第12話:信仰の街4

「うちに来ませんか?」


 仰向けの体を更に逸らすと、視界に何かが見えた。オイラ達は上体を起こし振り返った。すると、黒の短髪に、黒一色のドレスを着た女性が立っていた。身につけた黒一色のかばんや靴と対比して、肌の色は驚くほど白かった。優しそうな垂れ目で、泣きぼくろが有り、丸顔で愛嬌がある可愛い女性だった。


「えーと。僕たちに行っているのですか?」

「はい、お困りのようでしたので、お声かけさせていただきました」


 湖から吹く風が黒いドレスを揺らしていた。どす黒い闇の渦の印象を感じた。


「宿屋を経営しているのですか?」

「いえ、違います」

「では、お断りします」

「どうしてですか?」


 風はまだ吹く。風が強くいからか、胸が締め付けられる思いだった。


「怪しいからです」

「怪しい?」

「そうです。宿屋の人間なら商売のための客引きだということである程度安心できます。でも、そうでないのなら、僕たちを泊めるメリットはありません。そういうところは危ないんです。知らないうちに売られたり、殺されたりするんです。だから、僕はあなたについて行くことはできません」


 シューは反動をつけて立ち上がった。オイラはヨッコイショと体を起こした。オイラ達は歩き始めた。女性は俯いていた。


「宗教には……興味ありませんか?」


 思わぬ言葉にオイラ達は振り返った。風は止んでいた。


「宗教、ですか」

「はい。宗教です」

「あなたは宗教家ですか?」

「宗教家と言ったら大げさですけど、信仰するものです」


 見上げた女性にあるのは、それは恐ろしい程まっすぐな目だった。神を信じて迷いがない目だった。


「それは少し興味があります」

「何か、お悩みでも?」

「いえ、何も」

「特定の宗教のものですか?」

「いえ、特には」

「学者さんですか?」

「そういうわけでもないです」

「では、なぜ宗教に興味を?」


 彼女は不思議そうに瞬きした。ちなみに、オイラは興味ない。


「実は、この街が信仰深い人が集まると聞いていたんです。でも、いざ街に入ってみると、誰もそういう感じの人がいないんです。それで辟易していたところにあなたが宗教のことを言い始めたので興味があったのです」


 シューは堂々と言った。おそらく、彼女の誠意に答えようとしているのだろう。彼女はシューの発言を聞いてしばらく黙っていたが、徐々に体が震え始めて、震えた手が口元を覆った。


「失礼。こんな事を言う方は初めてでしたので」


 彼女は笑っていた。顔を背けて震えていた。シューは顔が赤くなったのに平静を保とうと真顔だった。オイラはそういうシューの姿を見て、顔を背けて震えた。



 オイラ達は彼女トカについていった。派手で賑やかな町並みから質素で静かな町並みへと変わってきた。工場地のような白黒までもいかない落ち着いた色彩と、機械音も人の声も多すぎることのないところだ。ちなみに、トカとは先ほどの女性の名前である。

 大聖堂のような建物の前についた。周りは腰ほどまでの白レンガとその上に刺さる黒い鉄の檻のような囲いに囲まれていた。彼女は黒いドアをギィと引いた。


「どうぞ」


 そう言う彼女について入ると、庭で子供たちが遊んでいた。走り回る子、ボールを投げ合う子、木陰で本を読む子。その子供たちが一斉にこちらを見た。


「シスタートカ」


 子供たちはトカに駆け寄った。それを腰を落として優しい顔でむかえるトカを見て、「ああ、修道女なんだ」と再確認した。


「犬がいる」

「ホントだ。犬がいる」


 一方では、帰ってきたシスターではなくオイラに興味を持つ子供たちもいる。オイラは追い掛け回されることを覚悟したが、そんなことはなかった。子供たちは遠くから指差すのみだった。


「はは、犬さん連れてきたわよ」


 そう言いながら、トカは腰を上げた。聖母のように微笑んでいた。


「ここの子供たちはいい子達が多いですね」

「そうですか?」


 シューにトカは答えた。そうでもないと言いたげだ。


「先ほどの街では、子供がいきなり犬を撫でたり追い掛け回したりと大変でした。それに比べて、ここの子達はそんなことをしない。礼儀正しいですね」


 シューは感心していた。確かに言われてみたらその通りだ。


「ありがとうございます。そういってもらえると光栄です」

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