ドーリエ伯爵領4

 突如として出現した巨大な魔物。その正体が、ドーリエ伯爵であるとエンティーナは言う。【総鑑定】を持つ彼女の発言だ。真実だろう。

 紺青の勇者ファナン・アル・ユークレイドが、魔物へ変身した人間に襲撃されている。漆黒の勇者アシュリー・アル・ルフリンは瘴気を帯びた人間に襲撃を受けている。

 そして目の前の状況。全てはひとつの敵によって引き起こされていると見て間違いないだろう。

 おそらく、今回の黒幕は余裕の笑みを浮かべているあの執事だ。


「まさか、真紅の娘が来ているとは思いませんでした。おかげで計画の修正を余儀なくされましたよ。もっと静かに事を済まそうかと考えていましたのに……」


 執事は帝国の皇子を前に、堂々と言ってのける。


「ただでさえ黄金の勇者が来るという状況、不意打ちは不可能な相手だというのに、面倒な事をしてくれました」


 そう黄金の勇者に不意打ちは効かない。

 【予知】──黄金の勇者に伝わる勇者スキルだ。数秒先の未来を予知することができるため、不意の攻撃は不可能。

 毒か何かで先手を打つつもりだったのかもしれないが、真紅の【総鑑定】で隠し事を看破されるとなると、あとは正面から押し切るしか無い。


「荒事は得意なんだ。俺としてはこの方が楽でいい。エンティーナ。落ち着いたらそこの3人を従者にしてくれ」

「はい。すぐに」


 鑑定結果に戸惑っていたエンティーナだが、戦闘になるという今の状況を理解してすぐに行動へ移す。

 レブライトの隣では、近衛のひとりが何もない空間から剣を2本取り出した。レアスキル【収納】──亜空間にアイテムを入れて自由の出し入れができるものだ。

 取り出した剣をレブライトとエンティーナに渡し、戦う準備が完了する。

 周りを囲っていた数十人の敵は、既に近衛と戦闘に入っていたため、勇者2人は必然的に執事と大型の魔物との戦闘になる。


「レブライト様。魔物の方はランク7相当、執事はそれと同等の戦力、スキルは【洗脳】です」

「戦闘系ではないのか、それは良い情報だ」

「はぁ、これだから真紅の勇者は嫌いなんです」


 執事はため息まじりに言う。


「まぁいいでしょう。では、死んでいただきます」


 その言葉を合図に魔物の方が飛びかかってくる。狙いはエンティーナだ。

 単純な突進であったため軽く躱すが、そこへ執事が魔法で氷の刃を飛ばしてくる。エンティーナは魔法障壁で受け止める。そこへ更に魔物の突進。

 【予知】のあるレブライトは厄介な相手なので、まずはエンティーナから仕留めるつもりらしい。

 そうはさせないとレブライトが執事へ斬りかかる。だが、瘴気をまとった執事の身体能力は高く、ナイフ1本で受け止められる。そこへ魔物が襲いかかるが、【予知】のあるレブライトは当然避ける事ができる。

 相手は予想以上に高い連携をとってくる。執事のスキルは【洗脳】らしいから、奴が操っているのだろうか。

 こっちはエンティーナと昨日初めて会ったばかり。個人スキルが何かまで聞けていないし、状況はやや不利か?

 敵は、考える時間は与えないためにと次々と襲いかかってくる。人間と魔物のコンビネーションとは思えないほどの動きが連動している。


「さて、どうしたものか」


 【予知】のおかげで攻撃を避けることが容易ではあるが、向こうも防御が固く、膠着状態が続く。敵としてもエンティーナから仕留めるつもりだろうし、やはり彼女がキーになるか。


 対処を考えていると、エンティーナから声が上がる。


「レブライト様!魔物の方はなんとかします。少し足止めは可能ですか?」

「いいだろう。まかせた」


 レブライトは剣を鞘に収めると、両手に魔力を貯める。

 通常、魔法を使用する際は、魔力に属性を付与し、炎や氷などに変換する。だが魔力をそのまま放出することで、無属性の衝撃波として敵にぶつけることができる。それが無属性魔法だ。

 足止めにはもってこいの魔法だが、実用レベルで使うにはあまりに魔力効率が悪い。だが、そこでレブライトの個人スキルが生きてくる。

 【無限魔力】──実際に無限の魔力を持つわけではないが、レブライトは底が見えない程の魔力量を持っている。効率が悪かろうが関係ない。

 魔力の衝撃を受けた執事と魔物は一瞬怯む。そこへ間髪入れず氷の魔法を発動。魔物の足を氷で固める。魔物側からすると、力技で破ればいいだけだが、これはあくまで足止め。


「さて、エンティーナは何を見せてくれるんだ?」


 あとは彼女におまかせだ。


 足止めを食らった魔物の胴体を、エンティーナは剣で斬りつけた。だが分厚い筋肉に阻まれて傷は付かない。

 だがエンティーナはお構いなしに続けて斬りつけていく。素早く何度も攻撃を加えていくと、わずかに血が飛び散った。


「ほう。なかなか珍しい物を持っているな」


 アル・トープグラムとして60年、レブライトとして14年きてきた彼は、これまでに膨大な数のスキルを見てきた。

 それ故、エンティーナがやろうとしていることが分かる。

 【連撃】──同じ相手に続けて攻撃を加えていく度、攻撃力が加算されていく。回数が増えていくほどに強さを増していき、いずれは鉄だろうが金剛石だろうがオリハルコンだろうが関係なく真っ二つにできる。

 もちろん攻撃が途切れれば元に戻るため、足止めをした相手にしか通用しない。


 何度目かの斬撃の後、魔物の胴体に致命傷となる一撃が入る。深く入り込んだ刃が胴体を切り裂き、魔物は地面に倒れ込む。

 周囲では近衛が敵を制圧しており、残るは執事一人だけとなった。

 不利な状況を見た執事は慌てて離脱を試みるが、【予知】を持つレブライトが先回りをする。懐からナイフを取り出して、執事が行く先へ投擲──ナイフが足に刺さり、その場に倒れ込んだ。

 近衛が身柄を拘束しようと近づく。


「近づくな!」


 レブライトが声を上げる。彼の眼には、奴が自爆する未来が見えていた。


「ほう、これも視ますか。どうやら、あなた方の力を過小評価していたようです」


 それが、執事の最期の言葉だった。

 地面を揺らす大きな爆発が起こった。地面は抉れ、執事の身体は跡形もなく吹き飛んでいた。

 それを契機に、ドーリエ伯爵の屋敷でも小さな爆発がいくつか起こる。あちこちから火の手が上がり、炎は屋敷全体へと広がっていった。


「証拠は残さないということか。これでは、勝ったのか負けたのかわからんな」


 こうしてドーリエ伯爵邸での戦闘は終わった。

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