第6話
六、
勇壮な角笛の音が、
次いで、幾つもの
本選出場者全員が出揃い、舞台の中央に整列した。
女官たちが手を上げると、客席は水を打ったように静まりかえった。
進み出た女官の口から、独特の
サラは、何人か隣にいる、美貌の剣士を横目で見やった。
予選を見物した限りでは、少年の剣は、そつのない、そしてこれといって特徴のない印象であった。だがそこにサラは、かえって不気味なものを感じていた。音もなくサラの背後をとるような実力者にしては、大人しすぎるのがどうにも気になるーー。
サラの疑念をよそに、式次第は粛々と進んだ。
女官のひとりが、
カイの矢じりは黄色で、左右を見渡すと、黄色を引いたのはーー
にわかに、
(落ちついていこう)
カイは胸のうちでつぶやく。
再び銅鑼が鳴らされた。堅苦しい儀式は終わって、剣士のお披露目の時間だ。
一行は、舞台のふちをぐるりと回って退場する。観客は贔屓の剣士に思い思いの声援を送っている。剣士の中には、手をふって愛敬をふりまいている者もいた。
舞台の上からは、客席の様子が見てとれた。ジナが、一所懸命手をふっているのがわかった。ジクロとラムル、アルキンの姿も見える。
剣士たちが
(いよいよ始まる)
サラは武者震いを一つした。
*
奉納仕合は、天の至高神エフリアと、東西南北を守護する
第一仕合ーーグルクスが、圧倒的な力技で勝利。
第二仕合ーーサハムが、落ちついた仕合運びで、やはり勝利。
第三仕合は大番狂わせで、すでに隠居している古参の元千戸長が、オウダインの俊英を粘り勝ちで制していた。
残すはサラの番のみ。入場を待って扉の内側に立つサラにも、
観客を支配する戸惑いと期待が、手にとるようにわかる。サラとて、それは同じだった。
これから舞台に立とうというのは、今朝まで会場の誰ひとりとしてしらなかった少年である。彗星のような天才剣士の出現。それも美姫と見まごうばかりの
一見、サラとアガムの技量は
開始の合図で、ひときわ長く銅鑼の音が響いた。幕扉が、ゆっくりと左右に開いていく。
舞台が見える。歓声が、いっそう強い波となってサラを取り囲んだ。隣の扉も開いた。アガムは緊張しているどころか、
サラとアガムが、中央に進み出た。熱気は、最高潮に達していた。歓声、嬌声、怒号が交じり合う。
舞台なかほどの開始線に、二人はとまった。
正面で
立て続けに銅鑼が鳴りーー心の準備が整わないまま、仕合が始まった。
二人の剣士は、お互いに間合いをとり、木剣を構えた。
サラは、相手の
アガムは、これまでの正統派の構えをとらなかった。木剣をやや寝かせて、柄を握る右手と右足を前に出す。左足は引き、大胆な
「守本沙羅」の記憶が一瞬、フェンシングの構えを連想したが、すぐにサラの意識に溶けた。
(いよいよ、正体がわかる)
どちらもすぐには、動かなかった。まるで、二体の彫像が出現したようであった。
観衆も、息を飲んで二人を見つめている。
傾きはじめた日は、まだ容赦のない暑さを残していた。ゆるゆると、両者のあいだに陽炎のようなものがたち昇ったように見えた。透明な力で、空間が押しつぶされていきーーその圧力が一気に解き放たれた。
動く態勢に入ったのはサラの方が早かったが、その
滑るように間合いをつめてくる。その勢いのまま、体ごとぶつけるように
がちっ、と鈍い音がして、両者がすれ違った。
振り返りざまにアガムが、肩を打ってきた。受けるために腕を上げたサラをからかうが如く、アガムの
体勢を崩したサラが、わずかによろけた。すかさず、アガムが追撃を送ろうとした瞬間、サラは機敏に跳んだ。よろけたのは誘いであった。
真上に跳躍しながらサラは、横なぎ一閃、アガムの頭部を狙った。相手の意表をつく、〈
一方、着地したサラも後ろに下がって体勢を立て直した。
強い残照と急激な運動で、たちまち額に汗が噴きだす。息があがる。再び、どちらからともなく近づき打ち合った。二合、三合、四合ーー。
(手強い!)
サラは胸の内で呟く。
ここへきて、
(
サラは油断なく、相手をにらみつける。さしものアガムも肩を上下させていたが、夢見るような両の
〈
ゆっくり横に回るとみせかけ、しゅっと鋭く踏みこむ。受けに入ったアガムに対して、ひかずに間断なく攻撃をしかけた。小刻みに前後左右に動きながら、肩から腕、また肩、胴へと続く波状攻撃である。ベルン修練場で、〈
だが驚くべきことにアガムは、この苛烈な攻撃をしのぎきると、反撃に転じてきた。目まぐるしく攻守が入れ替わる。アガムの斬撃は速く、体重も乗っていて、華奢な少年の
アガムの顔が間近に迫る。
サラの視線とアガムの視線が、絡みあう。
アガムの唇が、きゅいっと吊り上がる。
ぞくっと恐怖を感じ、サラは力任せに相手を突き放した。距離をとって一呼吸の後、互いに次の一撃に入らんとしたそのときーー。
突然、
「一同に申し渡す! 太守陛下、ご崩御! 繰り返す! 太守陛下、ご崩御なり!」
にわかに騒然となった場内で、身じろぎもせず睨みあっていた二人の剣士は、渋々といった体で、構えを解いた。
「決着はーーおあずけということになりそうですね」
いまいましげに吐き出したアガムが、ふいに年相応に見えた。
「そのようですね」
サラとアガムは、互いの目の中に、
ついと目を逸らすとアガムは、つまらなそうな顔になって、大天幕へと帰っていった。
熱気を消すような夕べの風が、吹き出した。
逸、
ごう、と風が
先程までの明るさが嘘のように空は重く垂れこめ、男の周りでは急速に闇が濃くなりはじめていた。
男は
そこには
また、風が
黒々とした闇色の森の木々が、それに答えるように、ざわざわと葉をゆらした。どことも知れぬはるか遠くから、獣の咆哮のような轟きが、低く低く流れてくる。
生きている男と死んでいる男、どちらの男も、微動だにしない。
やがてためらうように、水滴が数粒、天から零れ落ちてくると、幾らもしないうちに辺りは銀色の
静止した二人の上に、
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