真紅 帰宅の後

 ドーリエ伯爵の邸宅は、巨大な全容を炎に包まれ、黒い炭の塊と化した。

 建物自体が大きすぎたため、消化に時間がかかり、再び敷地に踏み入ったのは翌日になってからだった。

 近年稀に見る規模の火災であったが、建物の周囲を庭が囲っていたため、他の建物への被害はなかった。

 最初の爆発で伯爵の部屋や執務室、地下室までが吹き飛び、資料は全て燃え尽きた──かに思えた。

 町外れに、かつて伯爵に使用人として仕えていた老人が住んでいた。その人の家に、古びた日記が保管されたあった。小さな金庫にしっかりと入れてあったその日記は、【総鑑定】で視たところ「フランクス・ドーリエの手記」と表示された。フランクスは伯爵のファーストネームである。

 勇者スキルの【鑑定】に間違いはない。これが捏造されたものであれば、「捏造された日記」などと表示される。

 これを滞在先の宿「水の戯れ」へ持ち帰り、みんなで確認をする。



 手記書かれていた内容を要約するとこうなる。

 ある日、「霧の帝国」を名乗る集団が邸宅を占拠。病弱で動けない伯爵と、王都で暮らしている弟を人質に、サマンサにとある指令を与えた。

「フレイム王子とエンティーナの婚約を阻止しろ」

 そうしてサマンサはフレイム王子に近づき、二人の間に亀裂を入れた。

 伯爵はそのことに胸を痛め、陰謀を阻止するために裏で動いたが、全て失敗に終わった。婚約破棄の報が流れ、自らの死期を悟った伯爵は、全てを日記に記して古い知り合いに託した。

 それがこの日記である。

 【総鑑定】の前に洗脳や替え玉は効かないが、本人の意志で行動した場合はわからない。

 無理に脅して自発的に行動させる。そのためにドーリエ伯爵家が目をつけられ、人生を弄ばれたのだ。



◇◆◇◆◇


 王都へと戻ってきた。

 伯爵領で起こった出来事は、一足早く書面で報告が行ってある。

 サマンサは一時的に拘束されたらしいが、今は開放されて自宅で謹慎している。フレイム王子は謹慎を言い渡されている。サマンサの愛が偽物と知った王子は、自室に籠って寝込んでいるらしい。

 国王と父、その他数人の側近に私の口から報告をした。あの場で起こった戦闘、伯爵が魔物に変身し、自分が倒したこと。そして伯爵の手記。

 漆黒や紺青の勇者の件は、レブライト皇子から書面で報告が行っているらしい。

 霧の帝国なる秘密結社が勇者を攻撃していることは明白である。事態を重く見た国王と父は連携の強化を約束したが、私とフレイム王子との婚約は一旦白紙に戻すことになった。


 報告を終えた私は、まっすぐに行きたいところがあった。

 ビーツアンナ王国王都「エクセンシア」。その南東部に、貴族の邸宅が並ぶ高級住宅街がある。私の住む邸宅もこの区画にある。

 その中の一軒。白い壁の2階建て、簡素な庭に小さなティーテーブルが置いてある。

 訪問を告げるとすぐに迎えられる。疲れた顔の女性の使用人が案内してくれた。

 一人で階段を上がり、奥の部屋まで歩く。壁に掛けるタイプの花瓶が下がっているが、刺さった花は枯れて花びらを散らしている。

 2度、コンコンとノックをする。


「ご飯以外は来ないでって言ったでしょ?」


 声の主はサマンサだ。少し苛ついような言い方だが、いつものような元気を感じない。


「ごめんなさい。エンティーナです。開けてもらえるかしら?」


 扉の奥で緊張が走ったのが伝わる。

 言葉は帰ってこない。張り詰めた時間が流れる。開けるのを躊躇しているのだろう。


「文句を言いに来たわけではないのよ。少し話ができないかな」


 努めて柔らかい声で話す。

 ややあって、ゆっくりと扉が開かれる。

 部屋の中まで進む。物の少ないシンプルは部屋だが、ベッドはくしゃくしゃに散らかっていた。

 サマンサを振り返ると、酷い顔をしていた。泣き腫らした目と、ボサボサの髪。

 目が合うと、サマンサは膝から崩れ落ち、顔を抑えて泣き始めた。


「ごめんなさい……ごめんなさい。私……ああああああああああ!」


 今までの我慢を全て吐き出すような叫びだった。

 彼女もまた被害者だ。父親を人質に、王子と勇者の間に割って入る工作をさせられた。失敗すれば家族の命はなく、過度なストレスの中で綱渡りのような毎日だっただろう。

 母親は弟を生んですぐに病気で亡くなり、幼い弟と父の3人だけがサマンサの家族だ。わずか14歳の少女の手に、家族全員の命がかかっていた。

 サマンサが過ごした日々を思うと胸が痛む。

 泣き続けるサマンサの前に膝を付け、両手で抱きしめる。


「私こそ謝らなければならないわ。あなたの父上を手にかけてしまったわ」


 仕方がなかったとはいえ、私は父の敵だ。

 サマンサは私の腕の中で泣き続けている。

 自分が犯した罪、父親の死、解放された心、様々な感情が入り混じった声が部屋に響き渡る。その悲痛な叫びに私の目から涙が流れる。


「あなたも辛かったわよね。今までよく頑張ったわ。もう大丈夫、全て終わったわ」


 サマンサは日が落ちるまで泣き続け、やがて疲れて眠り落ちた。

 子供のように無垢な寝顔をしている。これが本来の、サマンサ・ドーリエという少女の姿なのだろう。


 霧の帝国──サマンサの人生を弄んだ奴らには、相応の報いを受けてもらう。そう心に刻み込んだ。

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