第32話

 エアロックが開き、空気と共にマクスウェルを収めた棺が吐き出される。その様子をモニター越しに見ていたぼくは、すぐさま窓辺に駆け寄る。方向は間違えていないが、暗闇に吐き出されたマクスウェルの棺を目視することはできなかった。

 長い沈黙が続いた。時折、誰かが顔を上げて何かをいいかけるが、声にはせず、また俯く。そういう気配を視界の外から感じ取った。ぼくはといえば、誰かと目を合わせることもできず、俯いたまま。ただ、ひたすら俯いた。

「どんな、最期だった?」そう切り出したのは、エディだった。

「旅を……諦めるなって」

「拘ってたものね」とフランシス。

「ウォルターもいない。マクスウェルまでもいなくなった」ぼくのせいで。「これ以上、続ける意味なんてあるのか?」

「あるに決まってる」クレアはいった。「生かされた側の責任を果たさないと」

「なんだよ。責任って」

「マクスウェルが救ったのは、あなたの命だけじゃない。あなたの心が抱え続けてる、その夢を生かそうとしたの。救われたカイルは、あなたのその夢を育て続ける義務がある」

「詭弁だよ。そんなの。死人の気持ちなんて解からないんじゃなかったのか?」

「旅を続けろってマクスウェルはいったんでしょう?」

「それは――」

「それに、二人が亡くなったことを諦める言い訳にしていいとは思えない」

「それはクレアが――」

「わたしが何?」

 ぼくの口から言葉が止まったのは、続きをいうのを思いとどまったからではない。窓の外に見えたものに、意識が向いたせいだ。

「あれって」とフランシス。「〈サークレット〉の船?」

 フランシスの言葉に、クレアも外を見た。ぼくたちの視線の先では〈ファントム〉と同等の大きさの船が、ぼくたちと並走している。上下左右対称の円錐状の船。後ろには船体と同じくらいの大きさをした円柱状の荷箱(カーゴ)を牽引している。

 ぼくたちがいる艦橋をサーチライトで照らしながら、〈サークレット〉の船は通信を繋いできた。

〈そちらの船。聞こえているな〉

 その声は、アドルフ・レイン防衛主任の声だった。

「受けるべきか?」とエディはぼくを見る。

「無視するわけにもいかないだろう」

〈応答感謝する〉

 部下を侍らせたアドルフの立ち姿が、艦橋のモニターに表示される。

〈その顔。現実を見たって面だな〉

 低く、落ち着いた声でアドルフはいった。

「何の用事かは知らないし、あんたたちのことは気に入らないけど」ぼくがカメラに向かって前のめりになると、エディが身を引いた。「忠告してやる。さっさとこの宙域を離れた方がいい」

〈付近に何があるのかは知っている。……一部始終を見させてもらった〉

「だから、嫌味の一つでもいいに来たのか?」

 アドルフはぼくの言葉に眉一つ動かさず、立っている。

「早く行けよ。その船には生存者だっているんだろう?」

〈その通りだ〉アドルフは続ける。〈こちらの状況については、クレア・アルドリッチから話を聞いていると思うが、我々は決死の救助活動を試みたものの、救えた命は……極僅かだ〉

「……そのことを責める気は――」

〈余計な同情は要らん。救えた命は極僅かだが、船の乗員定数を大幅に超える市民がこの船に乗っている。備蓄は乏しく、持って一週間といったところか〉

 ぼくの後ろでエディがフランシスにこちらの食糧在庫を確認している。向こうにも食料プラントは備わっているはずだが、一隻で数百人分もの需要を満たさなければならないなんて事態は想定していなかったんだろう。

〈それに、依然としてこちらに砲口を向けている存在への懸念もある〉

「なんなの? こいつら」クレアが窓を見ていう。

 ぼくも視線を外に移すと、〈サークレット〉の船から小隊規模の戦闘機が射出され、〈ファントム〉を包囲していた。

 アドルフはいう。

〈これは通告だ。この度、現時刻を以てその船は、我々サークレットが接収するものとする〉

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る