第31話
「マクスウェル! 生きてるか! 応答しろ! 応答してくれ!」
ぼくが必死で叫ぶと期待していた声とは別の声が響いた。
「存外、しぶといじゃないか」
ウォルターの声と共に、あいつが……〈ミグラトリー〉の残骸の中にいた、あの化物が現れた。
「カイル。いや――」
化物は半壊したマクスウェルの〈プロスペクター〉を見ていった。
「お前は仲間を犠牲に生き延びたか」
「ウォルター……」ぼくは声を震わせる。「お前がやったのか?」
化物は哂う。「他に出来る奴がいるとでも?」
「何が目的でこんな――」
「〈ミグラトリー〉という一つの時代が終わった。いわばこれはそれにまつわる清算さ。これから始まる新しい時代を迎えるための」
化物はいう。
「古いもの。間違ったもの。新しい時代に相応しくないものは、ここで全て淘汰する」
〈プロテージ〉がぼくと化物の間に割って入る。
「お前たちこそ、どうしてこんなところにいる? 旅を始めるんじゃなかったのか」
「お前には……関係ない」
「まさかとは思うが、生き残りを救うつもりだったか?」化物は一際大きな声で哂った。「そうか。この期に及んで、まだそんなことを未練がましく。あいつらを救って何になる」
「あんたの知ったことじゃないだろう!」
「あいつらはお前たちを恨んでいるぞ。全てを破壊した張本人だってな。お前たちの涙ぐましい自己犠牲も知らず、ただただ憎んでいる。庇ったところで、許されるとでも思ってるのか?」
「許されたいわけじゃないさ」
「ならば、背に庇った者に後ろから刺されても構わない、と」
「あんたに人の何が解かる!」
「解かるさ。解かるとも。……いいぞ。どちらが正しいか、その目で見てみるといい」
直後に化物は後退し、〈プロテージ〉もぼくを連れてその場を下がった。ぼくたちがいた場所に、〈コントラクター〉の虫が押し寄せる。随分数を減らしたようだが……まだいるのか。
〈プロテージ〉が虫たちの迎撃を始め、ぼくはこの場を去ろうとする化物を追おうとしたそのときだ、マクスウェルの〈プロスペクター〉から呻き声が聞こえた。
「生きているのか? マクスウェル! 生きているんだな!」
化物の姿は見失ってしまったが、そんなことはどうでもいい。
マクスウェルが生きている!
マクスウェルの〈プロスペクター〉は波に揉まれたように無重力を漂う。その手を掴んだぼくは、彼を引きずるように、全速力で〈ファントム〉を目指した。
〈窓の向こうで〈ミグラトリー〉が遠ざかっていくのを何度も思い描いた〉
通信機は幸い、生きていたらしい。擦れた声で、マクスウェルはぼくに話しかけてきた。
〈お前たちと一緒に。艦橋でさ。恒星に照らされて白く光っている《ミグラトリー》が粒みたいになって……それから暗闇に消えて。おれたちは門出を祝うんだ〉
「ああ、そうだ。祝お――」
ぼくは息を呑んだ。モニター越しに目が合ったマクスウェルの顔は原型を留めないほどに焼け爛れていた。
濁った瞳で、マクスウェルは力なく笑う。
〈そんなに酷い顔か?〉
「顔くらい〈ファントム〉に戻れば治せる。それよりも――」
ぼくの喉は勝手に震え、それに気づいたマクスウェルは肩で腕を持ち上げてカメラの出力を切った。その隙に、ぼくは自分の目元を拭う。
「パーティだ。パーティを披こう」
〈《ミグラトリー》が完全に見えなくなったとき。……そのときやっと。おれの中でウォルター(あいつ)を弔えるんだろうと思ってた〉
沈黙。ぼくは慌ててマクスウェルの名を呼ぶ。おい。マクスウェル。
〈……聞こえてるよ〉
喉を引きつらせながら、マクスウェルは深呼吸して、それから続けた。
〈船を手に入れたあの日。あいつ、最期に通信を寄こしてきたんだよ〉
「お前に?」
〈最期の言葉を聞いたのは自分だと思っていたか?〉顔は見えないのに、勝ち誇ったように口角を上げるマクスウェルを感じ取った。〈おれは……兄弟なんだぜ?〉
「そんなの、競うもんじゃないだろう」
マクスウェルは湿った咳をした。
「辛いなら、喋るな」
マクスウェルは笑う。〈あいつが何をいったか、聞きたくないだけじゃないか?〉
「そんなこと――」
〈頼まれたんだ。何があっても、お前たちの旅立ちを見届けてくれって〉マクスウェルは続ける。〈自分はもう、そこにいられないから〉
再び沈黙。いや、呼吸の音が聞こえる。
「だから、急いでいたのか。いつも……いつも」
〈あの日あのとき。……あの瞬間。ウォルターが想ったのは、間違いなくお前たち……おれたちのことだけだ。誰かが欠けたら……約束が果たせなくなる〉
シートベルトを外す音と、姿勢を直す音がした。
〈焦り過ぎていたとは思うよ。ただクレアはそこにいなかった。それだけだ。……悪いが、代わりに謝っておいてくれ〉
「言い辛いことは他人任せかよ」
〈だからこそ、命がけで助けてやったんだ〉
マクスウェルが呻き声を挙げた。
「なあ、カイル。まだそこにいるか?」
〈いるに決まってるだろう。エディたちだって。ほら、《ファントム》も見えてきた〉
嘘だった。一帯は暗闇。センサーは周辺に散乱する膨大な残骸に錯乱していて使い物にならない。事前の打ち合わせで集合地点に定めておいた座標だけが、一縷の望みだ。
〈カイル。お前はお前の旅を始めろ。ここじゃないどこかだ。どこかを目指せ。そして……楽しめよ〉
「楽しめ?」
その言葉と声に、ぼくはウォルターの最期が過った。旅を楽しんでこい。あいつは笑顔を浮かべ、これから自分が死ぬことなんでどうってことはないって感じでそういった。
「何だよ。急に」
〈前にもいっただろう。ウォルターの真似なんか要らない〉
「ぼくは……あいつがやり遂げようとしたことを、やり遂げなくちゃって、思っていただけだ」
〈そんなこと、ウォルターは期待しちゃあいねえよ〉
そう。そうだろう。ぼくだって、ぼくなんかには何の期待もできない。仲間を犠牲に生き残り、〈ミグラトリー〉だって救えなかった。本来なら既にぼくたちの旅は始まっていて、今頃ずっと遠くの宙域にいただろうに。それを、ぼくはこんなところで……。仲間の手を借りたって何一つ成し遂げられず、またぼくは仲間を犠牲に生き残っている。
「あいつが、生き残るべきだった」
誰が犠牲になるのかを選べたあの瞬間に戻れたなら、ぼくは……ぼくは必ず、選択を間違えない。あのとき、正しい道を選んでさえいれば、ウォルターも……そして、マクスウェルだって――。
〈お前が……お前だったからこそ、ウォルターはお前を旅に誘ったのさ〉
マクスウェルの呼吸は酷く擦れ、声の抑揚も弱弱しい。
「もういい。もういいって」
急がなければ。瀕死の相棒を前にぼくは乗機を飛ばすしかなく、おまけに、その死にかけのマクスウェルはこの期に及んで、ぼくを励まそうとしている。助けを必要としているのは、何より自分だっていうのに!
〈お前、採掘屋だった頃に宙域(外)で事故を起こした《サークレット》を救ったことがあっただろう〉
「黙ってろよ! お前は……怪我してるんだぞ!」
〈知り合いだったんだ。おれが……唯一尊敬していた上官だった〉
「自分がどんな状況か解かってるのか?」
〈名前も肩書も棄てて、命に……手を差し伸べた。《ミグラトリー》の人々が手を取り合うには、お前みたいな奴が必要だって、話を聞いたあいつは……〉
船は? 船はどこだ。指定の座標はすぐそこなのに、〈ファントム〉の機影が見えない。どこだ。どこなんだよ。エディ。
〈だから、カイル。旅を諦めないでくれ。宇宙は果てなく続くが……先に進めば、《ミグラトリー》から見たのとは違った景色が見えるはずだ。……ウォルターはそう信じてた。実際は知らねえよ。どこまでも変わり映えしないかもしれないが、振り返ったときに見える景色は……何にも代えがたい〉
「マクスウェル? ……おい。マクスウェル!」
スピーカーから何も聞こえなくなってからも、ぼくはマクスウェルの名を叫び続けていたところに、別の通信が割り込んできた。
〈……イル。聞こえるか。……ウェル。応答し……〉
エディ。エディの声だ。
「聞こえるか! マクスウェル! エディだ。 もうすぐだ!」
格納庫へ飛び込むように着艦したぼくは、半壊した〈プロスペクター〉のコクピットを重機で抉じ開け、中からマクスウェルを引きずり降ろしたものの、彼は既に息絶えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます