第11話:信仰の街3

 霞がかかったような会話をしながら歩き続けていると、先程までの白煙が薄くなっていくのを感じる。煙の匂いも機械の音も遠のいていき、代わりに人の匂いと音がしてきた。

 そこには十人十色の人々と店が入り混じっていた。先ほどの白黒の風景とは一風変わって、華やかだった。服屋、食べ物屋、宝石店。大道芸人、カップル、異国人(らしき人)。一言には言えない多様さだった。

 ……

 オイラ達は口をポカーンと開けて立ち止まっていた。知らない人からすれば、観光地の大きな造像のごとく静止していた。頭の中にいろいろな思考が回っていた。


「ポー。これはどういうことだ?」


 隣の造像みたいに固まっている人間に聞くと、言葉という音を出してきた。


「知らないよ」


 そう言いながら、オイラは少し来た道を戻った。すると、あるところを境にして、急に煙に包まれた。そこには、先ほどの白黒の工場地が並んでいた。少し後ずさりすると、今度は色彩豊かな光景がオイラを包んだ。オイラは二つの世界を首だけ行ったり来たりすると、色彩豊かな世界からシューが駆けてきた。


「どうしたんだい、キョロキョロして」

「ここに来たらわかるよ」


 シューはオイラと同じ所に来ると、オイラと同じようにキョロキョロし始めた。そうだよ、ここに来ると奇妙な現象でキョロキョロしてしまうんだよ。


「これはどういうことだ?」

「オイラが聞きたいよ」


 二人がかりでキョロキョロしているところに、何者かが手に肩を乗せた。振り向くと、警官だった。



 オイラ達は路上で職務質問を受けた。シューは出身地での身分証明書を提示したので、難を逃れることができた。そして、もうひとつの難を逃れるために、シューは警官に尋ねた。


「これって、どうなっているんですか?」


 シューは境界線を指した。オイラ達がキョロキョロした原因だ。


「ああ、これね。神の力だよ」

「え?」


 思わず声が出た。神の力って……


「と言うのは冗談で、科学技術でどうにかしているらしいです。どうも、強力な空気清浄機とからしいです。本官も詳しいことはわかりませんが」


 警官は真面目な表情の中に笑顔を見せていた。オイラはまんまと一杯食わされたわけだ。少し腹たった。


「へー、すごいですね」

「そうですね。では、本官はこれで」


 警官はキュッと顔を締めた。先ほどのふざけた顔ではなく仕事用の顔だ。


「あのーすみません」

「はい、どうしました?」


 警官は顔が少し緩んだ。市民に優しく対応する営業スマイルだ。


「ここはどういう街なのでしょうか?」


 オイラはシューを横目で見た。オイラも聞きたいことだった。


「どういう街って、働く街です」


 さっきも聞いた答えだ。やはり信仰の街ではないのか?


「働く街ですか?」

「そうです。一生懸命働いているのです。私も、この街の人々も」

「それは働くためですか?」


 男はきょとんとした。先ほどの労働者と同じように。


「そうです、働くためです」


 それを聞き、シューは頷いた。やはり同じか。


「お金を稼いで美味しい物を食べるとかではなく」


 男はきょとんとしたままだった。先程と同じやりとりだった。


「美味しいものには興味ありませんが」


 それを聞き、シューは首を頷かせた。この町の人はこういう価値観らしい。


「高価なものを買うとか、楽な生活をしたいとかでもなく」


 男も首をかしげた。会話は噛み合っているようで噛み合っていない。


「良くご存知で。本官はただ与えられた仕事を頑張るだけだ。それだけでいいんです。逆に、仕事がなかったら不安なんです」


 それを聞き、シューは首を直した。そして、会話を切り上げる例の言葉。


「なるほど、働くんですね」


 オイラはシューたちを見続けていた。何も解明していかない様子を眺めるばかりだった。



 警官が去っていく。


「同じこと聞いて楽しい?」


 オイラは冷めた目でシューを見つめた。


「楽しいというわけではないが、確認だよ。確認」


 シューは「確認」という言葉を強調したが、そういう確認作業を楽しんでいるようにオイラには見えた。


「それでどうする?」

「まあ、このカラフルな街を見てまわろうか」

「カラフルって、似合わない言葉を言うね」


 シューは笑いながらオイラを小突いた。わからないことが楽しそうだった。



 オイラ達の気分は灰色になった。

 岸沿いに設置している石の段差に腰掛けながらため息をついた。

 どうもこの街の雰囲気はこの2人には合わなかったらしい。街の人々は積極的で、よく話し、よく売り買いする。それに比べてこの2人は消極的で、黙ってばかりで、商品を眺めるばかりだ。


「なんか、オイラ達の居場所がなかったね」

「そうだね。ほかの街では気にならなかったけど、僕たちって、コミュニケーション能力が足りないんだね」

「一緒にしないでくれよ。オイラは喋らないようにしているだけなんだ」

「喋らないだけって、子供たちにいっぱい撫でられた時に困った顔で身動きひとつしなかったじゃないか」

「シューこそ、本屋で商品を眺めている時に店員に話しかけられたら、黙ってすぐに出てくるなんて恥ずかしがり屋にも程があるだろ」

「そういうポーだって、……」


 二人がエキサイトして口論している風景を背後から静かに見つめる者がいた。そのことには気づかないふりした。たまによくあることだ。


「○○じゃないか」

「××じゃないか」


 同時にふたりの言葉は湖の底に沈んでいった。二人共、息継ぎを失敗したかのごとく、肩で息をしていた。そして、背泳ぎをするわけでもないのに、仰向けにへたりこんだ。


「今日はどこに泊まろっか」


 シューが元気なくそう言うには理由がある。さきほど、宿泊先を探したが、どこも人がいっぱいか、値段がかなり高かった。多くの働き手の人々がごった返しており、インフレも進んでいるのだろう。オイラ達はまいった。


「オイラは野宿でもいいよ」

「じゃあ、そうしよっか。でも、どこにする?」

「工場地域は嫌だよ。体がおかしくなる」

「でも、この活発な街には居づらいし。うーん……」

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