第29話
「計画は大きく分けて二つの工程がある」
これは事前のミーティングで、エディが提案したプラン。
「まずは〈ウェーブ〉による急速接近。敵にもしもの備えをする頭があるのなら、〈スフィア〉の周囲は防御を固めているだろう。惑星基地の周辺も同様だ。背後に回り込む? いいや。ぼくたちにはもう後がないんだ。もっと堂々とやろう」
これがその、一つ目の工程。
ぼくとマクスウェルの〈プロスペクター〉は肩に設置してきた照明弾を放つ。白く輝く弾は頭上方向へゆっくり飛び、進路上の物体に吸着し、そこでしばらく輝き続ける。
照明弾が照らす空間は立方体状で、壁面に緑や紫の光が奔っていた。喩えるならネオン管の輝き。〈アウター・ワールド〉に再現された歓楽街の夜景にも似ている。空間の中央には円柱状の構造物があって、ぼくたちの頭上と足下の壁面を繋ぐ。その円柱部分は中央が一際太く、排気口だか射出口のような穴がある。
〈第一印象は挨拶で決まる〉とエディ。〈今までの礼も兼ねて、盛大にお見舞いしてやれ〉
エディの言葉を合図に、ぼくたちは有りっ丈の火薬を叩き込む。すると、先ほど壁面に見つけた穴から無数の敵機が現れた。胡桃のように複雑に隆起した表面を持った甲虫にも見える機体は大腿部が発達した四対の節足を持ち、最前部の一対は頭部のような突起の下に折り畳まれていた。
〈何、あのサイズ〉
敵機の解析をしていたんだろう。真っ先に反応したのはフランシスだった。
現れた敵機は、拳ほどの大きさしかない。それも、〈プロスペクター〉と比べているんじゃなくて、相手はぼく自身の拳。正に、握り拳ほどの大きさ。敵機の全長はそれほどしかなかった。
〈もっと驚くことがある〉フランシスはいう。〈あの中に生体反応がある〉
〈更に小さいってことか?〉とマクスウェル。
そうして送られてきた解析データには、ぼくたちの目の前で群れを成して飛ぶあの機影と生体反応の分布図を重ねたものが描かれていた。光る部分が敵機の搭乗者なのだろう。〈ファントム〉が搭載する生体反応センサーはバイタルや脳波なんかを総合的に感知するもので、相手の輪郭までは解らないけれど、その大きさを例えるなら人の眼球くらい。
それが……それこそが。ぼくたちに突如として牙を向けた者。
あんなちっぽけな連中に、ぼくたちは絶滅寸前まで追い詰められているのか?
〈ぼくたちは勝手に被害者面していたが〉エディがいう。〈この対格差じゃあ、向こうはずっと、こっちのことを脅威に思っていたのかもな〉
「だから同情してやれって?」ぼくは舌打ちする。「あれほどのことをした連中に?」
〈こちらが圧倒的不利に《見える》からって油断するなっていってるんだ。あいつら、死に物狂いでやってくるぞ〉
何千、いや、何万。それとも、群れの大きさにこちらが圧倒されているだけで、意外にもっと少ないのか?
〈考えるだけじゃあ、無駄だぜ〉とマクスウェルから通信が入る。〈手を動かせよ。手を〉
ぼくが銃を構えると、敵機は砂塵……あるいは回遊魚のように渦巻き、群れで押し寄せてきた。こう迫られたら体格差なんて関係ない。
「〈アトラクト〉!」
ぼくの〈プロスペクター〉が、担いできた直方体型のコンテナを展開し、粒状のユニットを散布する。敵機はその撒いた〈アトラクト〉よりも更に小さく、ぼくは改めて驚いた。
〈ダメだ〉とエディがいう。
「どうして?」
〈そいつは生体兵器らしい。……有機物なんだよ〉
「生き物の中に、生き物が乗り込んでるっていうのか?」
〈共生関係なのかも〉
ぼくは迎撃を諦めて、突進をかわす。すると、砂塵のような群れは、遠方で旋回し、進路をぼくたちの方に戻した。そして、今度は無数に枝分かれして網状の陣形で迫ってくる。
〈見た目は網だろうが、結局は粒だろう?〉
マクスウェルが銃弾を撒き散らすと、射線上の敵機が散開して、網状の陣形に大穴が開き、彼は器用にその敵陣にできた大穴を潜り抜けてみせた。
マクスウェルに出し抜かれた敵陣は、旋回すると、今度は不規則に蛇行を始めた。蛇行は次第に激しくなり、それと共に敵陣が紫色の輝きを帯びていく。
「電流か? あれ」
〈だとしたら、《こいつ》の出番だな〉
マクスウェルはそういって、盾を構えた。敵軍が自分に最接近するその瞬間を見計らって、盾の表面から〈エーテル〉が展開する。敵軍がまとった紫色の電流はマクスウェルへの接触と同時に、彼が持つ盾へと吸収された。
〈これなら〉
敵機を迎撃しながら〈スイマー〉がぼくの側を通り過ぎていく。
〈なんとかなるかも!〉
ぼくはエディのプランを思い返す。
「第一段階の急接近で相手の注目はどうしたって〈ファントム〉に集まる。その状況を利用して、カイル。君は〈プロテージ〉と共に中枢を叩け」
マクスウェルたちと共に敵機の迎撃していると、どこからともなく〈プロテージ〉が現れて、背中合わせにぼくと並んだ。
「解析が終了した」
事前の打ち合わせで聞いた話では〈プロテージ〉がその背から放つ銀色の粒子はソナーの役割も担えるようで、〈コントラクター〉たちに検知されない程度の濃度で広範囲に散布することによって、こちらの計画を気取られぬままに、建物の構造を調べ上げられるんだそうだ。
「同行を」
〈プロテージ〉は背部ユニットから粒子を撒き散らし、その粒子で〈プロスペクター〉そして、自分にそっくりな分身を作り出すと、ぼくの返事も待たず壁面へと進んだ。
「どうするつもりだ?」
〈プロテージ〉が手を正面に構えると、そこに彼女や〈プロスペクター〉の全長を上回るほどの白銀の円錐状の構造物が出現した。これは……ドリル?
「最短距離を突き抜ける」
〈プロテージ〉による急造のドリルは、得体の知れない金属でできた壁面を砂城を削るがごとく掘り進めていく。採掘屋だった頃の自分が内から出てきて、そいつをぼくに譲ってくれないかとせがもうとするのをどうにか抑え込み、ぼくと〈プロスペクター〉はドリルの後に続く。突如現れた〈ファントム〉への対処で命令系統に混乱があるのか。進行中に遭遇した敵機は極少数で作戦の支障にはならず、〈プロテージ〉が自発的に足を止めるまで、ぼくたちは基地の深部へと進み続けた。
「ここが?」
〈プロテージ〉が歩みを止めたのは〈ファントム〉が出現した空間よりも二回りほど小さな広場だった。広場の中心には表面が網状の球体が浮かんでいて、その表面の穴から淡い緑色の輝きが漏れている。
「あれがこの基地の中枢装置」
〈そうか。よし〉ぼくは背後から殺気を感じて振り返る。そこには夥しい数の敵機だ。〈なんだか良く解からないけれど、さっさと始めてくれ〉
「そう簡単じゃない」〈プロテージ〉は球体の表面の穴から中へと飛び込んでいく。「時間稼ぎを」
時間稼ぎ? ぼく一人で? これだけの数を?
ぼくは事前のミーティングの、エディがいった言葉を思い返す。
「敵地の中心の更に中心に飛び込むとはいえ、〈プロテージ〉のエスコート付だ。『単純な』仕事だよ」
そうだな。あいつは確かに「簡単」とはいっていなかった。
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