戦いの鐘が鳴る

 帝都レオンハルト。獅子宮殿は帝都の1番北にあり、そこからまっすぐ南に伸びる大通りを500mほど行くと、平和広場と呼ばれるところがある。

 中央にはアル・トープグラムの像が建っており、その周りには休むことの出来るベンチがいくつも設置されている。更にその周りには食べ物の屋台がいくつも軒を連ね、絵を売る画家、路上演奏家などで賑わいを見せている。

 身なりの良い老人が、屋台でパンに肉を挟んだ食べ物を買い、路上でバイオリンを演奏している若者の足元の箱にお釣りを投げ入れる。そのままベンチで平らげると、どこかへと歩いて去っていった。

 商人が馬車を止め、屋台で肉を買い、また馬車に乗ってどこかへ消えていった。

 帝都ではよく見られる光景である。


 漆黒の勇者の幼馴染であるクレイアは、一人でベンチに座って【索敵】の鍛錬をしていた。

 彼女の【索敵】は、半径2kmとかなりの広範囲を誇るが、帝都のような都会で全員をチェックことはできない。平和広場近郊だけでも1万人を軽く超える人が住んでおり、その規模となると、頭がパンクしてスキルが解除されしまう。

 なので、まずはスキルを広げた後、意識を一部に絞る。大通りを歩く馬は何頭いるのか、近くの酒場で飲んでいる人は何人いるのか、帝都で人の少ない地域はどこか。

 次に、適当に選んだエリアに、人間が何人いるのか素早く数えていく。クレイアは【索敵】を持っていることが判明した幼少期から、見た物の数を一瞬で数える訓練を積み重ねてきた。その応用で、頭の中で感じた反応をなるべく早く数え上げていく。

 【索敵】はパーティの命運を左右する重要なスキルだ。鍛錬を重ねて慣れていくことで、安定して運用ができる。


 休憩を挟みながら1時間ほど経過した時、【索敵】が異変を察知する。


「これは……瘴気?」


 広場から200mほど西、街のど真ん中に瘴気の気配があった。だがその周辺の人は、慌てる様子もなく普通に行き交っている。

 クレイアには間違いだとは思えなかった。以前、アシュリーと共にパルミコ平原の森で出会ったドノカ──瘴気を身にまとい襲いかかってきた彼と同じ気配である。

 確認する必要がある。杖を手に立ち上がり、瘴気の気配がする方向へ走り出した。


 人の間を掻い潜り、目的の場所へ走る。

 そこは市場と大通りを繋ぐ人通りの多い道だ。その途中に教会が建っていて、その前に一組の男女がいた。

 汚れた格好の男と、使用人の服を着た少女だ。男が何やら叫んで少女の腕を掴んでいる。


「あの男だ」 


 男の方が微量な瘴気を発している。

 近づいていくと、話の内容が聞こえてくる。流石に付近では何事かと様子を伺う人がいるが、瘴気の発する負の気配を肌で感じているのか、介入には及び腰のようだ。


「もういい一緒に行こう!お前は洗脳されているんだ!一緒に行けば正気に戻る!」

「お止めください!私は正気です」

「いい加減にしてくれ!君を傷つけたくはないんだ!」


 クレイアはふたりの間に割り込み、掴んでいる手を離させる。


「ちょっと待ちなさい!女の子相手に何してるの?」

「なんだ貴様!関係ない人間は引っ込んでおけ!」


 空いた手で押しのけようとしてくるので、雷の魔法を軽く打つ。魔法と言っても静電気がピリッとする程度のレベルだ。男は思わず1歩下がる。


「くっ!おいサマンサ!来る気はないのか!」

「申し訳ございません。ご一緒出来かねます」


 予想外の乱入者に、男──フレイム王子の顔に焦りの色が見える。


「何故だ!エンティーナは君の父上を手にかけた、いわば仇ではないか!」


 その言葉にクレイアも驚く。エンティーナ?あのエンティーナ・アル・ヴィエントか?このふたりは何者だ?


「確かにそうかも知れません。ですが、私も本当は分かっていたんです。どのみち、お父様の口は封じられていたでしょう。彼らが約束を守る保証はどこにもありませんでした」


 サマンサと呼ばれた少女は、悔しさを滲ませながらそう語る。


「実際、エンティーナ様とレブライト様を害するためにお父様は使い捨てにされ、証拠隠滅のために屋敷は焼かれました。万が一事が上手く運んでいたとしても、用済みになった私と弟はまとめて消されていたでしょう。エンティーナ様には感謝しかありません。恨む相手が違います」


 フレイム王子は困ったように押し黙る。言葉での説得は難しいと判断したのだろうか。サマンサとクレイアの顔を交互に見やり、大きくため息をつく。


「乱暴なことはしたくはなかったが……」


 そういうと身体から瘴気が漏れ出した。さっきとは量も質も違う。


「無理矢理にでも連れて行く。時間が経てば俺の言うことが正しいとわかるはずだ」


 腰から剣を抜く。


「そこの女。邪魔をするなら切り捨てるぞ」


 クレイアに向かって言う。

 ここまで瘴気を溢れさせれば周囲のひとたちも異常事態だと理解する。慌てて逃げていく姿がたくさん見えた。


「悪いけど。瘴気だだ漏れの人の言うことは聞けないわね」


 杖を構えて魔力を練り上げる。事情は不明だが、瘴気を溢れさせているほうが良い人には見えない。

 クレイアは考える。この男は以前戦ったドノカとは違う。あいつは小さな小瓶を飲んでから瘴気を纏っていたが、こいつは自然と瘴気を溢れさせている。ということは、技術的には上位にあたるのだろうか。


「ならば死んでもらおう……ほう、ようやく来たか。待っていたぞ」


 王子の言葉にを聞いて【索敵】で背後の様子を伺うと、逃げ惑う人々の間を縫って走ってくる気配を感じた。


「サマンサ!」サマンサを追ってきたエンティーナだ。

「エンティーナ様!お逃げください。フレイム王子が……」


 サマンサを守るようエンティーナが立ちはだかる。王子が剣を持っていることを見ると、エンティーナも剣を抜く。


「どうやら、天運が俺に味方をしてくれたらしい。エンティーナよ。貴様を殺し、俺はサマンサと結ばれるのだ」

「その力……王族としての矜持は捨てられたようですね」

「そうだ、もはや私は王子ではない。一人の人間としてサマンサを幸せにする」


 もはや言葉での解決は不可能──王子をひと目見てそう判断せざるを得なかった。


「サマンサ。巻き添えになるから下げっていてもらえないかしら」

「かしこまりました。お気をつけて。それと──」

「今はいいから。後で話そう」


 そう言うとサマンサを下がらせる。彼女に危害が及ぶのは王子も不本意であるため、その様子に手を出すことはなかった。


「こころで。どうしてクレイアがここに?」

「たまたま遭遇しちゃって。手伝うよ」

「ありがとう。じゃあ手を出して」


 意図したことを理解したクレイアは、右手を差し出すとエンティーナに握られる。

 握られた手から温かい何かが流れ込み、不思議な力が湧いてくる。これでエンティーナの従者として認められたことになる。

 勇者の従者になると、若干の能力上昇と【弱・瘴気特攻】にスキルが得られる。フレイム王子がどういう理屈で瘴気を纏っているかは不明だが、彼と戦うなら必須だろう。


「死ぬ準備はできたようだな」


 王子とエンティーナは剣を構え、クレイアは火炎球を作り出す。

 間を計るように張り詰めた時が流れる……。


「こい!エンティーナ!」

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4つの勇者 ~転生公務員と妾の子と婚約破棄された令嬢と原初の勇者~ 九道弓 @kudo_q

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