第35話
格納庫で機体を整備していたクレアとフランシスに声をかけ、二人が艦橋に戻ってきたところで、ぼくは懐から取り出したカードをテーブルの上で滑らせた。カードは天板の中央で止まり、卓上のセンサーが置かれたものを感知して、テーブルの上空に読み取ったものを投影する。各々が表示されたホログラムを見上げた。エディは艦橋の画面の方を向きながら尻目に、そして、フランシスは格納庫のモニター越しに。クレアはテーブル上空のホログラムではなく、卓上に置かれたカードを見た。
「これを描いたのは、十歳にもならない子だってさ。〈アウター・ワールド〉でチャンプと戦うのが夢だった」
「人気職業だからな。ファイターは」とエディがいう。
「彼はぼくたちと同じものを見た。同じものを見て、胸に刻んだんだ」
「同じものって?」とフランシス。
「……夜空」クレアが呟いたが、フランシスには届かなかったようだ。
「ウォルターが描いた空さ」
フランシスが目を伏せ、エディはコンソールを弄っていた手を止めた。
「〈ミグラトリー〉で模範的に生きていると、空には星が在るってことを忘れる。だけどここには、この絵の中で〈コンベヤード・ソー〉は夜空を飛んでる。ウォルターが街中に描いた夜空を覚えていたからだ」
誰も何も返せないなか、ぼくは続けた。
「ぼくたちのメッセージは届いていたんだよ。遥か遠く向こうまでは届かなくても、すぐ傍で……返事はできなくても受け取ってくれた人はいた」
ぼくはテーブルのカードを手に取っていう。
「これこそが、旅を始める意味だ」
みんなの視線が、ぼくの手元に集まった。
「絵に描いただけだろう?」とエディ。
「絵に描いたのは」口を開いたのはクレアだ。「それを描くのが相応しいと思ったからでしょう?」
「何に相応しいっていうんだ」
「そんなの決まってるじゃない」今度はフランシスだ。「憧れたもの。〈コンベヤード・ソー〉はリングの中よりも宇宙を飛んでる姿の方がキマッてる。……解ってるくせに」
「これを描いた子は〈ミグラトリー〉を脱出できなかった。本物の……星を知る前に……」
ぼくは、喉に詰まった言葉を振り絞った。
「ぼくたちが背負っているのはもう、ウォルターやマクスウェルの想いだけじゃないんだ。旅立ちを夢見た人がいた。そうでない人も勿論いる。だけど、これから生き残った人たちは、どうしたって宇宙と向き合わなくちゃならない」
「相手が宇宙だけなら馬鹿げた希望にも付き合ってやるが……。こんな状況で足掻いて何になる?」
「何ができるか解らないさ。だけどこれは、ぼくたちが訴えてきたことを果たすチャンスなんだよ、エディ。それも、他人の暮らしを乱すんじゃなく、相手を小馬鹿にするんでもなく、もっとマシな方法で。手を取り合って生き抜くんだ。『おれたちの時代を始める』ってやつさ」
ぼくは窓の外を指す。
「〈スフィア〉に滅ぼされるのを待つのがぼくたちの未来じゃない。あの暗闇の向こうがぼくたちの目指す場所だ。先に進もう。新しい時代を始めるんだよ」
不本意な旅立ちではあるけれど、所詮それはきっかけに過ぎず、どう生きたのかを自負するのにおいて、肝心なのは何をやったのかだ。新天地を見つける旅に挑んだ。その選択そのものが、ぼくたちが憧れたあのトム船長の系譜へと、自分たちを連ねる。
「まあ、黙って負けを認めることほど詰まらないこともないからな」とエディ。
「救えなかったって後悔するのは、もう嫌だものね」とフランシス。
クレアは何故か満足そうに頷いて「そうと決まったら準備を始めましょう」と息巻いた。
艦橋が少しだけ活気を取り戻す中、ぼく一人は別の覚悟を決めていた。
その旅には同行できないってことを。
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