五章 恒星の炎

第28話

 ぼくたちから連中の姿が観測できるのだから、向こうにもこちらの姿が見えているのは当然のことで、だからぼくたちの接近は奴らも感知しているだろう。〈コントラクター〉がどうやって、どんな文明を築いてきたのか興味も関心もないけれど、自分に迫ってくる〈ぼくたち(ファントム)〉と、〈ミグラトリー〉のあった宙域を漂うだけの〈サークレット〉の船のどちらに照準を合わせるべきかという問題についての回答に、文化的差異があるとは考えられない。実際、そうだった。〈セイル〉の設置を終え、〈コントラクター〉の惑星基地へ進行を始めて三日後のことだ。ぼくたちの目論見通り、〈スフィア〉から放たれた熱線は、寸分の狂いもなく〈ファントム〉目がけて宇宙を奔った。

「オープン!」

 エディの合図で〈ファントム〉の船体から八方へ支柱が伸びる。展開された支柱の先から船首に向かって赤いレーザーライトのガイドが照射され、それに沿うように薄桃色の〈セイル〉が張られた。〈セイル〉に覆われた船体からでは、窓の景色が桃色に染まっていくように見えた。

「全員衝撃に備えろ」

 エディがマイクに向かっていう。

〈セイル〉が展開したのとほぼ同時に窓の外が閃光で包まれた。遮光フィルターが艦橋に差し込む光を弱めているから目が潰れることはないものの、光の向こうの景色は何も見えない。

「成功したのか?」

 何がどうなっているのかも分らぬまま、船体が振動を始めた。細かい揺れが次第に大きくなり、どこかにしがみついていないと立っていられないほどの揺れになる。

「そうでなければ、失敗を悟る間もなく蒸発しているよ」

 落ち着き払った様子のエディだが、余裕の正体がこっそり自分だけ装着しているシートベルトにあることを、ぼくは見逃さなかった。

「パイロットは出撃の準備を始めろ。十分後に〈ウェーブ〉を起動する。始まったら、一瞬で目的地だぞ」マイクに向かってそういったあと、エディはこちらを振り返った。「気負うなよ。カイル」

「解かってるさ」

 格納庫に向かい、〈プロスペクター〉のコクピットに乗り込むと、キャノピーを閉める直前にフランシスが顔を出した。

「危ないぞ。何やってんだ」

「銃、使うの初めてでしょう? レクチャーしてあげようかと思って」

 彼女のいう通り、普段は作業機としての装備しか携行していない〈プロスペクター(採掘者)〉だが、今回の出撃では武器も携行している。〈ミグラトリー〉の残骸から回収したもので、〈サークレット〉の戦闘機用に配備されていたものだ。

「いわれたことを頭に叩き込んだって、そう簡単には身に着かないさ」

「わたしなら、実戦で試し打ちする方が怖いけど」

「どうせ、いつだって準備万端とはいかないし、計画通りにだってならないんだ。工具だと思って扱ってみるよ」

「職人の勘ってやつ?」

「そういうこと」

「まあ、機体と兵器の制御システムが噛み合うよう、エディが調整したみたいだから、思ったようには動かせるはずだけど」

「だけど、なんだよ」

「味方を撃ったりだけはしないでね」

「そういう話はクレアにしてくれ」

〈わたしが何だって?〉

 聞こえていたのかよ、とぼくとフランシスは揃って苦笑する。

〈さあ、いよいよ、一世一代の大パフォーマンスだ〉

 格納庫にエディの声が響く。フランシスが離れたのを確認し、ぼくはキャノピーを閉じる。

〈次にこの光景が見られるのは、いつのことになるか解からないからな〉

 コクピットのモニターに外界の映像が映し出された。〈スフィア〉が放った閃光は既に消え、宇宙は静けさを取り戻したようだ。

〈しっかり拝んでおけよ〉

「観光するんじゃないんだから――」

 いっている最中に、強烈な圧力を感じ、それと共にモニターに映し出されていた世界が七色に輝いた。これが真の〈ウェーブ〉なのか。そう思ったのも一瞬で、虹色の輝きが消えると〈ファントム〉の周囲の状況は一変していた。

 人工惑星の周辺宙域には、夥しい数の敵機が展開されていた。〈ファントム〉もその機影には見覚えがあるらしい。センサーが存在を感知するとスクリーンに敵機の詳細が表示された。四機編成の小隊が複数集まって楔形の陣形を作り、更に視野を広げるとその楔形の陣形は、先陣を頂点にした円錐状の一部であることが解る。その数、万は優に超えると思われ、エディが「とんでもない数だ」と、ぼくたちのやる気を削がないよう、実数をはぐらかすほどだ。

 物量差があるのは覚悟のうえだったが、それでも見積もりが甘かったことは認めよう。しかし、だ。敵の数が千だろうが万だろうが、ぼくたちが太刀打ちできる数ではないことに変わりはないのだから、それが何だというのか。

 むしろ、この状況はこちらにとって好都合だった。

 そもそもぼくたちは、奴らが待ち構える場所に現れてやるつもりなんて、さらさらなかったのだから。

〈出撃だ。みんな、無事に帰って来いよ〉

 センサーが周辺に夥しい数の熱源を感知して、悲鳴のような警告(アラート)を鳴らす。ぼくとマクスウェルの〈プロスペクター〉が〈ファントム〉の格納庫から飛び出し、クレアの〈スイマー〉が続く。暗闇の中、鳴り止まない警告音。無数の緑色の輝きが奔り、辺りを錯綜する。

〈ファントム〉が〈ウェーブ〉した先。

 それは惑星基地の中心部。

 当に、敵陣の真っ只中だ。

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