまで言葉が浸透してこない。


 なぜって、視線の先にいる鬼。

 その周りには、人がいるのだ。


 鬼が、人の方に歩いていき、手を伸ばす。


「ちょッ!?」

「大丈夫。大丈夫だよ心弥」


 俺が「逃げろ!!」と叫ぼうしたタイミングで、シノがそれを遮った。


 鬼の伸ばした手が、空中で止っている。

 あれは、壁が遮っているのか? でもあれ、昨日といいさっきといい簡単に壊れてしまったのに……。


 どうやら行動を邪魔されたことに怒ったのか、鬼は激しく壁を殴りつけ始めた。


「お、おぃ。あれって本当に大丈夫なのか?」

「大丈夫だと思うよ、来たからね」


 来たって、またなんか来るの!?


「そこまでです!!」


 俺が驚きの声を上げるよりも早く、声が上から――近くに建っているビルの屋上から聞こえた。


「それ以上は、させませんっ」


 西日のせいで何者なのかよく見えないが、声は女の子の可愛い声だ。


 可愛いといえばシノの声もやたら可愛いが、可愛いさの系統が違うな。


「ふッ!」


 声の主は屋上から飛び降りて、鬼の前にスタッと軽やかに降り立った。


 ようやくちゃんと見えたその姿は……。


「――ま、魔法少女?」


 こう、やたら可愛い白を基調とした衣装に身を包んだ見た目中学生くらいの少女、だった。

 髪がえらく綺麗で輝くようなピンク色だし、まさに魔法少女ってやつだろう。


 いやでも、変身ヒロイン寄りな気もするな?

 服がそんなにフリフリしまくりって感じじゃないし、魔法のステッキ的な物を所持していない。


 う~ん、引きこもり気味で時間が沢山ある関係上アニメもそこそこ見る方だが、いまいちその辺の定義はよく知らないんだよなぁ。


「ってそうじゃねぇ。なんだありゃ!?」

「し~。見つかっちゃうよ! 心弥」

「だってあれは……あれは……」


 コスプレじゃん!!


 叫ぶのはなんとか堪えたものの、心で叫ぶのは許してほしい。


 エルフだの獣人だの精霊だの魔物だの、正直自分の頭の具合が心配になっていたところに謎のコスプレ女子だぞ!?


 あの鬼には結構ビビっていたのに、一気にどういうテンションでいればいいのか分からなくなったわっ。


「あれが異能者ってやつだね。魔物と異能者の戦いってやつがどういうものなのか、どうしても一度心弥に見てほしくてさ」


 こ、こいつ、それで俺をここまで誘導してきたのか。


 やはり油断ならない奴だ。

 つまりシノは魔物や異能者の出現を予想できるってことだし、俺を戦いに巻き込む気満々ってことだからな。


 だが今はいい。全然よくはないけどいいってことにしておいて。

 そんなことより今は目の前の光景が気になってしょうがないんだが。


「異能者っていうか、ただのくそクオリティ高いコスプレに見えるんだが……あんな怪物と本当に戦えるもんなのか?」


 まぁ既に、ビルからさらっと飛び降りるという荒技を目にはしてるけども。


「戦えると思うよ。どうもこっちの世界の異能者って、広く共通して認識されている概念に強く影響を受けるみたいだね。この土地で強くイメージされている能力の姿と、本人の思い入れが強いイメージが合わさった姿なんじゃないかな?」


 な、なるほど?


 確かに、日本において凄い『能力者』の共通イメージというと、アニメやマンガの登場人物ということになるか。


「まずいぞココナ!」

「ミミ! どうしたのっ?」


 あ、なんか変な小っさいのも屋上から落ちてきた。どうやらミミという名らしい。

 んで、あの女子はココナっていうのか。


 ミミとやらのサイズ感はウチのシノさんに近いな。

 でも一応ヒト型なシノに対し、向こうは完全に謎動物だ。変則的なウサギつーかなんつーか。


 いわゆる、魔法少女や変身ヒロインが連れている妖精的な、いってしまえばマスコット的なアレなんだろうなきっと。


「あやつは強い! すでに結界が脆くなっておるっ。攻撃をこれ以上許したら、結界が壊れて死人がでるぞっ」

「……ッ!」


 し、死人?


 コスプレ少女が戦っているようで一見シュールな光景に見えたけど、実はかなりシリアスな状況だったのか?

 確かによく見ると、鬼が殴っていた壁に小さくヒビみたいな物が見える。


 ――え? あれが割れたら、人が、死ぬの?


「絶対に、させません!!」


 ココナと呼ばれた少女が、地面を強く蹴って鬼に殴りかかった!?

 鬼も反応して殴り返そうとしている。


 嘘だろっ?

 あのサイズ差――とても勝ち目なんか無い。


 そう思えた、のに。


「はぁッ!」


 拳同士がぶつかり。

 吹き飛んだのは、鬼の方。


「す、すげえぇ!?」


 鬼を殴り飛ばした少女の輝くような髪がふわりと舞って……。


 うっわ。あの子、すげぇ美少女じゃん。

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