ドーリエ伯爵領2

「腑に落ちない顔をしているな」


黙ったままのエンティーナにレブライトが訪ねる。大臣と役人がいなくなって、部屋には2人と護衛の兵士が2人になった。

 兵士2人は帝都からレブライトに着いてきた近衛隊の人間だ。皇族の傍に仕える近衛は、他の兵士と違って確かな身元とある程度の教養が求められる。今も紅茶を2人分いれて机に置いてくれている。


「元はといえば私の不手際ですので……」


 良い香りが漂う紅茶には手を出さず、エンティーナは小さく呟いた。


「婚約者がいるのに他の女を選んだ奴が悪い」

「ですが、私はフレイム王子とのコミュニケーションを怠っていました。婚約の重要度を考えれば密に連携をとるべきでした」

「他の形でこじれていたらそうかもしれんが、婚約破棄までやらかしたのは、どう考えてもやつが悪い。放置していた責任というなら、両家の親たちも同じさ」


 最も婚約の重要度を理解していなかったのは、フレイム王子とサマンサだ。理解していればこのような暴挙に出ないし、理解した上での行動であれば、王家と勇者家の和解を乱す、国に対する敵対行為とみなされても仕方ない。


「あ、そうだ。一応聞いておかないと。婚約破棄の話ができたとき、二人をのか?」

「はい。異常はありませんでした」


 【総鑑定】。真紅の勇者に伝わる勇者スキルである。

 一言に【鑑定】スキルといっても、調べることのできる範囲は様々だ。相手のスキルだけ、名前だけ、現在の状態、残り体力、アイテムの性能、どれを鑑定できるかはスキル次第だ。

 だが、真紅の勇者の【総鑑定】はその全てを調べることができる。凡そ【鑑定】スキルで確認できる全てをカバーできるのだ。

 つまり、フレイム王子が婚約破棄を言い渡したとき、別人と入れ替わっていたり、操られたりしていたとしても、エンティーナであれば看破することができたのだ。

 しかし、鑑定の結果は白。別人でもなければ操られてもいなかった。まぎれもなく本人の意思で婚約破棄を言い渡したのだ。

 だとすれば言い訳は不可能。フレイム王子を被害者とし、ドーリエ伯爵に全てを被ってもらおう。


「ドーリエ伯爵は、どうなるのでしょうか」


 心配そうな顔でエンティーナが尋ねた。


「流石に命までは取らないが……そうだな。家督を息子に譲って、娘と国外追放くらいだろう」

「そうですか……」


 表情が陰る。


「普段偉そうにふんぞり返って良い生活をしてるんだ。国の為に犠牲になるのも貴族の務めだ」


 エンティーナは窓から遠くを見る。

 通りは行き交う人々でにぎわっている。人の数だけ生活があり、家族がいる。今回の件で彼らに悪い影響はないだろうか。エンティーナはそのことが心配でならない。

 そうした彼女の心境を、レブライトは概ね理解していた。民を憂う表情が、にそっくりである。



 初代真紅の勇者『ルウィッチ・ヴィエント』。

 別名──聖炎の魔女。

 気が強く正義感に溢れ、そして心優しい女性だった。炎のように情熱的な性格は、荒んだ時代の人々を大いに元気づけていた。

 魔族に殺された人を見つけるたび、墓を作って弔ってあげていた。いくつもいくつも穴を掘っては埋めていく──。当時は死体に溢れていた時代で、いちいち埋葬していたらキリがなかった。誰もが捨てられた死体に慣れ切っていた。

 そんな中にあって、彼女だけが全員を弔うことを諦めなかった。絶望の世界で死んでいった魂が、天国で安らかに眠れるように……。

 時に暴走する激しい気性にも関わらず、周りから『聖女』と呼ばれていたことにはそういった理由がある。

 普段気丈にふるまうルウィッチが、墓を前に見せる悲し気な表情が、目の前のエンティーナと重なって見える。

 ルウィッチの持つ慈愛の心は、200年経ったエンティーナにも受け継がれている。レブライトはそのことが嬉しかった。

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